バレー部キャプテンと
よこしまな少女たち
第二十一章
邪悪な罠
1



 過酷な状況だ……。南涼子は、そう強く感じていた。
 予想外の形で、地獄の底に引きずり戻されてしまった。これから、裸にさせられ、悪魔たちの享楽の、生贄となる……。その暗黒に包まれた現実が、もう、眼前に迫っている。だが、まだ、諦めてはいない。とにかく、滝沢秋菜の呪縛を断ち切ればいいのだ。それを可能にする妙案をひねり出すために、今、頭の中では、思考がフル回転している状態だった。たとえ、どれだけ追い詰められても、最後まで、つまり、着ているものをはぎ取られるまでは、希望を捨てないと心に決めている。それと、決して忘れてはならないのが、いかなる時でも冷静さを失わないこと。吉永香織は、どのような策謀を張り巡らせているかわからない。この先は、きっと、ほんの小さな判断ミスを犯しただけで、邪悪な罠にからめ取られ、自分の立場は、最悪なものになる。そういう不吉な予感を、漠然と感じるのだ。そのため、何があっても、激情に駆られるままに行動を起こすような、早まったことだけはするまいと、自分自身に言い聞かせる。

 ふと、涼子は、横にいる滝沢秋菜の顔を見た。
 秋菜は、目が合うと、不快そうな視線を返してきた。おそらく、涼子だけが助かるのは、絶対に許せないが、それと同時に、涼子の仲間という境遇に置かれていることも、我慢のならない思いなのだろう。

 吉永香織が、浮かれた声で言う。
「はいっ! 南さんも、引き返してきたことで、これから、めでたく、南さんと滝沢さんの共演による、世界一、過激なセクシーショーが開催されまーす。ぱちぱちぱちぱちぱちぃ」
 自分で口にしながら、手を叩き始める。
 竹内明日香と石野さゆりも、嫌味たっぷりに拍手を合わせた。
 足立舞は、まるで、頼りになる大人たちを見るように、その三人の先輩に視線を向ける。
 涼子と秋菜は、完全に、惨めなさらし者になっていた。

「さて、南さん。もう、いい加減、諦めは、ついたでしょ? すぐに、脱ぎ始めて。いつまでも、往生際悪く、服を着てると、裸になった時に、よけい恥ずかしい思いをするだけだからね。逆に、ぱっぱっぱっと脱いじゃって、堂々と裸を見せれば、全然、格好悪くなんてないの。そうして、南さんが、立派にお手本を示せば、滝沢さんも、緊張が取れて、脱ぎやすくなるのよ。滝沢さんのほうは、初脱ぎなんだから、やっぱり、ここは、『場慣れ』してる南さんが、先に、裸になってあげなさいよ」
 香織は、すでに、自分たちが、完全に主導権を掌握したと確信しているようだ。
 涼子は、スパッツに覆われた、両脚の太ももの外側を、ぎゅっと押さえた。
 秋菜と一緒に、一糸まとわぬ姿をさらしている光景も、想像するだけで、全身に悪寒が走るくらい、気持ち悪く感じられる。だが、秋菜を含めた、この場にいる五人の注目を浴びながら、自分ひとり、着ているものを脱いでいき、全裸になるというのは、それ以上に、耐え難い状況だという気がした。
 自分に残された時間は、あと、どれくらいなのだろう……? 我が身の自由を得るための、妙案が思い浮かぶまで、なんとかして、時間稼ぎをする必要がある。

「あっ。それとも、滝沢さんに、先に、脱いでもらうことにしようかなあ……。滝沢さんが、脱いだら、いくらなんでも、南さんのほうも、覚悟が決まるだろうし……。ねえ、滝沢さん、ここで、いい子であることを、行動で示してくれたら、あたしたち、あんたには、優しくしてあげないでもないよ? だから、思い切ってやってみない? あんたが先に、着てるものを全部、もちろん、ブラもパンツも脱いで、その、堂々とした立派な姿を、情けない南さんに、見せつけてやるの」
 香織は、今度、秋菜のことを試し始めた。
 秋菜は、即座に、頭を激しく横に振った。
「やだやだやだ……。どうして、わたしが、先に脱がなくっちゃならないの……? 吉永さん、そんな、ひどいこと言わないで」
 いかにも、か弱い少女のような声で言いながら、すでに、裸にされてしまったみたいに、左腕で、胸のところを、右手で、恥部の辺りを押さえる。
 秋菜も、涼子と同様、自分ひとり、脱衣して全裸になるという状況は、これ以上ない屈辱だと感じるのだろう。
 それにしても、秋菜の嫌がりようは、涼子に比べると露骨すぎる。プライドの高さゆえだろう、辱めには耐えられないという情念が、非常に強く、それが、彼女の言動に、如実に表れている感じだ。そんな秋菜が、この場で、下着まで脱がされ、あまつさえ、体を触られるようなことになったら、金切り声を発して泣き叫ぶのではないだろうか。希代の加虐趣味者である香織が、秋菜のその狂乱した姿を見て、強い悦びを露わにしている光景まで、今から目に浮かぶようだった。

「そっかそっか……。滝沢さんも、先に脱ぐのは、無理っていうわけね。でも、だからったって、二人同時に脱ぎ始めるっていうのは、ショーとしての面白味が、半減しちゃう気がするんだよね。やっぱり、ストリップは、南さんなら南さんの時間、滝沢さんなら滝沢さんの時間って、じっくりと、一人ずつ愉しませてもらいたいし。どうしよう。どっちが先に脱ぐか、どうやって決めようかな……」
 香織は、真剣に頭を悩ませている様子だった。
 そこで、さゆりが、口を挟んだ。
「あたしたちで、ジャンケンして決めるっていうのは、どうですか。あたしが勝ったら、南せんぱいが先、香織先輩が勝ったら、滝沢せんぱいが先、みたいに」
「うーん。待って……。これは、大事なことだから、もっと、ちゃんとした形で決めたい気がしてきた。そのために、南さんと滝沢さんで、なにか、勝負をするっていうか、そういうのを、セクシーショーの前座として取り入れるのも、面白いかなって思って」
 香織は、にらむように地面を見つめながら、さらに考え込む。それからまもなく、ぽんっと手を打った。
「いいこと思いついた。『おしくらまんじゅう』で勝負してもらう」
「おしくらまんじゅうっ?」
 さゆりが、馬鹿にするように笑って聞き返す。
「そう……。南さんと滝沢さんで、体の正面からぶつかり合うの。負けたほうは、問答無用で、先に脱いでもらう。ただ、パワーでいうと、圧倒的に、南さんのほうが強くて、普通にやったら、勝負にならないだろうから、禁止事項を設ける。相手に、体当たりしたり、相手の体を、突き飛ばしたり、そういった暴力的行為は、一切、禁止。もし、それを破ったら、その時点で、負けにする。まあ、簡単に言えば、お互いに、体と体を密着させ合って、その状態に、どっちが長く耐えられるかを競う、って感じ。先に、耐えられなくなって逃げ出したほうが、負け。このルールなら、公平だし、なかなか、面白い前座になりそう」
 香織は、右手の甲を、下唇に当て、よだれを拭くような仕草をした。
 涼子は、その『勝負』の光景を思い浮かべたとたん、血の気の引くような感覚を覚えた。
 体と体の密着……。なんという悪趣味な発想だろう。やはり、香織は、涼子と秋菜に、同性愛的な行為を強要するつもりなのだ。
 秋菜も、落ち着きを失っていた。
「ねえ、お願い、吉永さん……。考え直して。わたし、そんな勝負、無理……。この人の、こんな、汗まみれの体と、くっつき合うなんて、考えただけで、鳥肌が立ってくる」
 なぜ、秋菜は、いちいち涼子を侮辱しないと気が済まないのかと、腹立たしくて仕方ない。それに、涼子のほうだって、秋菜などと体を密着させるのは、最低最悪のことだと思っているのだ。
「だったら、滝沢さん、南さんと勝負するのを、やめる……? その場合、あなたの不戦敗ってことになるけどね。つまり、問答無用で、滝沢さんから先に、脱いでもらうよ。それでも、あなたが、脱がなかったら、あたし、南さんに、命令する。滝沢さんの服を、力ずくで、全部、脱がして、って。南さんの腕力を持ってすれば、滝沢さんの体から、服を、はぎ取っていくなんて、きっと、薄っぺらい紙を引きちぎるくらい、簡単なことだろうね」
 香織は、あごを反らし、不敵な笑いを見せる。
 秋菜は、顔をくしゃくしゃにしていた。今にも、その目から、涙がこぼれ落ちそうである。
「あっ。それとも、南さん……。先に脱ぐ決意が、固まったかな? それなら、おしくらまんじゅうの勝負は、取りやめにするけど」
 香織が、最後に、涼子の意思を尋ねてきた。
 秋菜が、さっと涼子のほうに顔を向け、怒りに満ちた罵声を浴びせてくる。
「そうしなさいよっ! さっきから、あんたが、いさぎよく脱がないせいで、わたしが、どれだけ迷惑してると思ってんのよ!? わたしが、今、こんな状態におちいってるのは、何もかも、あんたのせいじゃないっ! 少しでも、わたしに、申し訳ないって思うなら、せめて、今すぐ、素っ裸になりなさいよ!」
 それを聞くともなく聞きながら、涼子は、ゆっくりと首を横に振る動作を繰り返した。脱がない。その意思表示だった。
 秋菜と体を密着させるのは、想像もしたくないくらい嫌なことだ。しかし、服を脱ぎ始めてしまったら、その時点で、自分の運命は、闇に閉ざされる。なんとしてでも、時間を稼がなくては。この、自己保身の塊であるクラスメイト、滝沢秋菜の呪縛を、一刀両断に断ち切ることのできる、秘策を編み出すために。

「はいっ。南さんも、先に脱ぐ気は、なし、と。これで、おしくらまんじゅうの勝負を行うことが、決定、と」
 香織は、上機嫌な口調で言った。
 秋菜が、聞こえよがしに舌打ちし、眉間と鼻の周りに、しわを寄せた、忌ま忌ましげな表情で、涼子のことを見てくる。
 涼子は、その視線を無視した。



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