バレー部キャプテンと
よこしまな少女たち
第二十三章
ジレンマ
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 きゃあああああああああ、と香織が、ジェットコースターで叫ぶような嬌声を響かせる。
「恥ずかしいっ! こーっれは、恥ずかしすぎるっ! なにこれ……。他人の手による、手ブラならぬ、手パン? で、ま○こ隠してもらってるなんて。あたし、こんな無様な女、リアルではもちろん、ネットでも見たことないんだけど……。ねえねえ、南さん、教えて? ぶっちゃけ、今、どんな気分?」
 なぜか、今になって、つい先ほど、明日香から、口づけを受けたという想念が、頭をもたげ始めた。
 まごうことなき、思春期の女の子同士の、接吻。
 しかし、あの瞬間、両者の立場は、あらゆる面において対照的だった。ひとり全裸姿にさせられた上に、苦手意識を抱くクラスメイトから、暴力を振るわれ、後輩である一年生の生徒から、体を陵辱され、ずっと、がたがたと震え続けていた涼子と、その様子を、安全圏から、ただ傍観していた明日香。また、涼子が、体中、あぶら汗にまみれ、全身から臭気を発していたのに対し、明日香の体からは、ふんわりとした、いい匂いが伝わってきたという、劣等感を強く刺激される事柄までも、はっきりと思い起こせる。
 多感な年頃の女の子同士でありながらも、もはや、比べ物にもならないほどに、惨めな涼子が相手だからこそ、明日香は、照れる素振りも見せずに、キスをしてきたのである。たとえるなら、牛や馬などの家畜に、スキンシップを行う際、恥じらいの気持ちを抱く人間など、誰一人としていないのと同じである。言ってしまえば、涼子は、自分の唇に、下等生物という刻印を押し当てられたのだ。
 そして、今現在のこの状況も、本質的には、それと、なんら変わりないだろう。
 明日香は、キスだけにとどまらず、恥を恥とも思わぬ態度で、超えてはならない一線を、あっさりと越えてきた。涼子の体の、いわゆる、女の子の、一番、大事なところに、べったりと張りついた、明日香の両の手のひら。常識的に考えれば、変態、どころか、性的異常者のそしりを免れない行為である。
 にもかかわらず、涼子は、明日香よりも、むしろ、自分自身、南涼子という女のほうが、よっぽど品性下劣な人間だという、絶望的なまでの劣等意識を抱え込んでいた。なにしろ、竹内明日香は、ちっとも惨めではないのだから……。自分とは違い、女の子らしい清潔感にあふれているのだから……。また、同性でも息を呑むような、抜群の美貌を誇る少女なのだから……。それに、今、明日香に触れられている、恥部は、女の子の聖域であると同時に、人間ならば、誰しもが持ち合わせている、獣性の根源ともいうべき部分だ。そのため、明日香の指に、恥丘を撫でられれば撫でられるほど、自分の中に眠る、いやらしい欲求の存在を、見透かされているような感じがするのだった。
 しかしながら、涼子の劣等意識をかき立てる要因は、そればかりではない。
 涼子は、後ろでしゃがみ込んでいる、明日香の、鼻をすする音に、ひどく敏感になっていた。その音が耳に入るたび、明日香に、自分の便臭を、吸い込まれているような気がしてならないのだ。いや、実際にそうなのだろう。いったい、何が悲しくて、洗ってもいない、おしりの臭いを、他人に、それも、フランス人形のような美少女に嗅がれなくてはならないのか。
 恥辱という感情。
 人間は、他の動物たちとは異なり、高度な知性を基として、恥の概念を有しているため、みな、何重ものベールを身にまとった状態で、社会生活を送っている。衣類を身に着け、体の皮脂や雑菌を洗い流し、体臭を極限まで抑制し、こと排泄に関する要素は、徹底的に秘匿する。究極のところ、そうした気品こそが、人間を人間たらしめている、最大のゆえんだろう。だから、裏を返せば、その大切なベールを、人為的かつ強制的に、すべてはぎ取られた時、人は、二足歩行の獣と化すことになるのだ。しかし、獣に身を落としても、人間としての知性は残っているがゆえに、魂は、声を枯らして泣き叫ぶ。真の意味での恥辱とは、人間の、その名状し難い苦痛をこそ指すはずである。
 涼子が、今、味わっているのは、まさにその、正真正銘の恥辱だった。
 恥じらいを胸いっぱいに抱えた、思春期の女の子にとって、それは、到底、耐えられるものではなく、涼子は、まるで、捕食動物に捕らえられた爬虫類のごとく、激しく身悶える。そうして、恥と汗にまみれた涼子の肉体は、同い年の、魔性の眼差しをした美少女の腕の中で、ぶるぶると震え続けていた。

「どうしたの? 南さん。今は、何も答えたくない……? そっか。それなら、それでいいや。でもさ……、明日香に対して、何も言わないっていうのは、さすがに失礼じゃないの? 明日香は、南さんが、安心して腋毛の検査を受けられるよう、自分の手を、南さんの、パンツ代わりにしてくれてるんだよ? ありがとうの、一言くらい、言ったらどうなの?」
 香織は、今や、絶対的権力者のごとき風情を、全身から漂わせている。
「でも……、南せんぱい、まん毛の量が多すぎて、明日香先輩の手パンから、モロにはみ出しちゃってる……。なんか、むしろ、よけい卑猥な感じに見えてくるんですけど……」
 さゆりが、ふししっ、と笑う。
「こら、さゆりっ! そんなこと言ったら、南さんが、動揺しちゃうじゃない。せっかく、明日香のおかげで、腋毛の検査ができる段階まで来たのに、また、南さんに、手を下ろされたら、どうすんのよ」
 香織は、後輩の発言をたしなめ、それから、涼子のほうに顔を向けた。
「南さん、ごめん。この子の言ったことは、気にしないで。あたしたちの側から見たら、南さんは、パンツをはいてるのと、まったく同じ状態だよ。滝沢さんと舞ちゃんにも、大事なところは、全然、見られてない。だからさあ……、そんな、悲劇のヒロインみたいな、壮絶な顔してないで、なんていうか、もうちょっと、肩の力を抜いて、リラックスしたらどうなの? じゃないと、あたしたちが、まるで、悪いことしてるみたいで、やりにくいじゃない」
 現在、涼子の視界には、滝沢秋菜と足立舞の姿も、おぼろげながら映っている。
 その二人も見つめる前にあって、自分の恥部を隠しているのは、パンツでもなければ、自分自身の手でもなく、あろうことか、明日香の手なのだ。まるで、地上、数百メートルの高さにある、足場の悪い場所に、ひとり、立たされているかのような、心許なさ。
 今すぐ、明日香には、恥部から、手をどけてほしいと思っているが、それと同時に、突然、その瞬間が訪れることを、心の底から怖れてもいる自分がいた。
 窒息死しそうなジレンマである。
 その時、自分のVゾーンを押さえている、明日香の右手の位置が、じりじりと、下がり始めたのを感じた。まもなく、その何本かの指先が、明らかに意図的な手つきで、涼子の股間の下に潜っていく。涼子の胸中に、まがまがしいものが伝わってきた、次の刹那のことである。大陰唇の、陰裂部を挟む際どい部分、いわゆるIゾーンの両側を、明日香の中指と薬指に、ぐにっ、と押さえ込まれたのだった。
 それを受けて、涼子は、峻烈な恥辱に全身を貫かれた。
「トッホホホホホホホホッハハハアァァァァァーッ!」
 涼子の口から、もはや、悲鳴とも絶叫ともつかぬ声がほとばしり、この陰鬱な地下の空間全体にこだまする。
 一方、明日香は、美しい音色にでも浸っている様子で、機嫌のいい猫みたいな声を出していた。普段、ほかの生徒たちの間では、茶目っ気あふれる美少女として、絶大な人気を集めている、竹内明日香だが、全裸の涼子を、享楽の道具として与えられると、その仮面の裏にある、死神のごときサディストの顔が現れるのだった。
 涼子の身は、苦痛の凄まじさを、雄弁に物語っていた。弓なりに反り返った背中。はた目にもわかるほど、異様に張り詰めた、体中の筋肉。また、しだいに、かかとが、地面から浮き始める。両手を頭の後ろで組み、胸を大きく前に突き出しているポーズのせいもあり、涼子のその姿は、女性の肉体美を表現した、中世ヨーロッパの彫像じみた様相を帯びていた。
 ある種、芸術性すら漂う光景。
 十代の小娘たちの、憂さ晴らし的な饗宴にしては、どの角度から見ても奇怪至極であり、なにか、超自然的な力が、この場に、影響を及ぼしているかのようでもある。
 ひょっとしたら、南涼子は、人を疑うことを知らぬほど、純真な心と、高校生離れした、強靱な肉体とを、合わせ持つがゆえに、弱冠、十七歳にして、神に選ばれた存在なのかもしれない。この世のあらゆる邪気を、一身に背負うべき、聖なる生贄として。



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