バレー部キャプテンと
よこしまな少女たち
第二十三章
ジレンマ
1



 はっと我に返る。
 まず目に映ったのは、天井の、青白い光を放つ蛍光灯だった。
 やや、それを眩しく感じ、目線を、ゆっくりと落としていく。
 一面のお花畑とは似ても似つかない、陰鬱極まりない空間に、自分がいることを認識する。まるで、地下牢を思わせるような場所だ。離れたところに、見覚えのある少女たちの姿があった。
 ひんやりとしたコンクリートの地面の感触が、足の裏に伝わってくる。自分は、今、裸足で立っているのだ。いや、そればかりか、体中が、妙にすーすーとしており、驚くべきことに、何も衣類を身に着けていない状態なのだと悟る。生まれたままの姿。人前であるにもかかわらず。
 恥ずかしい……。
 にわかに、羞恥心が込み上げてきたが、意識が途切れていた間も、体の、一番、人に見られたくない部分は、しっかりと、自分の両手で隠していたらしく、その点だけは、ささやかな救いである。
 南涼子は、十七歳の少女に戻った。もはや、小さな子供ではない。大人の女性に等しい、立派に成熟した体を持っている。両の手のひら全体に伝わる、ごわごわとした陰毛の感触が、その何よりの証拠だった。
「ヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴグググヴェ……。ヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴァァァ……」
 しかし、依然として、意思とは無関係に、声帯は震え続け、地の底から聞こえてくるような唸り声が、自分の口から発せられている。
 いい加減、止まってよ……! 止まれ!
 涼子は、勢いよく息を吸い込むと同時に、ぴたっと口を閉じた。
 ようやく、その音は止まった。
 地下の空間に、静寂が訪れる。
「あっ、止まった」と吉永香織。
 少女たちは、かたずを飲むようにして、涼子の様子を見守っていたらしい。
 涼子は、そちらに目を向けた。
 一人ひとりの顔を見ているだけで、おのずから湧き上がってくる、不快感、そして、恐怖心。
 そうだ。わたしは……、この地獄にいたのだ……。
 五人の生徒の見ている前で、自分ひとり、全裸姿にさせられているという、現実とは思えないような惨状。さらに、左の頬骨の、じんじんとした鈍痛を意識すると、自分の惨めさを、よけい身にしみて感じる。

「南さーん、あたしの声、聞こえますかあ? 聞こえてるなら、大きな声で、返事をしてー」
 主犯格である吉永香織が、涼子に呼びかけてくる。
 涼子は、香織の顔を、冷めた気分で眺めた。
 反応を返そうとは、微塵も思わなかった。
 だが、香織と、その忠実な手下である、性悪の後輩は、互いに顔を見合わせ、安心したようにうなずき合った。非常事態は脱した、と判断した様子である。
「まあ、その顔からすると、だいじょうぶそうだね……。なになに? 滝沢さんに、ぶっ叩かれたのが、そんなにショックだったの……? でもさあ、南さん、胸に手を当てて、よく考えてごらんよ。あなた自身が、滝沢さんを傷つけるようなことを、散々、繰り返してきたのが、悪いんでしょう? あなたは、今、その報いを受けただけなの。だから、現実逃避なんてしてないで、ちゃんと、自分の、これまでの行いを反省しなさい」
 香織は、説教めいたことを言ってくる。
 涼子は、香織の言葉を、右から左に聞き流した。
 たった今、自分の身に起きていたことを思う。
 写真でしか見られないような、風光明媚な景色。
 身も心も、すっかり幼い頃に戻っていた、自分。
 言葉で表現するのは難しいが、なんというか、『あっちの世界』に行っていた、という感じである。そして、あとちょっとのところで、自分は、こちらに、二度と戻れなくなっていたような、そんな気もしている。
 突然、目の覚めるような悪寒が、背筋を這い上ってきた。
 このままだと、わたし……、本当に、壊れちゃう……。帰りたい……。家に帰りたいよ……。
 腹の底からほとばしるような、その渇望から、涼子の視線は、自然と、地上への階段に向かう。しかし、今や、その階段は、永久に手の届かない、蜃気楼のようなものに思われてならない。
 もしかすると、わたしが、まともな人間として、ここから出られる可能性は、限りなく皆無に近いのではないだろうか……。そう悲観せずにはいられなくて、涼子は、うっうっうっ、と小さな泣き声を漏らしていた。



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