バレー部キャプテンと
よこしまな少女たち
第二十二章
不気味な響き
2



「さてと、南さん。セクシーショーが、滝沢さんとの共演じゃなく、一人舞台に変わったことで、心細くなっちゃったかな? まあ、なんとか、根性で乗り切ってよ。その、最後のそれは、自分で脱いでくれる? それを、無理やり誰かに脱がされるなんて、屈辱でしょ?」
 香織は、涼子の体を指差した。
 その指が示しているほうに、涼子は、おそるおそる視線を落としていく。
 恥部を覆う、逆三角形をした白い綿の布地が、網膜に映る。
 それから、顔を上げて、周りを見回した。
 吉永香織。竹内明日香。石野さゆり。以前から、散々、涼子を辱めてきた加虐趣味者たち、三人の姿がある。だが、今回は、それだけではない。滝沢秋菜と足立舞という、涼子としては、否が応でもプライドを刺激される、二人の生徒からも、視線が注がれているのだ。
 この状況下で、涼子だけ、身に着けている最後の衣類をも、脱げ、と……?
「……くっ、狂ってるっ! ……こんなの、絶対、狂ってるぅっ! 何もかも狂ってるぅぅぅっ!」
 涼子は、香織に抗議するというより、自分の運命に対して訴えるように、何もない宙を見上げながら、涙声でわめき散らした。
「狂ってる? 今さら、なに言ってんのよ、南さん。この前なんて、あたしと、さゆりと、明日香の前で、あなた、着てるものを、全部、脱いで、大好きな滝沢さんのシャツを使った、オナニーショーを見せてくれたじゃない。あの時の大胆さは、どこへ行っちゃったのよ? それともなに? その滝沢さん本人が、実際に、目の前にいると、気まずいやら恥ずかしいやらで、パンツを脱ぐなんて、考えただけでも、精神崩壊しそうなの?」
 香織は、涼子のことなら、何もかも知っている、とでも言いたげな風情である。
 それを聞いた秋菜が、せせら笑って言う。
「南さん。わたしのことを、なにか、変に意識してるわけ? まさかとは思うけど……、あなた、本当に、わたしに対して、特別な感情みたいなものを、持ってるんじゃないでしょうね? いやよ、わたし。そういうの」
 悪魔たちの享楽の、生贄となる運命にある者同士。自分と秋菜は、そのような同等の関係なのだと信じきっていた。だからこそ、つい先ほどまでは、秋菜と接する上で、格好を付ける必要はない、という気持ちでいられた。しかし、秋菜は、まだ、香織から脅迫を受けている身とはいえ、脱ぐことを免れたのだから、平穏を取り戻したも同然である。もはや、涼子の『仲間』などではないのだ。その現実を認識させられたことにより、涼子の心中では、秋菜に対する苦手意識が、猛然とぶり返してきていた。そして、それに伴い、常日頃から、秋菜と接触する際には、どのような心理が働いていたか、そのことが思い起こされた。苦手な相手であるがゆえに、同性とはいえ、滝沢秋菜の前では、女の子としての武装を解きたくない、生身の姿は見せられない。そのような、極めてデリケートな心理である。ところが、今のこの状況はどうだ。秋菜もいる場で、自分は、パンツ一枚の半裸姿をさらしている。あまつさえ、先ほどなんて、汗で濡れそぼった、自分のTシャツやスパッツの臭いを、秋菜に嗅がれるという、ありうべからざる事態が生じた。それを思い出すだけで、顔から火の出るような気持ちになる。要するに、『仲間』ではない、他人としての秋菜を前にすると、涼子の、乙女心ともいうべきものが、ずきずきと疼いてしまうのだった。それは、ある意味、気になる異性を意識した時の心理に、よく似ているかもしれなかった。
 今、その秋菜が、冷ややかな光を湛えた眼差しで、追い詰められた涼子の姿を眺めている。
 涼子は、機械のように首を横に振り続けた。

「舞ちゃん、舞ちゃん。南せんぱいったら、どうも、恥ずかしくてパンツを脱げないらしいの。でも、それって、どうなのって感じだよねえ? パンツをはいた状態で、セクシーショーを演じられても、そんなの、味気なくない? 南せんぱいの、あのパンツなんて、邪魔なものでしかないでしょ? 舞ちゃんも、そう思うよねえ?」
 思春期を迎えたばかりのような、幼い容姿の一年生に対して、香織は、愉快げに尋ねる。
 舞は、甘いデザートでも口に含んだような表情で、香織の顔を見つめ返した。香織の言葉に、全面的な賛同を示している……。その表情にしか見えなかった。
 涼子への憧憬や恋心。いや、舞の胸の内にあるのは、そんな綺麗な思いばかりではない。もっと、薄汚れたもの。もはや、舞が、涼子のことを、性的対象として見ているのは、否定できない事実であると捉えるべきなのかもしれない。だとすると、今、舞は、涼子の恥部を覆っている布地が、引き下げられる、その時を、今か今かと待ち焦がれている。そう考えるのが自然であろう。舞のその心理を想像しただけで、涼子は、くらりと立ちくらみを起こした。
「ほらっ。舞ちゃんも、そう思うってよ。南さんは、まず、完全な裸になるべきってことで、あたしたちの意見は、一致してるの。誰も、異論はないの。おかしいって思ってるのは、南さん、あなただけ。だから、ほらっ。早く、そのパンツを脱ぎなさいよ」
 香織は、いよいよ居丈高になって、涼子に、最後の脱衣を要求してくる。
 
 希望の光は、どこにも見えない。結局のところ、香織の言いなりになる以外に、選択肢は残されていないのかもしれない。そのことには、薄々、気づき始めていた。だが、目の前に迫った現実を受け入れることは、不可能に等しかった。
 滝沢秋菜と足立舞を含めた、五人の視線を、この一身に浴びながら、自分ひとり、一糸まとわぬ裸体をさらけ出し……。
 脳裏に映し出された、その情景は、惨劇以外の何物でもなかった。
「いやあああ……」
 涼子は、声を絞り出して拒絶する。
 香織は、呆れたような顔になり、秋菜のほうを向いた。
「滝沢さん。セクシーショーを演じる人が、パンツをはいてたら、何も始まらないの。あたしたち、困ってるんだけど。南さんを躾けるのは、『仲間』である、あなたの義務でしょう? あなたのほうから、南さんに、なんとか言いなさいよ」
 秋菜は、重く受け止めた様子で、こくりと首肯した。そして、こちらを見やると、皮肉っぽく口もとを曲げた。
「南さーん。吉永さんには、絶対服従だって、教えておいたでしょう? なに、いつまでも、そんな格好してんのよ? あんたみたいな女は、吉永さんから、脱ぐように命じられたら、秒速で素っ裸になるべきなの。それが、礼儀ってものなのよお? 礼儀正しい人間であることを、今すぐ、行動で示しなさいっ。それとも……、ここで、わたしの顔に、泥を塗る気なの? もしも、わたしに恥をかかせたら、あんた、ただじゃ済まさないわよ」
 自分を拘束している、見えない首輪の鎖を、秋菜に、勢いよく引っ張られたのだった。
 
 胃それ自体が、徐々に喉もとまでせり上がってくるような恐怖。
 地中深くの牢獄に押し込められ、目の前の、重い鉄格子を下ろされたような絶望。
 涼子の体内の自律神経が、にわかに暴走し始めた。
 体温が、急激に上昇していく感覚がある。
 まるで、サウナにでも入ったかのようだ。明らかに、四十度を超える高熱が出ている、という感じがした。だが、それでいて、今すぐ部厚いコートで身を包みたいくらい、猛烈に寒くもある。自分の体は、熱くなっているのか、それとも冷たくなっているのか。それが、自分自身にもわからなかった。ただ、確かなのは、体のありとあらゆる部分から、あぶら汗が、より一層、噴き出してきているということだ。腋汗に至っては、そのうち、ぽたぽたと地面にしたたり落ちそうである。
「ああああうぅぅぅ……」
 涼子は、言葉にもならない、野犬が寂しげに吼えているような声を出していた。
 頭の中では、思考が、幾何学的な模様のごとく入り乱れており、だんだんと、意識までも混濁し始める。しかし、途方もない精神的苦痛は、いや増す一方だった。
 そこで、ぼんやりと思う。
 いったい、なぜ、わたしは、こんなにも苦しいのに、踏ん張るようにして、自分の脚で立ち続けているのだろう……? いっそのこと、重力に逆らうのを、やめてしまえばいいのではないか? そうしたら、どうなるか……。疲弊しきった自分の体は、たちまち仰向けにぶっ倒れる。地面に頭を打ったなら、その衝撃で、あっさりと意識を失うような気がする。つまり、この苦しみから解放されるのだ。悪い話ではない。よし、そうしよう。気持ちのスイッチを切るようにして、全身から力を抜く。簡単なことだ。さあ、早く、楽になろう。早く。早く……。
 しかし、自分の体は、一向に倒れそうにない。わたしは、何をためらっているのだろう……? ああ、そうか。自分の未来図を、嫌でもイメージしてしまうせいだ。パンツ一枚の格好で、壊れた人形のように、コンクリートの地面に転がっている、南涼子……。格好悪い。できるなら、そんな無様な姿は、誰にも見られたくない。要するに、プライドが邪魔しているのだ。
 プライド……。あはは。今のわたしにとって、一番、いらないものだね……。
 そうして、どのくらい時間が過ぎただろうか。



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