バレー部キャプテンと
よこしまな少女たち
第二十一章
邪悪な罠
4



 耳もとで聞こえる、秋菜の苦しげな呼吸の音。だが、涼子の息づかいは、それよりずっと荒かった。マラソンを走っている最中のように、はあっ、はあっ、と息を吐いている。秋菜にとっては、さぞかし耳障りに違いない。
 そして、こうして体と体をこすり付け合っていて、とにかく嫌なのは、衣類越しとはいえ、自分の乳房が、秋菜の胸のふくらみに圧迫され、むにゃりと押し潰されている、この感覚だった。また同時に、自分の胸の圧迫で、秋菜の乳房が、柔らかく潰れている感触も、はっきりと伝わってくる。あまり考えたくないことだが、これは、まさに、女同士で肉体的な快楽を求め合っている、という状況だろう。

「ねえ! あんたさあ……、よく、恥ずかしげもなく、わたしの体に、くっついていられるわね。あんた、自分の体が、どれだけ不潔な状態なのか、自分でわかってないの? わたしのほうは、拷問を受けてる気分よ! いい加減、わたしに、とんでもない迷惑をかけてるってこと、自覚して。それが自覚できたら、お願いだから、わたしの体から、離れてよ! 勝負から降りて!」
 秋菜は、きんきん響く声でわめき立てる。
 むろん、涼子は、秋菜の要求を無視した。ここで、自ら、秋菜の体から離れたら、時を移さずして、着ているものを脱ぐことになるはずだ。だから、なるべく、この『勝負』を長引かせ、その間に、秘策を練り上げなくてはならない。絶対に、自分だけは、この地獄から抜け出してやる……。

「うーん。南さんも、滝沢さんも、なかなか頑張るじゃない。これだと、一向に終わらなさそうだから、次の段階に進もうか。ねえ、南さん……。あたしが、禁止にしたのは、暴力的行為だけなんだよ? つまり、それ以外なら、何をやってもいいの」
 香織は、意味ありげに言う。
 それから、少し間を置き、言葉を続けた。
「南さん、滝沢さんのことが、大好きだったんでしょ? 滝沢さんに、チューとかしてみたかったんでしょ? ねえ、今の状況は、千載一遇のチャンスだと思わない? 勝負ってことを名目に、欲望のままに行動していいんだよ。思い切って、チューしちゃいなさいよ。それで、滝沢さんが、嫌がって逃げたりすれば、南さんは、その時点で、勝ちになるの。欲望を満足させることができて、さらに、勝負に勝てるなんて、一石二鳥じゃない。ほらっ、そんなに顔を背けてないでさ、滝沢さんのほうを向いて、唇を突き出して」
 聞いているだけで、涼子は、身の毛のよだつような気分になった。
 今の香織の話に触発されたようで、背中を押している、さゆりが、手を伸ばし、涼子のあごをつかんできた。無理やり、秋菜のほうに顔を向けさせようとしてくる。
 涼子は、低いうなり声を漏らしながら、荒っぽく頭を振り、さゆりの手から逃れた。

「あっ、南さん。それとも、滝沢さんの体に、やらしいことがしたい? いいんだよ、やったって。たとえば、滝沢さんの、制服の中に、手を入れて、おっぱいを、もみもみするとか」
 香織は、秋菜のセーラー服のすそを握り、少しばかりめくり上げる。
 密着している秋菜の体がこわばったのを、涼子は感じ取った。
「あるいは……、もう、いっそのこと、下のほうを攻めちゃう? スカートの中に、手を入れて、滝沢さんの、あそこを、パンツの上からまさぐったって、これは、勝負なんだから、許されるんだよ」
 香織は、続いて、秋菜のスカートをつまみ、その生地を、ふわりと浮かせた。
 涼子の耳もとで、秋菜が、凍えるような嘆息を吐き出した。おそらく、プライドの高さゆえに、早くも、屈辱感に耐えられなくなってきたのだろう。
「あんた、もし、わたしの体に、何か変なことしてきたら、殺すわよ」
 秋菜は、涼子に対して、脅すような声で言う。
 心外だった。
「変なことなんて、するわけないでしょっ……」
 涼子は、腹立ちを露わに言い返した。
 なぜ、秋菜は、香織の行為に対する怒りの感情を、八つ当たり的に、涼子にぶつけてくるのか。その心理が、まったくもって理解できない。もう、滝沢秋菜など、どうなってもいい、どんなひどい目に遭わされてもいい……。涼子の胸の内で、その思いが募っていく。

「ほらっ。滝沢さんも、意地を張ってないで、南さんの愛を、受け止めてあげなさいよ。それに……、滝沢さんだって、南さんの、汗まみれの体と、こんなずっと、くっつき合っていられるなんて、本当は、まんざらでもないんじゃないの? 嫌がってるフリしているけど、内心は、南さんのフェロモンの臭いを、吸い込んでるうちに、興奮してきちゃったんじゃないの? 滝沢さんが、その気になるのを、南さんは、ずっと待ってるんだよ? これ以上、南さんのことを焦らすのは、やめたらどう? もう、この際だから、ひと思いに、二人で、愛し合いなさいよ。その時は、もちろん、服なんて必要ないよね。お互い、裸になって抱き合うの。女同士のエッチを、女子高生のうちに、一度、経験しておくのも、悪くないんじゃないかな?」
 香織は、秋菜が、どんな拒絶反応を示すのか、それを試すように喋る。
「こんな、何もかも気持ち悪い女に、抱かれるくらいだったら、家畜に犯されたほうが、よっぽどマシよっ」
 秋菜は、涼子の耳もとで、そう言葉を吐き捨てた。
 その発言には、さすがの涼子も、かちんときて、思わず口を開いた。
「あんたのことは、見捨ててやるから……。わたしだけが、助かっても、恨んだりしないでね……」
 すっかり、いがみ合う者同士の関係になったことを、身に染みて実感する。そんな両者の内面を反映するように、お互いの息づかいが、一段と荒くなった。
 涼子は、秋菜の、乳房の柔らかさや体温などが、体に伝わってくることに、吐き気を催すほどの不快感を覚えながらも、宙を見上げるようにして、必死に考えを巡らせていた。
 秋菜の致命的な弱みである写真を、いかにして、香織から入手するか。
 涼子が、その写真を、滝沢秋菜の呪縛を断ち切るための、つまり、この地獄から抜け出すための、武器にしようとしていることが、香織に見抜かれてしまったら、そこで、万事休すである。涼子の手に、その写真が渡っても、香織の、支配者としての立場は、少しも変わることはない。香織に、そう思わせられるかどうかが、最大の勝負所であることは間違いない。涼子が、その写真を、手に取ることさえできたなら、もはや、それで勝ったも同然である。涼子は、ただちに秋菜を脅迫し返す。そうすることで、秋菜に、涼子に対する脅迫の意思を引っ込めさせてやる。その瞬間、香織は、涼子に、まんまとやられたことを悟るだろう。そして、当然、涼子に、その写真を返すよう、要求してくるはずだ。しかし、涼子は、その時点で、すでに我が身の自由を得ているのだから、そんな要求は、突っぱねてしまえばいい。また、香織たちが、力ずくで写真を取り返そうと、襲いかかってくることも、充分に予想される。吉永香織。竹内明日香。石野さゆり。それに、滝沢秋菜も加勢するだろうか。だが、しょせんは、肉体の鍛錬とは無縁な、涼子からしたら貧弱な生徒たちである。涼子が、本気で大暴れしたら、その圧倒的なパワーの前に、四人とも、腰を抜かすようにして戦意喪失するに違いない。その後、涼子は、香織から入手した写真を握りしめ、地上への階段に向かえばいいのだ。
 幸いにも、香織は、涼子のことを、青く澄み渡った空のような、純真な心の持ち主だと思っているフシがある。まさか、そんな涼子が、秋菜を脅迫し返すなどとは、想像もしないはず……。そう信じたかったし、そこを狙い目にするしかなかった。
 これは、一発勝負だ。
 どんなふうに話を持ちかければ、香織は、疑念を抱くことなく、その写真を、涼子に手渡してくれるだろうか。
 そのセリフを、頭の中で思い浮かべてみる。
『滝沢さんは、本当に、覚醒剤を使ったの……? わたしには、ちょっと信じられないな……。本当だっていうなら、その証拠の写真を、わたしにも見せてよ……』
 いくらなんでも不自然か。却下だ。
『わたしと滝沢さんは、仲間同士なんでしょ……? だったら、対等の立場じゃないとおかしいじゃない……。だから……』
 
 その時だった。
 突然、股間に衝撃を感じ、涼子は、びくんと跳ね上がった。恥部をわしづかみにされているのだとわかる。愕然として目をむき、自分の下半身を見下ろした。
 秋菜の右手が、その部分に伸びていた。
 性感帯を強く圧迫される感覚。ありうべからざる状況だった。
「やっ! やめてっ! なにすんの! 離してぇっ!」
 涼子は、悲鳴混じりに叫びながら、秋菜の手を押しのけようとした。
 だが、秋菜は、手を離さないどころか、より力を込めてきた。
 秋菜の指が、スパッツに覆われた涼子の恥部に、めりめりと食い込み、その黒い生地から、湧き水のように汗が滲み出てくる。
 涼子は、自分の身に起きていることが信じがたい思いで、その異常な行為を仕掛けてきている、秋菜の顔を見た。
 秋菜は、やめてやるものか、とでもいうような鬼気迫る表情を浮かべていた。
 この子、おかしい……!
 頭の中で、閃光がまばゆく弾け飛んだ。
 涼子は、怒りに任せて、秋菜の胸もとを、両手で、どんっと突いた。
 秋菜の身は突き飛ばされ、その背中が、香織に直撃する。二人は、よろめきながら、一メートルほど後退した。
 
 奇妙な空気が流れる。
 さゆりも、もう、涼子の背中を押してこない。
 涼子は、自分の恥部を、手で軽くこすった。秋菜の手の感触を、ぬぐい去るように。それから、憤怒の目で、秋菜のことをねめつけた。
「なに考えてんのよ、あんた……」
 しかし、秋菜に、悪びれた様子はない。
「あっ、わたし、暴力を振るわれた……。暴力は、反則でしょう? 今の勝負、わたしの勝ちよねえ?」
 秋菜の顔には、むしろ、喜びの思いが表れている。
「やっちゃったねえ、南さん……。暴力的行為は、禁止だって言っておいたのに。だめじゃない、そのルールを破ったら。はい、これで、南さんは、反則負け。だから、南さんから先に脱ぐことが、決定」
 香織は、にたにたと笑いながら、そう告げてきた。
 そういうことか……。
 涼子は、秋菜の狙いが、なんだったのかを、ようやく理解した。秋菜の今の、異常な行為は、涼子が、自ら逃げ出すか、あるいは、腕力を用いる形で抵抗するよう、仕向けるためのものだったのだ。
 
 秋菜は、右の手のひらを、顔の高さまで上げる。
「っていうか……、あんたさあ、なんで、『そんなところ』にまで、ぐっしょり汗をかいてんのよ……? やっだあ。わたし、この人の、最悪に不潔な汗で、手を汚されちゃった」
 そう文句を口にして、侮蔑の眼差しで、涼子の顔を見返してくる。それから、なにやら、地面に置いてある、自分のバッグのところに行き、腰を落とした。バッグのチャックを開け、その中から、制汗スプレーの缶を取り出す。缶を何度か振ってから、右の手のひらにスプレーした。念入りに吹きつけている。どうやら、気休めでも手のひらの除菌をしておかないと、右手を使えないと思ったようだ。その後、今度は、バッグの中から汗拭きシートを取り出した。シートで、右の手のひらを、ごしごしとこすると、続いて、涼子の汗で濡れた、腕を拭き始める。しっかりと拭いておかないと、肌荒れを起こしてしまう、とでもいうように。
 秋菜は、それを終えると、制汗スプレーの缶と汗拭きシートをバッグにしまい、おもむろに立ち上がった。香織のほうを向く。
「吉永さん。わたしの体、くさくない? だって……、わたしのこの制服、見てよ。だいぶ湿ってるでしょう? これ全部、この人の、汗なのよ? なんていうか、もう、体を穢された気分よ」
 おそらくは、その発言も、涼子への攻撃姿勢を、香織に示そうという意図によるものだろう。
 
 涼子は、秋菜に対して、胸ぐらをつかんでやりたくなるほどの憤りを覚えていた。
 体と体を密着させ合っている時、秋菜は、涼子に言った。もし、自分の体に、変なことをしたら、絶対に許さない、という趣旨のことを。にもかかわらず、自分自身は、『勝負』に勝つために、涼子の体の性的な部分に、容赦なく手をかけてきたのである。それも、女の子にとっては、一番、触れられたくないところに、だ。秋菜のその、身勝手さ、冷酷さ、卑劣さは、どれも非人間的な域に達していると感じる。
 それに何より、あの、滝沢秋菜に、スパッツの上からとはいえ、恥部をわしづかみにされたという事実を、涼子は、どうしても受け入れられない気持ちだった。嘘のようだ。だが、秋菜の指が、恥丘から肛門の近くにかけて、大陰唇に深く食い込んでいた感触は、まだ、生々しく残っている。自分は、秋菜から、言葉で侮辱されるだけではなく、とうとう、性的な辱めまで受けたのだ。そう思ったとたん、激流のような屈辱感が、体中を駆け巡った。



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