バレー部キャプテンと
よこしまな少女たち
第二十四章
乙女の叫び
5



「まったく、好きな人の前で、亀みたいに縮こまっちゃって……。情けないやら、みっともないやら。ああ、やだやだ……。南さんねえ、いくら、学校では、後輩たちから、きゃーきゃー騒がれるような、モテモテの人気者なんだとしても、こういう時に、ビシッと決められない女っていうのは、人として、すっごい格好悪いんだよ? なんか、あなたには、愛想が尽きちゃった。でも、なんだけど……」
 香織は、言葉を止め、少しばかり間を置いた。
 それから、脅すような口調で、ふたたび話しだす。
「あなた、自分の置かれてる立場を、忘れてないでしょうね? 滝沢さんに、大事なところを見られることを、極度に怖がってるみたいだけどさ、体毛検査は、まだ、終わったわけじゃないんだよ? 腋毛は、合格。で、これから……、まん毛を処理してないかどうかを、徹底的に調べる。それに合格したら、最後に、ケツ毛。あと二つの検査を受けるのは、あなたの義務だからね。あなたの側に、どういう事情があろうと、この義務から逃れることは、ぜーったい許さないよ」
 無情にも、その宣告は、ほかの誰でもない、十七歳の少女、南涼子の胸に突き刺さった。
 セーラー服を身に着けた、五人の少女が、ひとり全裸姿で立つ、涼子の反応を注視する。
 一秒、二秒……、そして、数秒も経つと、涼子は、もはや、すっかり精神の均衡を失っていた。
「ああっ! やだやだやだっ! 誰かっ! お願いだから、来てっ! 助けてぇぇ!」
 持ち前のアルトボイスとは似ても似つかない、いかにも、か弱い女の子っぽい声が、この陰鬱な地下の空間に響き渡った。体育倉庫の外にというより、むしろ、自分の内に向けた言葉だった。
「あらあら。もう、なりふり構っていられない、っていう必死ぶりだね。あたしたち以外の誰かに、全裸の体を見られることになってもいいから、残りの検査は、受けたくないってわけ? でも、ざーんねん。体育倉庫の扉は、きっちり閉まってまーす。どれだけ大声で助けを呼んだって、誰にも聞こえやしないよーん」
 香織は、べえっと舌を出した。
「いるよね……? いるんでしょ……? わたし、知ってるもん。さっきから、何度も助けてもらってること……。もう、こんな、惨めな役、引き受けたくない、って言いたいのは、よくわかる。けど、けど……、十七歳の女の子の、わたしには、とてもじゃないけど、これ以上、耐えられないの……。ねえ、あなたは、何歳の人……?」
 涼子は、自分の内に存在するはずの誰かに対し、ぶつぶつと語りかける。
 すると、五人の少女は、それまでとは打って変わって、一様に、呆気に取られた顔になり、互いに視線を交わし合い始めた。彼女たちも、ようやく、ただならぬものを感じ取ったらしかった。
 しばらくしてから、香織が、みなの意思をくみ取ったように口を開いた。
「南さん、南さん……。だいぶ、ご乱心の様子だね。あたしの話を聞いて、公開処刑されるような気持ちになっちゃった? それで、滝沢さんにぶっ叩かれた時みたいに、また、現実逃避しようとしてるの? でも、まあ、もう少し心を落ち着かせてよ。実は、まだ、話の続きがあるのよ。あたしが、南さんに、現実的な提案をしてあげる」
 もちろん、わたしの中にいるんだから、女の人だよね……? ううん。聞くまでもない。そのことだけは、確信してる。
 それで、あなたは、何歳なの……? まさか、わたしと同じ、十代の女の子じゃないよね……? だとしたら、さすがに、身代わりになってもらうのは、可哀相になっちゃう。二十代? それとも、三十代? いや、別に、大人の女の人なら、性的な陵辱を受けても耐えられる、なんて言いたいわけじゃないの。それって、ものすごい偏見だよね。ただ、うまく表現できないんだけど……、わたしの中に、わたしを守ってくれる、優しいお姉さんがいるのを、強く感じるの。だから……。
 お姉さん、わたし、怖くて怖くてしょうがないの……。このままだと、わたし、二度と、まともな人間に戻れなくなりそうで……。一生のお願いです。今すぐ、わたしを助けにきて……。
 幼い子供みたいに一心に祈り続けるが、涼子は、未だに、おのれの裸体から離れられずにいる。
「とくに恥ずかしいのは、ケツ毛……、つまり、おしりの穴を見せなきゃいけない検査でしょ? それで、滝沢さんと、あと、舞ちゃんの、二人にだけは、おしりの穴なんて、見られたくないんだよね?」
 香織は、薄気味悪いくらい柔和な声で尋ねてきた。
 それを聞き、涼子は、ぴくりと反応した。香織の顔に目をやる。
 香織は、にやっと笑った。
「そうなのね?」
 もう一度、問われる。
 この陰鬱な地下の空間が、しんと静まり返った。
 十秒か、あるいは、それ以上の間、衣ずれの音すらしない時間が続いた。

「あっ、あうあ、あ、あう……」
 涼子は、ほとんど無意識のうちに、意味を持たぬ声音を漏らしていた。その後、どこを見るともなく、きょときょとと視線をさまよわせる。
「わかった、いいよ……。あたしだって、鬼や悪魔じゃないの。だから、こうしようか。今、大事なところを隠してる、その両手をどけて、まん毛の処理をしてないかどうかの検査だけは、あたしたち全員が確認できるように、堂々と受けなさい。そうしたら、南さんの、その心意気に免じて、ケツ毛のほうは、あたしと、さゆりと、明日香の、この三人だけで、ちゃちゃっと検査することにする。滝沢さんにも、舞ちゃんにも、おしりの穴までは、見せなくていい。それだけは、ちゃんと約束してあげる。どう? 南さんにとって、悪い話じゃないでしょ?」
 香織は、闇取引のごとく言う。
 お姉さん、優しいお姉さん……。どうして? どうして、わたしを助けにきてくれないの……?
 涼子は、なおも、この体から、自らの人格が消え去ることだけを願い続けたが、しかし、その実、香織の言葉が、心に染み込んでくるのを感じていた。
「南さんったら、滝沢さんの前だと、バリバリの体育会系女子なのが、嘘みたいに、恋する乙女そのものになっちゃうんだもんなあ……。まあ、あたしも、同じ女として、女の子の恋心が、いかにデリケートかは、ちゃんと理解してるつもりだからさ、ここは、南さんに、情けをかけてあげる。ヘアヌードならまだしも、大好きな人に、望まぬ形で、肛門まで見られるっていうのは、年頃の女の子にとって、ある意味、死ぬよりつらいことだろうしぃ」
 もしかしたら、目の前に迫った現実と向き合うのは、十七歳の少女、南涼子以外にあり得ないのかもしれないと、涼子も、薄々であるが悟り始める。すると……、現実問題として、滝沢秋菜の存在と、それから、自分の体の、とかく黒っぽい印象のある、不浄の穴のイメージとが、頭の中で重なりかかった。が、涼子は、慌ててその二つを切り離す。
 あってはならない、絶対に、あってはならない……。
 まるで、怖ろしい夢から飛び起きた直後のように、どっくんどっくんと、心臓が音を立てている。
「あと、何より、舞ちゃんのことを考えると、性教育的に、よくない、と言えるかもね」
 香織は、さゆりに向かって笑いかける。
「ええ……。ケツの穴なんて、まさに、十八禁ですよ」
 さゆりは、力説するように答える。
「それじゃあ、あたしたちだって、南さんのケツ毛を検査したら、社会のルールに違反してる、って結論になっちゃうじゃないの」
「うーん、そこは……、とりあえず、香織先輩と、明日香先輩と、あたしの、この三人だけは、業務の一環、みたいなものだから、法律的にも校則的にも認められてる、ってことで。だいいち、あたしは、もう、何回も見せられてるし。南せんぱいの、あの、ギョウ虫検査を受けなきゃいけないレベルの、きったないケツの穴」
「まあ、それは置いとくとして……、南さんさあ、まさか、あたしの現実的な提案さえ、拒否するつもりじゃないよね? 念のために言っておくけど、ここで、つまらない意地を張らないほうがいいよ。だって……」
 香織の、つり上がり気味の目の瞳が、黒い碁石のように鈍く光る。
「なにしろ、南さんと、舞ちゃんは、告白の手紙を貰った側と、手渡した側、っていう関係でしょう? つまり、南さんが、レズビアンとして、滝沢さんに、熱烈、片思い中なのと同じように、舞ちゃんは、南さんと、深く愛し合いたいと思ってるんだよ? 南さんは、そんなふうに、自分に片思いしてる、二個下の後輩の子に、ケツ毛の生え具合まで調べられても、プライドを保っていられるわけ? 正直、発狂もんよねえ?」
「っていうか……、そもそも、高校三年の、もう半分大人の女が、まだ、中学を卒業したばかりの女の子に、ケツの穴まで見られるなんて、それだけで、超、屈辱だと思うんですけど」
 香織たちの話を聞いているうちに、涼子の脳裏でも、徐々に、怪奇映像のごとき、おどろおどろしい情景が浮かび上がってきた。
 セーラー服姿の五人の前で、涼子は、そう……、一糸まとわぬ後ろ姿をさらす形で立っている。涼子自身、迫力があると自覚している、年齢不相応なくらい肉付きのいいおしり。そこを手で隠せない分、今よりも、はるかに屈辱を感じさせられる状況である。やがて、香織とさゆりの二人が近づいてきて、それぞれ、涼子の両脇で腰を落とした。そして、二人は……、一番、年下の生徒である、足立舞を手招きして呼ぶのだった。
 果たして、その時、足立舞は、どうするだろう……?
 首を横に振り、固辞する意思表示をするか、あるいは……。いや、もはや、考えるまでもない。苦痛に身をよじる涼子の乳房を揉みながら、嬉し涙を流しそうな顔を見せていた舞のことである。そればかりか、涼子の腋毛を欲しがるなどという、信じがたい変態性まで示したのだ。
 おそらく、舞は、はち切れんばかりに性的好奇心を膨らませ、高鳴る鼓動を抑えられないというふうに、その小さな胸を、両手で押さえながら、一歩、また一歩と、涼子の立っているところまで歩み寄ってくることだろう。
 そうして、舞が、涼子のすぐ背後で、ちょこんとしゃがみ込む。
 すると、香織とさゆりが、互いに目配せし合い、いよいよ、涼子のおしりの割れ目に、両側から手をかけた。あぶら汗に濡れ光る、二つの肉塊が、左右にぐぐっと押し広げられた、その瞬間……。
 香織たちの言うとおり、まだ、中学を卒業したばかりの、それも、涼子に告白の手紙を渡してきた、容姿も精神年齢も幼すぎる一年生の生徒が、人生観が変わるほどの衝撃の光景として、そのつぶらな瞳の網膜に、まざまざと焼きつけるのだ。今や、完全に性的欲望の対象として見ている、涼子の裸体の、もっとも汚い部分を……。
 やだやだ、やだやだ、やだやだ、やだ……!
 その場面を想像しているうちに、涼子は、神経症的な発作を起こしたように、ぜーはーぜーは−、と喘鳴を立て始めていた。



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