バレー部キャプテンと
よこしまな少女たち
第二十三章
ジレンマ
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 刻一刻と、舞との距離が縮まっていく。
 先ほど、舞は、涼子の全裸姿を写した写真を目にしただけで、鼻血でも出しそうな顔をしていたのだ。そんな舞が、現実世界で、涼子の裸体に、一歩一歩、近づいていくのは、いったい、どのような心地なのか。
 だんだんと、舞の顔から、理性の色が薄れていき、その瞳に、何かに取り憑かれたような光が宿り始める。
 
 その時、涼子は、何とはなしに、舞から受け取った、手紙の中身のことを思い出していた。なぜだか、不思議と、その記憶は、目の前に映し出された映像のごとく、鮮明によみがえってくる。小学校の低学年の児童が書いたような、丸っこい字。回りくどいことが、うんざりするほど書かれた、支離滅裂な内容。そして、所々の印象的な文言が、涼子の脳裏に、ありありと浮かび上がってきた。
『あたし、南先輩が、バレー部で活躍してる姿を、初めて見た時、雷に、どかんって打たれたみたいな、ものすごい衝撃を受けちゃったんです。これって、今考えたら、一目ボレってことですよね?』
『夜、寝る前は、どうしても、南先輩のことを、あれこれと考え始めて、なかなか眠れなくなります。南先輩は、小学校、中学校時代、どんな子だったのかな、とか、高校を卒業したら、どうするのかな、とか。それに、いけないことかもしれないんですけど、この手紙には、とても書けないようなことを、妄想しちゃったりもします』
『はっきり書いちゃうと、あたし、南先輩のことが、大好きです。単に好きっていうんじゃなく、南先輩と、二人っきりになりたいとか、手をつないでデートしたいとか、そういう感情です。女の子から、こんなふうに思われるのって、南先輩にとって、迷惑ですか? 迷惑じゃないって、あたし、信じたいです』
『あたし、もう、南先輩のことしか見えません。できたら、南先輩と、付き合いたいって、真剣に願ってます。だけど、いきなりそれは、無理でしょうから、まずは、南先輩のそばにいさせてもらえませんか? あたしは、南先輩の、何もかもを知りたいって思いますし、そして、南先輩にも、あたしのことを、たくさん知ってほしいんです』
 今……、その差出人である、足立舞が、まるで、涼子の肉体に吸い寄せられるかのように、こちらに近寄ってきているのだ。
 これまでに、涼子は、自分に対して、同性愛的な好意を寄せてくる生徒のことを、嫌悪の目で見たことはない。しかし、舞を前にして、初めて、その感情が、猛烈な勢いで湧き上がってきた。
 この子、気持ち悪い……!
 もはや、その舞と香織が、あと、二、三歩のところまで迫ってきている。
「はい、舞ちゃん。『お手々』を上げてえ……」
 香織は、後ろから、舞の両方の手首をつかむと、ゆっくりと、涼子の胸の高さまで上げさせた。
 今や、舞の網膜には、涼子の乳房しか映っていないらしく、その恍惚とした顔つきと、香織の操り人形と化している様とが相まって、まるで、夢遊病者を思わせるような雰囲気を漂わせている。

「ほらっ。胸を突き出すんですよ」
 さゆりが、左の手のひらで、涼子の肩の後ろを、掌底打ちするように押してくる。
 涼子は、そうして、あごを、やや宙に上げる形で、背中を反らせる体勢を取らされた。
 とうとう、涼子と舞の間合いは、完全に詰まった。
 香織が、舞の両手を、涼子の双方の乳房へと押し出す。
 そのまま、遮るものがなく、無防備にさらけ出されている、涼子の乳房の柔肌に、舞の両の手のひらが、ぴたりと張りついた。
 涼子は、その瞬間、全身に氷塊を押し当てられたように縮み上がった。
 香織が、さらに、後ろから圧力を加える。
 それにより、あぶら汗で濡れ光る、涼子の乳房が、舞の手で押し潰された。女子高生ながらも、女性として、充分すぎるほどの成熟ぶりを示す、豊かな乳房の肉に、十本の指が、徐々に食い込み始める。と同時に、幼稚園児じみた、小さな『お手々』の、指と指の間から、健康的な小麦色の肌をした肉が、むにっとはみ出していく。
 涼子は、喉もとまで突き上がってきた、感情の塊を、声には出すまいと、懸命に堪えていた。ここで、悲痛な叫びを上げたら、一層、自分が惨めになるだけである。また、そのような反応は、加虐趣味者である香織たちを、よけい悦ばせる結果になるのだと、これまでの経験から知っていたからだ。
 しかし、その一方で、舞の口からは、熱に浮かされているかのような、はあっ、はあっ、という荒い吐息の音が、耳に入ってくる。
 今この瞬間、自分は、いや、自分の肉体は、同性愛的な傾向を持つ少女の、欲望のはけ口になっている。それは、ほぼ確実なことである。そして、そのことを意識すると、本当に、正気を失ってしまいそうだった。そのため、自己防衛の本能が働き、事実の受け入れを徹底的に拒絶する、心理的反応が起こっていた。
 そう……。自分の胸を触っている、この手は、ただの女のもの。ただの同性のもの。だから、特段、深く考えることではないはずだ……。
 そのように、自分自身の心に言い聞かせ続ける。
 しかし、その時だった。
「わあぁ……、柔らかぁい……」
 舞が、切なげな声をこぼした。
 同じ女とはいえ、彼女自身の体には、どこにも存在しない、その感触を、生まれて初めて、手のひらで味わったことで、心の蕩けるような感動を覚えているのだろう。
 性的な悦び。
 それ以外の何物でもないものを、舞に与えている身であるという思いで、頭の中がいっぱいになり、一気に心のタガが外れる。
「いやああああああぁぁぁっ!」
 涼子は、宙に向かって、腹部の筋肉をねじられたような叫び声を発した。
 むろん、そうしたところで、状況は、少しも好転しないのだった。
 舞の後ろにいる香織は、下卑た笑いを顔に浮かべ、涼子の苦悶ぶりを観察している。
 また、舞はというと、豊かな乳房の感触に、夢中になっている様子で、もはや、涼子の気持ちを配慮しようなどという意識は、かけらも持ち合わせていないらしい。
 
 そこで、香織が、舞の両方の手首から、そっと両手を離した。
 けれども、舞は、涼子の乳房を押さえたままである。
「あっ、舞ちゃん……。自分で触ってる……」
 香織が、驚いたように言う。
 その指摘を受けたとたん、舞は、突然、夢からたたき起こされたような表情に変わり、慌てて両手を下ろした。そして、背後の香織を振り返る。
「えっ、えっ、だってだって……」
 言い訳っぽく口にしながら、ふるふると体を揺らす。まさに、いけない遊びを、大人に見つかってしまった、小さな子供のようである。
 すると、香織は、にやりとした。
「いいんだよ、舞ちゃん……。気が済むまで、おっぱいを、もみもみして、南せんぱいに、思う存分、仕返ししてやりな」
 そのように促されると、舞は、気まずそうな素振りを示しつつも、また、涼子のほうに向き直った。
 そうして、自身の目線と、ほぼ同じ高さにある、涼子の乳房を凝視しながら、唇を尖らせるようにして微苦笑する。まだ、満足には至っていないが、自らの意思で、涼子の裸体に、それも性的な部分に、直接、触れるというのは、並々ならぬ勇気のいることなのだろう。
 が、ほどなくして、吹っ切れたような表情になり、両手を、ゆるゆると持ち上げ始めたのだった。
 涼子は、舞のその動きを見て、むせび泣くような声を漏らした。
 その数秒後、無情にも、再度、舞の両の手のひらが、涼子の乳房の柔肌に張りついた。間髪を入れず、十本の指が、前にも増して、深々と乳房の肉にめり込む。さらに、その両手は、女体に対して、遠慮会釈なく欲望をぶつける意思を示し、物をこねくり回すような動きを始めたのである。可憐な子供のものにしか見えない、『お手々』が、プリンのように柔らかな肉の丘を、無残なまでの形状にひしゃげさせる。それは、まともな感性の少女が見たら、思わず目を背けたくなるであろう、忌まわしさに満ちた光景だった。
 舞は、その有様を、細部に至るまで、目に焼きつけたがっているのか、涼子の乳房へと、これでもかというほど顔を近づけてきた。そして、荒い吐息の音を立てながら、この時を、この瞬間を、十年以上も待ち続けてきたかのごとく、潤んだ声でつぶやく。
「ああぁ……、南先輩……、南先輩……」
 涼子は、体中を虫が這い回るような拒絶感を抱き、後ろの後輩からの圧力に抗う形で、ぐぐっと腰を引いた。
「じっとしてろって言ってんだよっ」
 だが、次の瞬間、おしりに、どすんという、骨まで届くような衝撃を受け、体全体が揺らされた。
「くっはあうっ!」
 涼子は、聞くに堪えない無様な声を発した。性悪の後輩が、涼子のおしりに、強烈な膝蹴りを入れてきたのである。
「うっげえ、きったねえ……。ケツ汗が、びっちゃり付いちゃった……。やばい。あとで、脚が痒くなりそう……。おまえ、人に迷惑かけてくんの、いい加減にしろよ」
 さゆりは、不快感を露わにして言いながら、涼子の後ろ髪を、毟り取るような勢いで、ぐいぐいと引っ張ってきた。
 後輩である、二年生の生徒の暴力により、身の動きを封じられ、同じく後輩である、一年生の生徒から、慰み者として扱われる。普通に考えれば、屈辱、という言葉では言い表せないほどの状況である。にもかかわらず、怒りの声を上げることすらできない自分が、ここにいる。
 最低限のプライドどころか、すでに、人として当たり前の感情すら失っている女、南涼子……。
 そのような思いに囚われ、涼子は、目に映るものすべてが、灰色一色に染まっていくような虚無感を味わっていた。



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