バレー部キャプテンと
よこしまな少女たち
第二十二章
不気味な響き
4



 神様なんて、いなかった……。
 涼子は、心の中で、ぽつりとこぼす。
 あれは、三十分ほど前のことだろうか。涼子の脳裏に、最悪の事態として、ある情景が浮かんだ。『仲間』同士、一糸まとわぬ姿にさせられた、涼子と秋菜。裸の少女が二人。香織の変態性を考えれば、涼子と秋菜が、どのような行為を強要されるのかは、なんとなく想像が付いた。そのため、涼子は、すがる思いで神に祈ったのだった。そんな最悪なことにだけは、なりませんように……、と。
 しかし、涼子にとって、今のこの現実は、その、想定した最悪の事態ですら生ぬるく思えるほどに、惨憺たるものだった。
 一時は、『仲間』であった滝沢秋菜さえも、きちんとセーラー服を身に着けているということ。その一方で、涼子は、パンツまでもはぎ取られ、まごうことなき全裸にさせられたのだ。二人の運命は、まさに天国と地獄に分かれたというほかない。その対照性により、涼子は、自分の惨めさが、格段に際立たされていると、そう自覚していた。
 そして、今や、滝沢秋菜は、傍観者の風情というより、涼子と同じ運命を辿ることなく助かったという、その安堵感、優越感を噛み締め、悦に入っている様子である。要は、地獄に取り残された涼子を、高みから見下しているのだ。
 女としての誇りを最大限に傷つけられている、その自分の姿を、苦手意識を抱いている相手からも、嘲りの目で見られる。それは、はらわたの千切れるような屈辱だった。
 こんなことなら、滝沢秋菜と、二人ともに裸にされていたほうが、どれだけよかったかと思う。いや、今からでも遅くない。ふたたび、香織の気が変わり、最初の予定どおり、秋菜も、性的な辱めの対象とならないだろうか。そうなることを、望まずにはいられなかった。
 これまでに、涼子の胸の内で、数え切れないくらい浮かんだ情念が、またしても噴出する。
 滝沢さん、あなたも、わたしと同じ思いを味わいなさいよ……!

「あっ、そうだ……。滝沢さん、滝沢さん。ちょっと、こっちに来てくれない?」
 涼子のパンツを手にしている香織が、秋菜を呼ぶ。
 秋菜は、香織たちのほうに移動し始める。
 事のなりゆきから、涼子は、とてつもなく嫌なものを感じ、そちらに意識を引きつけられた。
 秋菜が近づいていくと、香織は、声を低くして言う。
「南さんったら、パンツだけは取られまいと、あれだけ強情に、脚を上げようとしなかったのに、あたしが、滝沢さんを呼んだとたん、慌てふためいたように逃げ出したじゃない? どうもねえ……、滝沢さんにだけは、このパンツの染みを、絶対に、見られたくないっていう思いだったみたいなの」
 香織が、ねっとりとした視線を、こちらに送ってくる。
 涼子は、心臓の鼓動が、大きく乱れていくのを感じていた。
「ねえ、滝沢さんは、南さんのこのパンツ、どう思う? あなたの、率直な意見を聞かせて」
 香織は、涼子の白いパンツを、秋菜に差し出す。
 秋菜は、ためらう素振りも見せず、そちらに両手を伸ばした。
 涼子の目は、秋菜の動向に釘付けになる。
 秋菜は、香織たちとは違い、面白くもなさそうに、蒸れた白いパンツの、サイドの部分を、両手でつまんで持った。
 その時、涼子は、心の中で絶叫していた。
 滝沢さん、やだっ、やめてぇぇぇ……! わたしのパンツの、汚い染みなんて、あなたは、見ないでぇぇぇ……!
 しかし、涼子の願いは、秋菜に届かなかった。
 秋菜は、あくまでも無表情のまま、腹の高さにある、その白いパンツの内側を覗き込んだ。
「あっらぁーん……。見事なまでの、頑固な染みねえ……」
 その言葉は、涼子の羞恥心を、電撃のように刺激した。
 さらに、それから、秋菜は、およそ信じがたい行動を見せたのである。
 秋菜の顔が、じわじわと、だが確実に、涼子の蒸れた白いパンツに迫っていく……。
 股布の部分の汚れ具合を、もっと、よく観察してやろう。秋菜には、そういう意図があるように見えてならなかった。
 涼子にとって、その光景は、目を疑うほど衝撃的だった。
 滝沢さん、なにしてるの……!? なんで、そんなに、わたしのパンツに、顔を近づけるわけ……!? その近さじゃあ、臭いまで……! やだっ! わたしの汚れたパンツの臭いなんて、嗅がないでぇぇぇ……!
 秋菜は、中分けのストレートヘアの毛先が、涼子のパンツに触れるほど顔を寄せると、何かを吟味するかのように、三白眼の目をした。そして、その直後、ぶるりと身を震わせた。
「あっわあっ。びっくりしたあ……。なによ、この、脳天まで突き刺さってくるような激臭は……! 危ない危ない。もう少しで、わたし、意識を失うところだった」
 涼子は、目をむき、口を半開きにし、我知らず、驚愕の表情をさらしていた。その後、まもなく、恥ずかしい、という感情が、極限に達した。顔全体が、炎に炙られているかのように火照っていく。
 
 涼子のパンツは、秋菜の手から香織に返された。
 そこで、香織が、涼子のほうを見やった。
「ねえねえ、見て見て、あの、南さんの顔……! 超、赤くなってる! それに、なに、あの表情。なんか、この世の終わりを、目の当たりにしてる、って感じの表情じゃない?」
 明日香とさゆり、それに、秋菜も、涼子に注目した。
 涼子は、この場から、走って逃げ出したい思いに襲われ、おろおろと狼狽してしまった。
「あたしたちが、このパンツの染みをからかったり、臭いを確かめたりしても、南さん、見て見ないフリしてる様子だったじゃん? でも……、滝沢さんに、同じことされると、南さん、超絶に動揺しちゃうみたい。どうしてなんだろう?」
 香織の顔に浮かんだ、とろけるような笑み。
 ふと、気になって、涼子は、秋菜の様子をうかがった。
 秋菜は、ほんの少し首を傾げ、じいっとこちらを見すえていた。
 涼子は、慌てて秋菜から目を逸らす。顔面が、一層、熱くなるのを感じた。
「南さんの、ナイーブな乙女心が、悲鳴を上げちゃうのかな……。南さんって、キモカワイイね」
 香織は、そう言って、向こうに行った。
 明日香とさゆりも、香織に続く。
 だが、秋菜は、その場で立ち止まったまま、まだ、こちらに、目線を向けているようである。涼子に対して、なにか、不審の念を持っている。そんな気配が、秋菜から、ひしひしと伝わってくる。
 涼子は、とてもじゃないが、秋菜のほうを見ることができず、ただただ下を向いていた。呼吸すらままならないくらい、気まずくてならなかった。普段からのクセで、髪の毛のサイドの部分を、耳にかける動作を行いたくなる。だが、今は、片手とて、恥部から離すわけにはいかない。だから、なんとか、気持ちを紛らわせたくて、意味もなく、もぞもぞと両脚を動かした。それから、秋菜の目線から逃れるように、香織たちのほうに目をやった。



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