バレー部キャプテンと
よこしまな少女たち
第二十六章
壊れかけの偶像
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 南涼子は、潤んだ目を意識しながら、主犯格である、吉永香織に向かって、情けをかけてほしいと、視線で訴え続ける。
 背後では、足立舞が、聞くに堪えない艶めかしい声を出す。
「あぁぁ……、南先輩っ、南先輩っ……。ああぁぁぁぁっ……」
 その無我夢中ぶり、それも、まるで、涼子の背徳的な臭いに包まれながらであれば、たとえ、ここで命が燃え尽きたとしても、悔いはないとでも言うほどの、舞の情念が、これ以上ないくらい感じられてならなかった。
 おそらく、涼子の恥部やおしりといった、本来であれば、女の子が、他人には、見せることすらないような部位の臭気が、強ければ強いだけ、舞は、劣情を燃え上がらされる境地なのだろう。同性愛者である点はともかく、いったい、どのような環境で育ったら、中学を卒業したばかりという年齢で、そんな変態じみた性癖が形成されるのか、涼子には、想像も及ばぬ話だった。
 そして、とうとう、舞が、熱に浮かされたように言い始めた。
「そろそろ……、あたしぃ、自分の役目を、果たすことにしますね……。これはぁ、南先輩が、受けなくっちゃいけない、チョーバツなんですぅ……。ですんで、けっこう痛いかもですがぁ……、我慢して、ずっと、じっとしててくださいねぇ、南先輩……」
 えっ……。
 ややあってから、涼子は、おしりの右半分の、極めて割れ目に近い部分に、なにか柔らかいものが触れる感触を覚えた。
 刹那の後、あらゆる状況に鑑みて、それが、足立舞の唇以外の何物でもないことを察知する。と同時に、皮膚感覚を通して伝わってくる、そのゼリーのような感触が、脊柱を這い上って、全身の神経に広がると、涼子の頭の中で、何かが弾け飛んだ。
「やめてえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
 涼子は、狂女のごとく絶叫し、がばっと背後に向き直った。そうして、なんとも言い様のない気持ちで、足もとにいる者を見下ろす。
 その直後、白黒世界だった視界に、色彩が戻った。
 だが、人のおしりに、口を付けるなんて、どんな下卑た顔の人物がいるのか、という潜在意識が働いたせいか、まだ、ぬいぐるみを抱いて寝ていそうな、やけに幼い、その舞の容姿が、網膜に飛び込んできたとたん、強烈な違和感から、ぐらりと目まいがした。
 舞は、たった今、夢から醒めたような、虚ろな目で、こちらを見上げてくる。と、それから、悪びれるふうもなく、何か問題でもありましたか、とでも問いたげに、首を傾げると、恐ろしく意味ありげに、右手の人差し指を、自身の唇に当ててみせる。
 涼子は、それを見て、舞に向ける視線に、怒りはむろん、負の感情が、何から何までこもっていくのを自覚した。おそらく、今、自分は、目の血走ったような形相を示していることだろう。だが、もちろん、意識の大半は、いつ見ても、泣きたくなるほど毛深い、自分の陰毛部と、舞の顔との、あるまじき近接ぶりに傾いていた。両者の高さは、ほぼ同じであり、間隔は、ぱっと見、二十センチほどしか離れていない。この至近距離で、そのVゾーンを、舞に視認されるのも嫌であるが、とにかく気になるのは、やはり臭気のほうだった。
 まもなく、当然のことながら、舞は、自身の眼前に迫った、ジャングルのごとき黒い茂みに、目線を移した。すると、その顔は、みるみるうちに、開いた口が塞がらない、とばかりの表情に変わっていく。きっと、彼女とは、体の作りからして違うような、陰毛の異次元の量に、改めて、衝撃を受けているのだろう。その数秒後、案の定、鼻をひくつかせ始めたかと思うと、なにやら、とろんとした半目になり、まるで、吸い寄せられるみたいに、こちらに顔を寄せてきた。
 無力な涼子は、その瞬間を、ただ網膜に焼き付けるしかなかった。もさもさと前方にも大きく飛び出た陰毛の、その毛先に、告白の手紙を手渡してきた一年生、足立舞の鼻先が、ふさっと触れたのである。
「くうぅぅぅぅぅっ、ごおおぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
 もはや、涙こそない慟哭だった。今この時ほど、暴力の衝動が、四肢にみなぎったことはない。もしも、この身を拘束しているのが、滝沢秋菜が鎖を握る、見えない首輪ではなく、身体的自由を奪うために、羽交い締めにしてくる、人間の腕だったとしたら、自分は、まず間違いなく、足立舞の顔面に、殺意を込めた膝蹴りを喰らわせていたことだろう。
 その動作の代わりに、涼子が行ったのは、それこそ、天使のごとく、ささやかな抵抗だった。一度、かがみ込み、舞の両脇に、勢いよく両手を差し込む。
「きゃぁっ!」
 突然のことに、舞が、悲鳴を上げるのも構わず、涼子が、乱暴に扱ったら、骨が外れてしまいそうな、その身を、微妙な手加減で持ち上げて立たせる。
 目が合うと、舞の顔いっぱいに、怯えの表情が浮かんだ。涼子から、腕力を振るわれることになるなど、丸っきり想定していなかったという様子である。散々、涼子の体を、穢らわしい欲望のはけ口にしていたくせに。
 この、ド変態のクソガキ……!
 せめて、その一言だけでも、浴びせてやりたかったけれど。
「ねえ、きみぃっ! きみだけは、いい加減に、帰ってよぉぉぉっ! スペシャルゲストだか、なんだか知らないけど! もう、満足したでしょう!? わたし、頭がおかしくなるくらい、苦痛だったけど、きみに、おっぱい、触らせてあげたでしょう!? おしりだって、触らせてあげたでしょう!? これ以上、何を望むっていうのよおぉぉぉっ!?」
 涼子は、声の限りに訴えながら、高速設定のランニングマシーンに乗っているかのように、その場で、どたどたと両脚を動かした。
 だが、舞は、忌々しいことに、横にいる滝沢秋菜に、救いを求めるような視線を向ける。
 すると、秋菜は、目だけでうなずき、右手を、涼子の頭部に伸ばしてきた。
 その手に、髪の毛をわしづかみされ、引きずるように強引に、体の向きを変えさせられ、涼子は、ふたたび、香織とさゆりの側に向き直る格好となった。それから、顔を上げろ、とばかりに、髪の毛を、さらに引っ張り上げられ、あごを、思いっ切り上方に反らせるような体勢を取らされる。
「吉永さーん。この女、猛省しています、とは口先だけで、懲罰を受けることは、拒否する始末です。なので、もう、奴隷としての価値なし、と見なして、いいんじゃないですか? 吉永さんが、そう判断するなら、わたしが、責任を持って、この女を、学校から抹殺処分することにしますが」
 秋菜は、涼子の生殺与奪を握っているのが、自身であることを、改めて強調する。
「やぁ……、やめてください……。滝沢さん、お願いですからぁ……」
 まだ、年齢的には子供であり、社会に関する見識が狭いせいか、あるいは逆に、すでに、半分は大人として、将来のビジョンを思い描いているがゆえか、涼子にとって、退学を余儀なくされるという事態は、人生の破滅としか捉えられないのだった。
「待ちなよ、滝沢さん……。たしかに、南さんは、プライドを捨てきれてない。その点は、奴隷として見た場合、褒められたことじゃないだろうね。でも、南さんの、奴隷である以前に、ひとりの乙女でありたい、っていう気持ちは、今、切々と伝わってきたからさ。やっぱり、あたしたちと同じく、年頃の女の子だってことは、無視しちゃいけないなって、そう思い直してね。そんな乙女が、ひとりだけ、全裸にさせられて、どうも、めちゃめちゃコンプレックスを持ってるっぽい、もじゃもじゃに生え揃った、まん毛を、手で隠すことすらできない、っていう状況は、それだけで、屈辱……、いや、恥辱と言うべきかな? その恥辱のあまり、時には、取り乱して、暴れちゃうこともあるだろうし……。だから、あたしに、暴力を振るってきたことについては、情状酌量の余地ありとして、免罪してもいいかな、って気がしてるのよ」
 香織は、いかにも、この場における、一番の権力者のごとく、鷹揚な態度で説く。
「えええーっ。吉永さん、甘すぎますってぇ。こんな、奴隷という身分を与えてやるのも、もったいないくらいの、心も体も汚い、家畜みたいな女に、乱暴狼藉を働かれたっていうのに、お咎めなしで済ませるなんて……、吉永さんは、いったい、どこまで女神なんですかぁー? わたしが、吉永さんの立場だったら、懲罰の内容について、ぐだぐだ抜かし始めた時点で、即、この女を、張り倒してましたよお?」
 秋菜は、そこで、涼子の頭部を邪険に押しやるようにして、髪の毛を離した。
「まあね……。あたしも、このお人好しの性格のせいで、損ばかりしてるなって、つくづく思うんだけどさ。情けは人のためならず、っていうし、こんな南さんでも、まだまだ、使い道はあるんじゃないかって、これからに期待したいところだね。それに……、セクシーショーにしても、プライドのかけらもない、ブタ同然の女が、ブヒブヒ言いながら、ケツを振り回すよりは、恥じらいあふれる乙女が、はにかみ笑顔で、慣れない淫靡な踊りに、頑張って挑戦する姿のほうが、よっぽど風情があるじゃないの」
 香織は、自身の裁量で、すべて丸く収めてやったとばかりの、得意げな表情で、こちらを見る。
「そういうわけで、南さんの、セクシーショーが、あたしとしても、愉しみなんだけど、何はともあれ、ケツ毛の検査だけは、ちゃんと受けてもらわないと。検査に当たるのが、あたしと、さゆりと、明日香の三人だけとはいえ、乙女にほかならない、南さんにとって、同じ学校の生徒である、あたしたちに、うんこの出る穴まで見せないといけない、っていうのは、やっぱり、恥辱の極みなのかな? でも、こればっかりは……、うん、南さんの義務だから、仕方ないよねえ?」
 
 喜ぶべきか、嘆き悲しむべきか、要するに、自分が、我を忘れて、香織への反撃に打って出た、それ以前の状況に戻ったということか。
「あっ、はぁい! わたくし! 南涼子! 吉永さんの、聖母のごとき寛大なる処置に、涙が出るほど、感激しており! また、到底、言葉では言い尽くせない思いで、感謝申し上げます! 本当に、本当に! ありがとうございましたぁっ! このような、不肖の奴隷ではありますが! ぜひ! 今後とも、吉永さんたちに、奉仕させてくださいませ! あと、それと……、セクシーショーを演じるに際しての、わたしの義務である、ケツ毛の検査についてですが! こちらのほうこそ、この身に、やましいところはないことを! 証明させていただきたく存じます!」
 涼子は、一点の曇りもない澄んだ心をした者のごとく、声高らかに述べる。
「うんうん……。じゃあ、さっそく、ケツ毛の検査に取りかかろうかな」
 香織が、ゆっくりと腰を落とし、その隣のさゆりも、それに倣った。
「承知いたしました! 今度こそ、わたしの……、ケツ毛は、もちろんのこと、きったない、おしりの穴まで、余すところなく、さらけ出す覚悟で、臨みますので!」
 涼子は、再度、身をひるがえし、香織たちの側に背を向けた。そうして、両手を両膝につく形で、ほとんど九十度、腰を曲げ、その分、おしりを、めいっぱい後ろに突き出す。
 だが、その数秒後、香織は、冷めた口調で言った。
「そっか……。南さんってば、世間知らずだから、こういう場合、どういった体勢を取ればいいのか、わからないんだったね……。滝沢さん、南さんを躾けるのは、あなたの役目でしょ? あなたが、教えてやってくんない?」
「あっ、気が利かず、申し訳ありませんっ」
 秋菜は、慌てたように応じる。
 それから、一転、無機質な声を出した。
「膝を伸ばしたまま、両方の手のひらを、地面に付けて、ケツを、高く突き上げなさい」
 むろん、涼子に向けられた、命令の言葉だ。
 やや遅れて、涼子は、それが、どのような体勢か悟った。
「ええーっ!?」
 人権蹂躙という概念が、脳裏に浮かぶのも、さることながら、肉体的に、かなり厳しそうに思われたのだ。
「なにが、ええー、よ!? あんたは、バレーやってんだから、それくらいの柔軟性は、いちおう、備えてるでしょう!? ほらっ、さっさと、言われたとおりにやりなさいよ!」
 頭上から、秋菜が、ヒステリックにがなり立ててくる。
 涼子は、縮み上がる思いで、両膝をぴんと伸ばし、その状態で、両手を、そろそろと下ろしていった。どうにかこうにか、両の手のひらを、コンクリートの地面に、ぴたりと付けるに至ったが、ふくらはぎから太ももにかけての筋肉に、過度の負荷がかかってくる。と同時に、自分が、今、いかに、おしりを高く上げているか、自分自身でもよくわかる。だから、背後にいる、香織とさゆりからしたら、涼子の体の汚い部分が、さぞかし、視認しやすい状態であるに違いない。それにしても、百歩譲って、いわゆる、Oゾーンの毛の生え具合を調べるためとはいえ、こんな不格好な体勢を、涼子に強いる必要はないであろう。
 しかし、秋菜は、さらに命じてきた。
「地面に手のひらを付けたまま、顔を上げなさい」
 さすがに、その意図は、まったくもって不明だった。
 なぜ……?
 だが、調教役たる秋菜に対し、問いを発する勇気は出ず、涼子は、ほぼ真下に垂らしている頭部を、四十五度ほど上向かせる。
 すると、前方、数歩先の位置に立っている、足立舞が、そんな涼子の顔を見て失笑し、その表情を隠すように、右手を口もとに当てた姿を、視界に捉えた。
「もっとよ! もっと、顔を上げて、真っ直ぐ正面を向くのよ!」
 秋菜は、半ば、狂乱状態におちいっているかのごとく、どやしつけてくる。
 涼子は、それを受けて、エサを欲しがる亀のように、ぐぐぐっと首を限界まで反り返らせ、かろうじて、正面に顔を向けることができた。しかしながら、体操選手ですら、うめき声を漏らさずにはいられないであろう、無理な体勢であり、体中の筋肉が、引きつれを起こしそうなほど突っ張っているため、肉体的に、そう長くは持たない気がする。
「いい? それが、肛門検査を受ける際の、正しい姿勢なのよお? 奴隷である、あんたには、今後も、こうした機会が、ちょくちょく待ってるはずだから、きちんと覚えておきなさい」
 一時は、涼子の『仲間』だったとは、とても思えないくらい、冷血な物言いである。
 涼子は、現在の自分自身が、この世における、紛うことなき奈落の底に、両手、両足を付けていることを、まざまざと自覚させられた。
 わたしって、本当に、もう、本当に、堕ちるところまで堕ちたもんだなあ……。
 霊長類のなかでも、特段、高度な知性を有する、人間が、なぜ、これほどまでに無様な格好をさらさなくてはならないのだろう……。
 これでは、まさに、四つ足の家畜に等しい存在ではないか……。

「吉永さーん、この女の、肛門、ばっちり見えてますかあ?」
 秋菜は、直前までとは別人みたいに、うやうやしく尋ねる。
「うん、見える、見える……。っていうか、見えすぎて、やばいわ、これ……」
 香織は、よほど感心しているらしい口振りで答える。
「だって……、ここなんて……」
 背後に向かって、想像するだに怖ろしいほど、無防備に露出しているに違いない、女性器の、その小陰唇を軽く抓まれ、指の腹で、くにくにと擦られる。
「ビラビラの形まで、丸わかりなくらい、見えちゃってるし……、それにぃ……」
 香織は、興奮を覚えているのか、息を整えるように、一呼吸、間を置いた。
「ここだって、よぉーく見える……」
 続いて、肛門の縁に触れられ、窄まりの外周を、じりじりと指でなぞられる。
 涼子は、もはや、恥辱という名の苦痛に、責めさいなまれる感覚を通り越し、あたかも、これは、自分の身に起こっている事柄ではないかのような、そんな錯覚にとらわれ始めていた。まさかまさか、かりにも学校内において、同性から、しかも、クラスメイトから、ここまで露骨に性的行為を加えられるなど、現実にはあり得ないはずだ……、と。そのため、この高校に入学してからの日々が、今日この日につながっていると捉えると、なんだか、バレー部の活動で、血と汗と涙を流し続け、ついには、キャプテンを任されるに至ったことも……、友人たちと笑い合い、時には、ちょっかいを出したり、出されたりしたことも……、授業中、おそらくは、誰よりも積極的に挙手し、発言していたことも……、すべてが、夢まぼろしだったかのように思われてならない。
「それにしても、どうしてなんだろう……? 今さっき、あんなに、かんわいぃぃぃ姿を見せてた、いたいけな乙女である、南さんの体に、こんな汚らしい部分があるなんて……、あたし、納得できない気分。いったい、神様は、どうして、残酷にもほどがあるような、いたずらを、女の体に施したんだろう……?」
 香織は、本心を吐露するかのように言う。
「たしかに、こうして見せつけられると、破壊力が、エグいでっすねえ……。卑猥とか、そういう次元を、完全に突き抜けて、もう、毒々しいですよ。セクシーショーのためには、必須の検査業務とはいえ、この光景が、絶対、トラウマみたいに、記憶に焼き付いちゃうことを考えると、あたしって、損な役回りだなーって、気が滅入ってくるんですけど……。なんか、この先、桃の割れ目とか見ただけで、南せんぱいの、この、ま○こから、ケツの穴にかけての光景が、鮮明に思い浮かびそう」
 さゆりは、ひえーっ、と声を出した。
 そこで、やや離れたところで眺めていた、竹内明日香が、香織とさゆりの話を聞いて、がぜん興味が湧いてきたらしく、ひょこひょことした足取りで、こちらに歩いてきた。
 涼子は、その動向に注意を引きつけられ、今さらながらに、明日香に対し、自分の背後には回ってほしくないと、そう懇願したい思いに駆られた。
 
 時をさかのぼり、バレー部のマネージャーとして、明日香に、全幅の信頼を寄せていた期間のことが、ありありと想起される。学校の内外を問わず、明日香と一緒にいると、とても楽しくて、会話は、なにも部活のことだけではなく、友人関係や高校卒業後の進路、それに、流行りのスイーツから、推しの男性アイドルに至るまで、いつ尽きるともなく、すこぶる弾んだものだ。
 しかし、その頃においても、明日香を相手に、しばしば、妙に気まずい経験をしたことが、よく記憶に残っている。
 ふとした時、明日香は、まるで、愛し合う恋人同士みたいに、涼子の顔を、じっと覗き込んでくるのだった。
 こちらは、視界いっぱいに迫った、人の顔というより、なにか、きらびやかなガラス細工じみた、その美貌に圧倒され、ついつい、引け目を感じてしまう。そういう時は、おうおうにして、逆に、この子の瞳には、自分の顔が、どんなふうに映っているのだろう、という思考が、脳裏をかすめるのだ。そうなると、もう、お終いだった。
 あ、ひょっとして……、わたしの顔って、なんて笑えるんだろうって、今、心の中で思ってたりする……?
 ちょっとちょっと、この距離だと、顔の毛穴まで見られてそうで、かなーり恥ずかしいんだけど……。
 っていうか、正直、口臭が伝わらないか、気になって気になって、息ができないじゃんっ……!
 そんな過度に神経質な思いから、涼子は、へどもどしてしまい、拗ねるような態度で、どうにか、その場をごまかしていたのだった。
 
 そして……、今現在、むろんのことであるが、その竹内明日香が、涼子の背後に回り、香織たちの横で、腰を落とした。
 涼子の頭の中では、香織とさゆりによる、直近の発言が、一言一句、ぐるぐると渦を巻いている。
 であるがゆえに、二人の言うとおり、自分の体の、それこそ審美性は最悪な部分が、あの、トップモデルにも勝るとも劣らぬ美少女の、その瞳に、余すところなく映っていることを考えると、劣等意識が、気の狂わんばかりに掻き立てられるのである。
 涼子は、虚しくも、心の内で、明日香に哀訴し始める。
 明日香……、わたし、白状しちゃうと、あなたと行動を共にするようになってから、女子力を高めることに目覚めたんだ……。でも、それはそれで、よかったんだけど、今度は、わたしが、どれだけ女磨きしようと、あなたには、女子として勝てっこないことを、嫌というほど思い知らされた。だからなのかなあ……。あなたに、顔を覗き込まれたりすると、敗北感みたいなものが募って、せめて、自分の欠点に着目されたくない、って心理が、強く働いた気がする……。あ、これって、女としてのプライド? もしかして、わたし、知らず知らずのうちに、あなたに張り合ってた?
 なのにさ……、今では、ひとり、全裸姿であるうえに、そんな、あなたの目の前で、わたしは、こーんな、無様な格好をさせられ、体の、もっとも汚いところまで、さらけ出してるんだよ?
 ねえ、明日香……。少し、想像してみてよ。女の子にとって、これほど残酷なシチュエーションが、ほかにあると思う? 屈辱か、って……? いいや、屈辱なんて言葉じゃあ、到底、片付けられない。もっと、絶望を孕んだ、苦しくてしょうがない、この気持ち……。ひどいよ、明日香……。そりゃあ、あなたは、わたしをハメるために、近づいてきたんだけどさ……。それでも、わたしたち、きゃっきゃとじゃれ合いながら、あちこち街中を歩いたりしたじゃない。あんなに熱く語り合ったじゃない。わたしに、ほんのちょこっとでも、情が移ってるのなら、あなたは、そこから離れて……。
 えっ……? なんか、気配からして、あなた、さらにこっちに、顔を寄せてない……!? やだやだやだ……! わたしの、おしりの、その……、穴に付着したものの臭いなんて、嗅ごうとしないで……! 恥ずかしい、恥ずかしい、恥ずかしい、恥ずかしい……!
 途方もない羞恥感情との戦いで、精神力そのものを削られている境地であるが、それに加え、恐ろしく無理な体勢を続けていることによる、肉体的苦痛も、すでに耐え難くなってきており、その苦悶が、どうしても顔に表れるのを抑えられない。歯茎をむき出しにし、かっと見開いた目で、前方をにらみすえている、自分のこの顔貌は、きっと、鬼神の形相という表現がぴったりの、凄絶さを漂わせていることだろう。
 
 三人が、検査態勢に入ったことで、滝沢秋菜は、一仕事、終えたとばかりに、その場を離れ、足立舞のところに歩いていった。そうして、見た目からすると、十歳以上、違いそうに思われる、滝沢秋菜と足立舞が、珍しく肩を並べ、涼子の顔を、真っ直ぐに見下ろしてくる。
「こういう場面に、立ち会うことは、なかなか経験できるものじゃないから、あなたも、後学のために、よーく見ておきなさいね。これが、この世で最大級の屈辱と言われる、肛門検査を、強制的に受けさせられてる、女の顔よお?」
 秋菜は、自分の手柄だとでも主張するような、誇らしげな口調で告げる。
「うわわわぁぁ……。南先輩、超、かっこわるぅぅぅっ……。なんかなんかぁ、あたしも、ほかのファンの子たちも、南先輩の、上辺ばっかり見て、騙されてたのかも、ですねえ。今じゃあ、この姿が、化けの皮が剥がれた、本物の南先輩、って感じぃぃぃ」
 舞は、実際に幻滅しているのか、顔いっぱいに、引きつった表情を浮かべている。
「この女の調教師である、わたしが言うのも、変な話だけど……、まったく、よく耐え続けられるものよねえ。わたしが、この女の立場だったら、とっくに、舌を噛み切ってるわよ……。だから、わたし、服を脱がなくちゃならないって、聞かされた時は、もう、どうなることかと、恐怖と不安で泣きそうになったけど、この女と同じ運命を辿らず、助かって、本当によかったって、しみじみ思うの……。今日ここでの体験のおかげで、普通の女子高生という身分が、保障されてるのって、当たり前のようで、実は、こんなにも幸せなことなんだって、気づかされちゃったぁーん」
 秋菜は、自身の両肩を抱くと、幸福感、というより、なにか、性的な快感にでも浸っているかのように、妙に妖艶な仕草で、その身を反らした。
「あたしもぉ、この先、嫌なことがあって、落ち込んじゃいそうな時は、南先輩のことを、考えようと思いますぅ……。うちの学校には、ほかの子たちの前で、丸裸になって、なんとなんと、こっ……、肛門検査? までされてる、南、涼子、っていう名前の、先輩がいるんだから、あの、底辺の人に比べたら、あたしは、ずっとずっと恵まれてるって思えて、なんだか、元気になれそうですもん……。あ、うっかり、底辺とか言っちゃった……。怒ってるかな、南先輩」
 もしかしたら、舞は、典型的な、下を見て安心するタイプなのかもしれない。
 そんな二人のやりとりを聞いているうちに、顔をさらしているのが、ますます、やるせなくなってきて、涼子は、我知らず、下を向いていた。
 だが、秋菜が、それを黙って見ていなかった。
「恥ずかしそうに、顔をうつむけるんじゃないわよ! ちゃんと、真っ直ぐ正面を向いてなさいよ!」
 その雷のような怒声にたじろがされ、涼子は、即座に、首を限界まで反り返らせる。
「肛門検査が終わるまで、ずっと、その姿勢を保ちなさい。次、顔をうつむけたら、あんたの、そのあごを、爪先で蹴り上げるからね……。わかった?」
 今の秋菜だったら、本当に、それをやってきそうで怖い。
 それにしても、である。そもそも……、どうして、顔を上げていないといけないのと、心の中で、秋菜に、疑問の言葉を投げかける。どう考えても、涼子の見世物っぷりを、より一層、際立たせるためとしか思えないのだった。
「返事はぁっ!?」
 今や、秋菜は、阿修羅と化していた。
 涼子は、無理な体勢のために、圧迫されている気道から、どうにか声を絞り出す。
「……ははぁい」
 およそ女らしからぬ、野太い声。
 その涼子の様子を見ていた舞が、秋菜に対し、遠慮がちに口を開いた。
「あの……、先輩っ……」
「んん?」
 秋菜は、優しいお姉さんの顔になる。
「南先輩って……、奴隷、なんですよね……?」
 舞は、その単語を、覚えたばかりみたいに口にした。
「もちろんよ」
 秋菜は、にっこりとする。
「ってことはぁ……、あたしは、普通の女子高生だから……、先輩とか後輩とかは、関係なくて……、奴隷の南先輩より、あたしのほうが、偉い、ってことですよね……? それなのに、南先輩は、あたしにだけは……、敬語を、使わないんです……。どうしてなんですかぁ……?」
 舞は、どうも、純粋に不可解に思っているようである。
「どうしてなんだろうねえ……。それは、本人にしか、わからないことだから、あなたの口から、直接、この奴隷女に、訊いてみたらどう……? ほらっ、もっとそばに寄って、顔と顔を突き合わせて、問いただしてみなさい」
 秋菜は、舞の背中に、左手を回して促す。
 だが、舞は、本当にいいのかな、というふうに、ためらう素振りを示した。それから、右手の人差し指を、頬に当て、涼子の顔に視線を注いでくる。考え込んでいる面持ちである。しかし、やがて、今の涼子など、恐るるに足りない、と判断したらしく、腹を決めたように、とことこと、こちらに歩み寄ってきた。ちょうど真ん前、それも、舞が、やる気になれば、その足で、涼子の顔面を踏めるほどの距離まで来て、すっとしゃがみ込む。
 当然ながら、今、涼子の視界のど真ん中に、試しにセーラー服を着込んだ小学生みたいな外見の、足立舞の顔がある。しかし、涼子は、意図的に目の焦点をずらすようにして、断じて舞と視線を合わせないつもりだった。一方、舞のほうは、そんな涼子の顔を、わずかな表情の変化すら、見逃すまいとばかりに、無遠慮に凝視してくる。おそらく……、とおぼろげに感じる。もし、現在の自分のこの顔を、世間一般の人々が目にしたら、戦国時代のさらし首に似た代物、という印象を受けるに違いない。
「南先輩、質問なんですけど……、どうして、あたしにだけは、敬語を使わないんですかぁ?」
 舞が、やや非難の響きの滲んだ声で問うてくる。
 むろん、涼子は、人間としての最後の矜持にかけて、答える気など、毛頭なかった。
「あたしが、まだ、一年生で、南先輩は、三年生だから、そういう……、先輩と後輩の、上下関係、みたいなのに、こだわってるんですかぁ……? それとも……、もしかして、あたしが、一目惚れしちゃったこととか、手をつないでデートしたいですとか、書いた手紙を、渡したから、南先輩は、自分のほうが、あたしより、有利な立場なんだって、なんか、うぬぼれっていうか、優越感みたいなのが、あるんですかぁ……?」
 舞の、つたない言葉遣いが、逆に、皮肉や当てこすりで言っているのではないことを、雄弁に物語っていた。
 だが、涼子としては、舞の、そんな真剣さが伝わってくるほど、なおさら、虫唾の走る思いなのだ。だから、後先のことは、もう考えずに、よっぽど、目の前の、幼児みたいに精神年齢の低い、小娘の顔に、つばを吐きかけてやりたいところだった。
 なにやら、背後の三人も、舞の動向に、注意を向けているらしい空気である。
 しんとしたなか、涼子の、せわしない呼吸の音だけが、この場に居合わせている、全員の耳に付いているはずだ。

「……答えない。どうしてなんだろ? お口は、ここに……、付いてるのに」
 舞は、人差し指を立てた右手を、じわじわとこちらに伸ばしてきた。
 その指先で、上唇を、つん、と突かれ、涼子は、電気刺激を加えられたかのように、不覚にも、びくりとしてしまった。
 すると、舞の口もとが、にやりと歪んだ。
 それから、ふたたび、右手の人差し指を、無礼千万にも、涼子の上唇に当ててきた。今度は、その指先で、そのまま、ぎゅうぅぅっと、唇を横に押しやってくる。今、自分は、さぞかし無残なアホ面を見せているはずだ、と感じながらも、正面を向いたまま耐えているうち、どうやら、舞は、涼子の唇を、指でなぞり始めたらしいと悟る。
「おかしいなぁ……。このお口は、喋ることが、できないのかなぁ……。ひょっとして、実は、南先輩って……、奴隷どころか、それ以下の、ブタみたいな生き物だったりしてぇ……」
 その侮辱行為を受けている、涼子は、今にも、唸り声を発しそうな憤りのために、それこそ家畜のごとく、自分の鼻息が荒くなっているのを自覚していた。しかし、それでも、目の焦点をずらし続け、自分の瞳に、感情の火が灯るのを自制し続ける。両手、両足を地面に付け、およそ人類とはかけ離れたような、醜悪な姿をさらしている、この自分が、ぎろりとねめつけ、威嚇する表情を示したとして、何がどうなるというのか。おそらく、今や、完全にダークサイドに堕ちた感のある、舞の嗜虐心を、よけい刺激するだけであろう。
 くそったれ、くそったれ……!
 舞は、目をらんらんと輝かせながら、その指先で、涼子の唇を、一周、なぞり終えると、気が済んだかのように、おもむろに立ち上がり、きびすを返して、秋菜のほうに戻っていった。
「南先輩ったら、あたしが、丁寧に質問してるのに、うんともすんとも言わないんです……。だんだん、むかむかしてきちゃいましたっ」
「奴隷の分際で、黙秘を決め込むなんて、いったい、どれだけツラの皮が厚いのかと、あきれるわね……。いい? スペシャルゲストのあなたには、この女を、好きなように調教する権利が、あるんだからね? あなたにとって、この女が、憧れの人だったことなんて、もう忘れなさい。遠慮は、いらないの。これ以上、この女から、不愉快な思いをさせられるようだったら、調教の一環として、たとえば、まん毛をつかんで、毟り取ってやったって、いいのよお?」
 秋菜は、無知な子供を、甘い言葉で誘うように、舞をそそのかす。
「えっ。あたしなんかが、そんな……、偉い身分だったなんて……、あたし、この高校に入って、よかったぁぁぁっ……。それじゃあ、奴隷の南先輩が、質問を無視するとか、あたしに、タメ口で話しかけてくるとか、生意気な態度を取るごとに、もじゃもじゃに生えてる、まん毛を、ぶちぶち抜いていっちゃおうかな……。あたしも、自分で、南先輩のこと、調教してみたくなってきちゃった」
 舞は、軽侮と期待のこもった眼差しで、改めて、涼子の顔を見下ろしてきた。
 涼子は、心の中だけで、リング上において、試合開始前に相手と向かい合う、女子格闘家さながら、舞をにらみ返しながら、なんとはなしに、過去のことを振り返っていた。
 
 果たして、放課後の体育館で、何度、足立舞の姿を目にしただろうか。まるで、アニメに登場する小さな女の子が、現実の世界に飛び出したかのような、その容姿のため、すぐ顔を憶えてしまった。その彼女は、目が合うどころか、涼子の視線が、自身の方向に向けられたのを察知しただけで、しまった、とばかりに、こそこそと逃げてゆくのだった。涼子は、そんな場面を、繰り返し視界の隅に捉えていたがゆえに、正直、かなり前から、彼女が、放課後の体育館にやって来る目的は、ほかでもない自分にあることを認識していたのである。
 そこで、足立舞の、涼子を巡る心理的変容について、第三者的に考え始めた。
 足立舞にとって、南涼子とは……、同性愛的な好意を寄せている相手であると同時に、強豪校としての伝統を誇る、バレー部のキャプテン……、自身とは対照的に、Tシャツとスパッツの上からでもわかる、迫力のあるプロポーション……、連日、後輩たちから黄色い声援を浴びており、恋のライバルは数え切れないモテっぷり……、といった要素を兼ね備えた、言うならば、住む世界が違うように思う存在だったのではないだろうか。しかも、である。人生最大の恐怖と戦うような勇気を振り絞って、告白の手紙を手渡したにもかかわらず、涼子からは、なんの音沙汰もない。そのため、やり場のない切なさは、募る一方となった。が、それだけではなく、同時並行的に、舞の深層心理には、芽生え始めたのかもしれない。指一本、触れることの叶わない、偶像であるならば、いっそ、地に叩きつけられて、粉々に砕け散ってしまえばいいのに……、という思いが。
 そして……、舞は、今日この場において、その涼子が、見えない首輪に身を拘束されるのを目の当たりにすることとなった。それにより、舞の胸の内では、幼い容姿にそぐわない、薄汚れた劣情が、暴風みたいな勢いで煽られ始めたのも、さることながら、無意識下に潜んでいた、悪意の芽が、大量の養分を吸収した。結果として、その芽は、みるみるうちに巨大化し、ついには、舞の意識にのぼるに至る。
 アノミナミセンパイガコワレルノ……?
 ここまでの推測が当たっているならば、ひょっとすると、涼子を、もっとも壊したがっているのは、吉永香織でも竹内明日香でもなく、一年生の足立舞なのかもしれない……。いや、きっとそうなのだと、今や、半ば確信する。
 フッフッフッ……。そっか、そっか。そりゃあ、きみは、いくらお願いされても、帰らないよねえ……? わたしのおっぱいを揉んだり、おしりの臭いを嗅いだりする程度じゃあ、全然、物足りないよねえ……? なんせ、きみ、わたしが、壊れるところを、その目で確かめたいんでしょ? あっ、あれか。たぶん、きみも、校則違反だけど、携帯電話とかスマートフォンを、学校に持ち込んでるだろうから、わたしが、人型の肉塊となって、地面に転がってたら、どうせ、動画撮影しちゃうんでしょ? そうしたら、その動画、きみにとっては、一生のお宝になるもんねえ? あー、たのしそう……。でも、ざーんねん。わたしは、壊されません。だって、このままじゃあ、たとえ壊されても、壊れきれないもん。ってことは……? そう。わたしは、ひとりの、まともな人間として、家に帰るってことぉ。そうなったら、どうなると思う? わたしは、近日中に、必ず、滝沢の呪縛を打ち破ってみせる。要するに、自由の身になるわけ。自由って、素晴らしいよねえ? なにしろ、暴れられるんだから。どうしても許せない奴らに、復讐を果たすことができるんだから。あ、いちおう、言っておこうかな。復讐リスト、更新したよ。きみの名前を、一番上に繰り上げちゃったぁ。つまり、五人の中でも、色々な面で最弱であろう、きみが、最初のターゲット。怖いでしょう? 怯えてっ怯えてっ。わたしは、エサを発見した、空腹の猛獣のように、きみが、隙を見せるところを、虎視眈々と狙い続けるから、さ。わたしと、きみじゃあ、それこそ、ライオンとリスだよね。お話にならない。きみを捕まえるのは、時間の問題じゃん。で……、きみを引きずり込む場所は、やっぱり、地下牢みたいに陰鬱な、ここが、おあつらえ向きかな。ん? 何をするつもりかって? は? 決まってんじゃん。まず、その制服と下着を、引き裂くようにはぎ取って……、あっ、きみ、わたしの手で、全裸にさせられたら、なんか、変な気を起こしそうだね……。うぅっわぁぁ。きみって、つくづく気持ち悪いと思っちゃう。わたし、きみには、純粋な苦痛だけを与えたいから、ちょい、やり方を修正しないと。まあ、ただ……、きみが、地獄を見ることに変わりはない。とりあえずは、わたしに対して、スケベな気持ちを持ったこと、それ自体を、骨のきしむような激痛のなかで、一生分、後悔するといい。ああ、だめだめっ。気絶したくらいじゃあ、許してあげないよん。だって、きみには、たっぷりと味わってもらいたいの。人間としての誇りを、踏みにじられる痛みってものを。痛いよお? 痛いよお? そうして、挙げ句の果てには、自分が自分ではなくなっていくような感覚にとらわれるの。わたしが、そのスペシャルな体験を、きみに、プレゼントしてあげるっ。そんでもって、きみの、その、まん丸に近い、お目々から、光が消えるのを見届けたら、わたし、その場を去ることにするね……。あれっ。わたしって、残酷? ちっちゃな子供みたいな一年生を相手に、大人げない? フッフッフッ……。こういう妄想、すんごい、たのしぃー。いや、妄想なんかじゃなく、もうすぐ実現する、いわば未来予想図にほかならないから、最高に、たのしぃー。ってなわけで……、もう一度、宣言しておくね。わたしは、たとえ、これから、身も心もえぐられるような恥辱のせいで、こめかみ辺りの血管が切れて、血の涙を流すことになろうとも、きみへの復讐を、何よりのモチベーションにして、絶対、絶対、今日、ひとりの、まともな人間として、家に帰ってやるんだからぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!



つづく

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