バレー部キャプテンと
よこしまな少女たち
第二十四章
乙女の叫び
4



「さてと、南さんの、体毛検査は、いよいよ次の段階、と進みたかったけど……、その前に、南さんの、滝沢さんに対する同性愛疑惑について、もう、いい加減、白黒はっきりさせる必要があるね。好きなら、好きって、正直に白状させるために、これから、南さんを、徹底的に尋問することにする」
 香織が、三白眼の目つきで言う。
「ええー、やめてよ、吉永さーん。わたし、あの女から、『実は、わたし、あなたのことだけを見ていました。お願いですから、恋人として付き合ってください』なーんて告白されたら、体中に、じんましんが出ちゃいそうよお」
 秋菜は、ふざけ半分で、香織の身に追いすがるような素振りをする。
 その時、背後にしゃがみ込んでいる明日香が、唐突に声を響かせた。
「滝沢さぁーんっ! 滝沢さぁーんっ!」
 呼びかけられた秋菜が、明日香のほう、つまりは、こちらの、やや低い位置に目を向ける。
 そのとたん、涼子の胸中には、凄まじく嫌な予感が走った。
「ファッ!」という明日香のかけ声。
 と同時に、涼子のVゾーンを押さえていた、明日香の両の手が、そこから、ぱっと離れて宙に浮いたのだった。
 当然ながら、秋菜の視線が、遮るもののなくなった、涼子の、コンプレックスである黒い茂みの部分へと、真っ直ぐに突き刺さってくる。
 時間の流れが止まってしまったかのような、一刹那。
 たちまち、涼子の頭の中は、あらゆる思考の断片が砕け散り、破滅的な恐慌状態におちいった。
「ああっ! やっ、やっ、や、いやあああああああああああっ!」
 涼子は、割れんばかりの悲鳴を発し、自らの両手を、電光石火のごとく下ろして恥部を押さえると共に、脊髄反射的に腰を後ろに引いた。おしりの肉、というより、極めて肛門に近い部分までもが、背後にいる明日香の顔面に、ぬちゃっと密着した、その嫌な感触。
「ぶおっ!」
 明日香は、ボディブローを打ち込まれたような声をこぼす。その後、彼女が、さっと立ち上がる気配を感じた。
 清潔さとは、ほど遠い状態の、自分のおしりを、明日香の顔面に押し当てるという、大惨事に至ったのだ。
 しかし、今は、そのことに対する羞恥感情が、不思議なくらい湧いてこない。
 涼子は、両手で恥部を押さえ、腰を後ろに突き出した、なんとも間抜けな体勢のまま、おそるおそる顔を上げ、秋菜のほうを見た。
 秋菜はといえば、どこか唖然とした顔つきで、視線を、涼子の両手が重なっている部分に固定していた。まさに、凝視している、という状態である。
 見られた……。
 その一念が、胸いっぱいに充満していく。
 
 明日香が、怒り狂った声を、涼子の背中に浴びせてきた。
「てめぇっ! いきなり、ケツ引くんじゃねえよっ! ふざけやがってぇ!」
 次の瞬間、おしりの右下部に、がすっ、という飛び上がらんばかりの、強烈な打撃を喰らった。
「あああああうっ!」
 涼子は、肉体的及び心理的衝撃から、堪らず奇声を上げ、無様にも、どたばたと体を前に押し出された。明日香が、革靴の底で、涼子のおしりを、力任せに蹴り飛ばしてきたのだ。
「ミナミ! てめぇの、きぃぃぃーったねえケツが、あたしの顔に、モロに直撃したじゃねえかよっ! どーしてくれんだっ、このブタ!」
 さらに、もう一度、おしりの同じ部分に、革靴の底を、荒々しく打ちつけられる。
「うぐっ!」
 涼子は、衝撃にうめき声を漏らすも、今度は、足腰に力を入れるようにして、その場で踏ん張った。
 ややあってから、蹴られたところが、ずきずきと痛み始めた。おそらく、そこの部分の肌は削れ、うっすらと血が滲み出ていることだろう。だが、今は、その程度の痛みなど、ほとんど意識上から消え去っていく感じだった。
 そして、はっと気づいた。
 しまった……。
 たった今、自分の取った行動を、脳内で繰り返し再生する。
 そうしていると、自分の最大の弱点を、これ以上ない形で露呈したという思いが、加速度的に強まっていく。香織が、いよいよ、そこに付け込んでくるだろうことは、もはや、火を見るより明らかだった。
 明日香が、憤まんやるかたないという態度で、香織たちのもとに戻っていく。
「ああああっ、もぉうっ! 聞いてよ、香織ぃっ。今ね、ミナミの、変な汗でびっちゃびちゃの、きぃぃぃーったねえケツに、あたし、顔を、めり込まされたんだよ? それでね、それでね、信じられる? なんと、ミナミの、ウンカスの付いてそうな、ケツ毛の中にまで、あたし、鼻も口も、突っ込むハメになったの。嘘じゃないよ。これ、本当だよ? サイアクだよっ、ミナミのあの、クソブタッ!」
 本来であれば、涼子にとっては、堪らず耳を塞ぎたくなるような発言である。だが、涼子は、明日香のそんな言葉の一つ一つを、半分、右から左に聞き流していた。
「そりゃあ、災難だったね、明日香」
 香織は、今一つ、便乗する姿勢を示さない。
「これってぇ、ミナミのうんこを、あたし、顔中に付けられたようなもんじゃん! うぅぅぅっげぇぇぇぇぇっ」
 明日香は、そのフランス人形のような美貌を、これでもかというほど歪め、泣き崩れんばかりの表情を見せた。
「可哀相な、明日香……。でも……、待って待って。なに? 今の、南さんのリアクションは……。明日香に、ま○こから手を離されたとたん、ものすごいパニックを起こしてなかったっ?」
 香織は、世紀の大発見でもしたような口振りで、隣のさゆりに話を振る。
「はいっ。なんか、『やだ、やだ、やだ、いやあああああああっ』て、悲鳴を上げてましたよね?」
 さゆりも、横目で涼子の様子をうかがいながら答える。
「つまり……、南さんは、明日香に、ずっと、ま○こを押さえててもらいたかった、ってことでしょう? 滝沢さんには、絶対に見られないように……。えっ、でもさ……、明日香は、遊びでやってたんだし……、それに、常識的に考えてよ。人に、ま○こを押さえられて、隠されてる状態と、人に、ま○こを見られるのと、どっちがマシかな? まあ、強いていえば、どっち?」
「普通の女子だったら、まだ、人に見られるほうが、いいに決まってますよね。十人中、十人が、間違いなく、同じように答えると思います」
「だけど……、南さんの場合は、違った……。滝沢さんに、ま○こを見られるくらいだったら、明日香に、ま○こを押さえられて、隠されてる状態のほうが、よっぽど、女の子としてのプライドを保てたみたい。要するに……、滝沢さんの目を、ほかの何よりも意識しちゃう、ってことだよね……。ねえ、さゆり。南さんの、滝沢さんに対する、この特別な思いは、一言で言うと、何、なんだろう?」
 香織は、興奮を抑えられないという風情である。
「ずばり……、恋愛・感情、ではないでしょうか」
 さゆりは、禁忌に触れるかのごとく言う。
「それ以外に、あり得ないよねえ!? もう、疑う余地なんて、ないよねえ!? 恋よ、恋っ。これは、紛れもない恋よ!」
 香織は、飛び跳ねるようにして奇妙なステップを踏む。それから、ぎらぎらとした眼光を湛えた目で、こちらを見てきた。
「やっぱり、あたしの、思ってたとおりだった。南さんは、実は、レズビアンで、滝沢さんと、恋人同士の関係になりたがってる、ってこと……。南さん、この期に及んで、まだ、シラを切るつもりじゃないでしょうね? なにも、恥ずかしいことじゃないんだから、これ以上、隠そうとしなくていいの。逆に、いい機会でしょ? あたしたちが、こうして、お膳立てしてあげたんだし、今この場で、勇気を出して、滝沢さんに、告白したらいいの。あなた、サバサバしてるわりに、肝心な時に、ヘタレなんだから、こういう状況でもないと、滝沢さんに、いつまで経っても、告白できなそうだし……。この機会を逃したら、きっと、一生、後悔することになるよ。あっ、それとも、まさか……、大好きな滝沢さんに、ま○こを見られたのがショックで、声も出ない?」
「そりゃあ、ショックですよ……。だって、香織先輩、考えてもみてください。あたしたちでいえば、好きな男子に、いきなり、ま○こを見られたのと、同じことなんですから。それも、まん毛、ボーボー状態の、ま○こを。たぶん、南せんぱい、後で一人っきりになったら、しくしくと泣きだすと思いますよ」
 さゆりが、ふししっ、と笑う。
「そっかそっか……。南さんの気持ちは、あたしも、わからなくはないけど、なにもさ、そんな、世の中が終わっちゃったみたいな顔、することないじゃない。ねえ? 滝沢さん? ……っていうか、滝沢さんまで、なに、ぼんやりしてるのよ?」
 香織が、秋菜に声を投げかける。
「えっ、ああ……」
 秋菜は、たった今、事態を把握したかのような様子で、目をしばたたく。
「あ、もしかして、滝沢さん……、南さんの、野性味あふれる、ジャングルみたいなまん毛を見て、度肝を抜かれたとかぁぁぁ?」
 香織は、お化けじみた低い声で問う。
 その言葉によって、涼子の意識は、研ぎ澄まされたように覚醒した。
「ええっと、なんて言えばいいのかな……。やっぱり、写真の中の光景として見るのと、実際に目にするのとでは、全然、違うわねえ。わたし、女の体の、性的な部分に興味を持ったのなんて、生まれて初めてよ。南さんさあ、その手をどけて、わたしに、ちゃんと、そこを見せてくれる?」
 秋菜は、まるで、小ずるい少年のような笑みを浮かべながら、涼子の下腹部を、右手の人差し指で、つんつんと指し示した。
「いやぁ……。やめて……。滝沢さん、あなたまで、どうして、そんなこと言いだすのよぉ……?」
 涼子は、秋菜の発言に動揺を抑えきれず、わななく声で抗議した。
「なに、ふぬけたこと言ってんのよ、南さんっ。片思いの相手である、滝沢さんが、あなたの体の、大事なところまで見たい、って言ってくれてるんだよ? これは、両思いになれる、またとないチャンスじゃないのっ。なのに、あろうことか、それを拒否するなんて……、あなたさあ、小学生の女の子ならまだしも、十七、八にもなって、エッチなことは、受け入れられません、みたいに純情ぶられると、見てるこっちが、恥ずかしくなってくるんだけど……。もっとポジティブに考えなさいよ。裸の体を、包み隠さず、すべてさらけ出した状態で、大好きな人に、愛の告白をするなんて、最高にロマンチックなシチュエーションじゃない。滝沢さんから、オーケーを貰える可能性も、ぐっと高まるってもんよ。だから、ほらっ、決戦に臨むつもりで、女を見せなさい、女を」
 香織は、喋りながら、どんどんボルテージを上げていく。
 それに対して、涼子は、両手で恥部を押さえたまま、首を左右に振り続けるしかなかった。ただただ、何かに取り憑かれたように、その動作を繰り返す。もはや、声を出すことも、また、体のほかの部分を動かすことも、今の自分にはできそうになかった。そのうち、だんだんと、奇妙な感覚が生じ始める。まるで、自分の体が、自分のものではないような……。
 そこで、ふと思った。
 ひょっとすると、自覚していなかっただけで、これまでに、何度となく、自分の人格は、この体から消え失せていたのではないだろうか。そして、その間は、誰か別の人格が、この体の持ち主となっていた……。そうだ。そうでなければ、どう考えても不可思議である。つい先ほどまで、自分の肉体に、あの、竹内明日香が、性的な陵辱行為を加えていた、という事実。そのこと自体は、記憶に生々しく刻み込まれている。しかし、それが、どうも他人事のように感じられてならない。そもそも……。今この瞬間、両の手のひら全体に伝わる、ごわごわとした陰毛の感触に、意識を傾ける。こんなところを、他人の手で、無理やりまさぐられるなど、思春期の女の子である自分には、到底、耐えられることではないはずだ。きっと、別の人格が、自分の身代わりに、その生き地獄の恥辱である苦痛を、引き受けてくれていたに違いない。
 ごめんね……。その、見知らぬ誰かさん。でも、お願い……。わたしのことを、また守って……。
 わたし、この体から、当分の間、さよならするから……。



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