バレー部キャプテンと
よこしまな少女たち
第二十一章
邪悪な罠
6



「あっ、いいこと思いついちゃった……」
 香織は、そうつぶやくと、地面に置いてある、涼子のソックスとシューズを拾い上げた。そうして、竹内明日香と足立舞の立っているほうに歩いていった。
 さゆりも、香織の後を追う。
「ねえ、舞ちゃん……。舞ちゃんの好きな、南せんぱいが、今日、部活の練習の時、使ってたものなんだけど……」
 香織は、舞の足もとの地面に、白いTシャツと黒のスパッツ、それにバレーソックス、ランニングシューズを並べた。
 舞は、さり気なく鼻を押さえる。おそらく、涼子の衣類から発せられる、強烈な汗の臭気を、鼻腔に感じ取ったのだろう。
「あああっ、舞ちゃん……。もしかして、くさかった? 今、息、止めてない? だいじょうぶ?」
 香織が、面白がって訊く。
 舞は、泣き笑いのような表情で、口をつぐんでいる。
「はい、舞ちゃんにプレゼント。今日の、南せんぱいの、セクシーショーの記念品として、これ全部、舞ちゃんにあげる。欲しいでしょ? おうちに持って帰っちゃえ」
 香織は、地面に並べた四点を指差す。
 その勝手ぶりに、涼子は、唖然とさせられた。
 
 舞は、ためらいがちに視線を落とす。涼子の身に着けていたものを、品定めするように観察している。それから、香織に尋ねた。
「えっ、でもでも、いいんですか……?」
「いいのいいの。舞ちゃんが欲しいって言うなら、南せんぱいだって、喜んで、これ全部、くれるに決まってんじゃない」
 香織は、横目で涼子を見ながら、皮肉たっぷりに答える。
「あの、先輩、いいんですか……?」
 今度は、聞き取れないくらいの小声だった。舞の、まん丸に近い大きな目が、こちらに向けられる。どうやら、涼子に訊いているようだ。
 涼子は、信じられない思いで、舞の瞳を見返した。言葉が出なかった。本気で、欲しいと願っているのだろうか。涼子の汗で濡れそぼった、Tシャツやスパッツなどを。だとしたら、それは、もはや変態的な趣味としか言い様がない。足立舞に対して、肌のあわ立つほどの嫌悪感を抱く。それと同時に、自分は、この一年生に、とことん舐められていると痛感し、腹の底から怒りが込み上げてきた。
「あのさあ、あなた……、いいわけないでしょ? そこにあるものは、わたしが、部活で使うものなの。それ全部、あなたが持って帰ったら、わたし、これから先、どんな格好で、部活の練習に出ればいいっていうの? そもそも……、わたしのTシャツやスパッツとか、そんなものを持って帰って、どうするつもり? はっきり言って、人の汗で汚れたものを、欲しがるなんて、すっごい気持ち悪い」
 涼子は、左手で、右腕の上腕をさすった。
 叱られたことで、舞は、しょんぼりとした顔つきになった。

「南さん、バレー部のキャプテンのくせに、ずいぶん器が狭いんだね……。まあいいや。その代わり、あんた、自分のその体で、舞ちゃんを、ちゃんと愉しませてあげなさいね……。滝沢さん、次は、いよいよ、南さんのブラを取って」
 香織は、目をぎらりと光らせ、秋菜に命じた。
「はーい」
 秋菜は、淡泊に返事をし、涼子のところへ歩いてくる。荷物を取りにくるような、どこまでも平然とした態度で。
 涼子は、そんな秋菜の顔を、憎しみを込めて、きっ、とにらんだ。しかし、それが、秋菜に対して、今の自分ができる精一杯のことだと思うと、よけい惨めな気持ちになった。
「なによ、その目は……。吉永さんの命令なんだから、仕方がないって、何度、言わせるつもりなのよ。ほらっ、ブラのホック、外すから、後ろを向いて!」
 秋菜は、右手で、涼子の肩を乱暴につかんできた。
 その手に、無理やり、九十度ほど体の向きを変えさせられる。
 涼子の背後に、秋菜は回った。
 ブラジャーのホックに、秋菜の指がかかる。
 数秒後、ホックが外された。
 続けざまに、両肩の肩ひもが、するすると落とされていく。
 涼子は、ほとんど無意識のうちに、両腕で乳房を覆っていた。
 秋菜は、涼子の前に戻り、手を突き出してくる。
「それ、大人しく、よこしなさいよ」
 まるで、涼子が、ブラジャーを身に着けているのは、不当なことであるとでも言うような口調だった。冷酷な少女。というより、もはや、香織の命令を遂行するためだけに動く、血の通っていない、ロボットか何かのような感じである。
 
 膠着状態に入った。
 いくら息を吸っても、酸素を取り込めないように苦しい。乳房を押さえている両腕は、完全に硬直していた。
 すると、秋菜は、うんざりしたように三白眼の目つきをした。
 なんという怖ろしい顔なんだろう……。その瞬間、涼子は、心の底からそう思った。
「聞こえなかったの!? よこしなさいって言ってんのよ!」
 秋菜は、金切り声で怒鳴り、涼子の胸に右手を伸ばしてきた。
 胸の膨らみ。そこは、女の子にとって性的な部分であり、同性とはいえ、むやみに触れるべきではない、という当たり前の観念すら欠落しているのか、わしづかみにするような勢いで、涼子の左の乳房に、秋菜の指がめり込む。
 涼子は、ひゅっと、喉から空気の漏れるような声を出してしまった。ブラジャーを引っつかまれたことで、反射的に、両腕をさらに乳房に押しつける。
 しかし、秋菜は、引きちぎるつもりなのかという手つきで、涼子の体から、ブラジャーをはぎ取っていった。
 当然、涼子としては、乳首を隠し、なるべく乳房全体の輪郭が表に出ないように、両肩を抱くポーズを取るしかなくなる。そうして、極寒の地に立たされているかのように、身を縮こまらせる。初めて、香織にブラジャーを奪い取られた時も、その指が、乳房の肉に深く食い込んだことで、強いショックを受けたのを憶えている。そして、今度は、滝沢秋菜の手によって、同じ感触を体に味わわされたのだ。この心の傷は、しばらく癒えそうにない気がした。
 秋菜は、そんな涼子の気持ちなど、一顧だにしない態度で、白いブラジャーを手にぶら下げ、香織たち四人のところに歩いていく。涼子の身に着けていたものは、すべて香織に渡す。そのことを、すでに理解しているのだ。
 
 香織は、秋菜から、涼子のブラジャーを受け取った。
 その時、そちらからの、熱っぽい視線に気づく。
 舞は、ほんのりと赤らんだ頬を、両手で包み込み、とろんとした目で、涼子の姿を凝視していた。涼子の半裸に、すっかり目を奪われている様子だ。もはや、涼子に対する遠慮の念など、忘却の彼方なのだろう。乳房の曲線、いよいよ露わになった、ボディライン、それと、まだパンツに覆われている部分……。それらを、穴のあくほど観察されているのが、嫌でもわかる。
 しかし、もはや、舞に向かって、敵対的な視線を飛ばす気力も湧かなかった。
 そのため、涼子は、舞と目を合わせるのを拒むように、コンクリートの地面を見つめながら、ただただ、自分の悲惨な運命を呪っていた。



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