バレー部キャプテンと
よこしまな少女たち
第二十三章
ジレンマ
2



「そういえば……、南さんから、傷つけられたのは、滝沢さんだけじゃないんだった。そうだよねっ? 舞ちゃん?」
 香織は、隣にいる一年生の生徒に、話を振った。
 足立舞は、目をしばたたきながら、香織のほうに顔を向ける。
「まず、舞ちゃんに訊きたいの。舞ちゃんは、南せんぱいに……、つまり、その、告白の手紙を渡したわけだ……。いやっ、ちっとも、恥ずかしがることじゃないの。うちは、女子校だから、女の子同士で、告ったり告られたりなんて、全然、珍しいことじゃないし……。舞ちゃんは、南せんぱいのことが、大好きだった。だから、勇気を振り絞って、その気持ちを、南せんぱいに伝えた……。そうでしょ?」
 香織は、舞のことを、最大限に気遣った物言いで尋ねる。
 舞の頬は、またぞろ、赤々と染まっていた。
 やや間が空いたが、舞は、いかにも子供じみた仕草で、こっくんとうなずく。
「で……、南せんぱいのほうは、舞ちゃんに、その返事をくれた?」
 香織は、続けて問いかける。
 舞は、視線を地面に落とした。それから、無言で、二度、三度と、首を横に振った。
「冷たいねえ、南せんぱいって……。自分は、後輩の子たちから、モテまくってるから、告白の手紙を渡されたからって、いちいち、そんなのに構ってたら、身が持たない、とか思ってんだろうね。なんか、ものすごい思い上がってる、って感じがしない?」
 香織は、横目で、こちらを見ながら喋る。
 舞は、香織の発言を聞いて、涼子から、返事を貰えなかったことが、だんだん、腹立たしくなってきたのか、唇を真一文字に引き結んだ。
「まあ、それはいいとしても……、あたしが、とにかく許せないのは、さっき、南さんが、舞ちゃんの、そんなピュアな恋心を、踏みにじるような言葉を吐いて、舞ちゃんのことを、泣かせたことよ。ねえ、舞ちゃん、あの時、南せんぱいから、なんて言われたんだっけ?」
 香織は、舞に発言を促す。
 ほどなくして、舞の、まん丸に近い大きな目が、かすかに潤み始めた。どうやら、悲しみがよみがえってきたらしい。
 数秒後、舞は、意を決したように口を開いた。
「……あたしのことなんて、大嫌いだって。……あたしの顔、二度と見たくないって。南先輩から、そう言われたっ」
 その口調には、彼女の幼い怒りが込められていた。
「うん、そうそう。あたしも、耳に残ってる……。南さん、あなたさあ……、自分に、告白の手紙を渡した子、それも、二個下の、一年生の子に対して、よくもまあ、そんな残酷なことが言えたもんだね……。まったく、血も涙もない女。あなたのせいで、舞ちゃんは、一生、消えない、心の傷を負ったんだよ。可哀想な、舞ちゃん」
 香織は、義憤に燃えているような口振りで言う。
 たしかに、先ほど、涼子は、舞に向かって、そのようなきつい言葉を浴びせた。しかし、それは、舞が、香織たちの側に立つ、というスタンスを決め込み、涼子に、度重なる屈辱を与えてきたからなのだ。涼子としては、それこそ、舞の顔を、引っぱたいてやりたいくらい、腹に据えかねる思いだった。悪いのは、明らかに舞のほうである。
 にもかかわらず、今、舞は、被害者意識を募らせているらしく、むくれたような顔つきをしている。

「で、そこでさ、舞ちゃん……。舞ちゃんの気持ちが、少しでも晴れればいいなと思って、言うんだけどね……。ここにいる、滝沢先輩が、南せんぱいに、報復のビンタをしたの、見てたでしょう? 舞ちゃんだって、南せんぱいから、傷つけられたんだから、滝沢先輩と同じように、仕返しをする権利があるんだよ」
 香織は、舞のほうに肩を寄せる。
 舞は、右手の人差し指を、下唇に当て、もの問いたげな目で、香織の顔を見つめた。
「あのね、滝沢先輩みたいに、暴力でやり返す以外にも、仕返しの方法は、いくらでもあるの。たとえば、そう……。ねえねえ、舞ちゃん、あの、南せんぱいの姿を、見てみて……。女の子の、一番、大事なところは、両手で隠してるけど、上のほうは、がら空きでしょう? ちょっと、手を出してやりたくならない? 舞ちゃん、仕返しに、南せんぱいの……、おっぱいを、もみもみ、ってやっちゃえ」
 何を言い出すのかと、涼子は、唖然とさせられた。しかし、香織が、冗談で言っているのか、あるいは、本気で、舞に、その行為を実行させようとしているのか、それが判然としないので、怖ろしさも感じる。
 舞も、困惑しきっている様子である。香織の顔と、それから、涼子の肉体とを、交互に見ながら、小首を傾げたり、口をもごもごさせたりしている。そうして、しばらくの間、どう答えるべきかと、思い悩むような仕草を繰り返していたが、やがて、小声ながらも、はっきりとした口調で言った。
「……でも、そんなことしたら、南先輩に、また、怒られちゃうっ」
 むろん、怒る。当たり前だ。
「いいのいいの。そんなことは、全然、気にしないで。さっ、あたしも、一緒に付いててあげるから、舞ちゃんも、南せんぱいに、仕返ししてやろっ」
 香織は、舞の後ろに移動し、その両肩に手を置いた。次いで、性悪の後輩に指示を出す。
「さゆりっ。南さんを、こっちに連れてきて」
「はーい」
 石野さゆりは、面白い仕事だと言わんばかりに、一も二もなく動きだした。
 どうやら、香織は、本気のようだ……。
 涼子は、そのことを悟らされ、肉食動物の存在を察知した、か弱いシカのように、わなわなと怯えた。
 
 さゆりは、相変わらずの嫌な薄笑いを浮かべながら、こちらに近寄ってきた。その右手が伸びてきて、恥部を押さえている左腕をつかまれる。
「やだっ、やめてぇっ……!」
 涼子は、思わず、後ろに脚を引いて逃れようとした。
 だが、さゆりは、涼子の左腕を、きつく捉えて離さない。
「いいから、こっちに、来るんですよっ」
 そう言って、涼子の身を、強引に引き寄せる。どたどたと、そちらに歩かされた。抵抗するすべを奪われている涼子は、性悪の後輩に、左腕を引っ張られるままに引きずられていく。両手を動かせないこともあり、それは、手錠をかけられた凶悪犯が、力ずくで連行される図に、そっくりの状況だった。
 そうして、地下スペースの、ちょうど、中央あたりまで来たところで、香織が、ふたたび指示を出す。
「よし、オーケー。そこでいい。さゆりは、南さんが、その場から動けないように、しっかりと、後ろから体を押さえておいて」
 さゆりは、その言葉に従い、涼子の背後に回った。
 過去、すでに、何度も見られているとはいえ、むき出しのおしりを、後輩の目に触れさせていることを思うと、うなじの毛が、ちりちりするような屈辱感を覚える。
 そんな涼子の両肩を、さゆりは、左右から挟み込むように、両手でがっちりと押さえてきた。



次へ

登場人物・目次
小説タイトル一覧
メニュー
トップページ

PC用のページはこちら

Copyright (C) since 2008 同性残酷記 All Rights Reserved.