第二章


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第二章




「桜木さん。まったく、いつまで泣いてるのよ。そろそろ、次の実験に取りかかりたいから、話を聞いてくれるかな」
 高遠水穂は、冷ややかな口調で言った。教え子をどん底に突き落とした罪悪感など、微塵もない態度である。
 相変わらず、桜木奈々子は、両手で顔を覆って涙を流していた。次の実験、と水穂は言う。つまり、この死にたくなるほどの生き地獄は、まだ終わりそうもないということ。それを思うと、涙は止まらないどころか、枯れ果ててしまいそうだった。
「手をどけて、いいかげんに返事をしなさい。わたしを怒らせる気なの?」
 今の水穂にとっては、奈々子の気持ちなど、取るに足らぬ問題らしい。
 奈々子は、しゃくり上げながらも手を離し、涙と鼻水を拭った。白目は真っ赤に充血し、瞼が腫れぼったくなっていた。
 水穂は、一本の縮れ毛の入ったビニール袋を摘んで持ち、奈々子の眼前に突きつけた。
「ここにいる全員に、観察物として、あなたの陰毛を配布しておいたわよ」
 わざわざそれを告げ、奈々子の反応を確かめようとする。その言葉は本当で、ゼミ生の一人ひとりが、奈々子の陰毛が収められている袋を、しっかりと手にもっていた。五本とも、理香が抜き取ったものだ。
 奈々子は力なく頭を垂れた。この場の全員が、自分の汚れた毛を手にしているなんて、まるで気色の悪い夢でも見ている気分だった。
「さてと、じゃあ、次の実験を始めるわよ。全員、こっちにいらっしゃい。もちろん桜木さんは、服を着ないで、裸のままでいなさいね」
 水穂は、部屋の奥へと進んでいき、部屋を仕切っているカーテンを引いた。
 
 女教授に呼び集められた女子学生たちの中で、ポニーテールの肉感的な美女が、ひとりだけ全裸で立っている光景というのは、狂気的というよりほかない。
 村野由美が、哀れみの目で、ちらちらと奈々子を見やる。奈々子は理解していた。できることならば、奈々子を救いたいという気持ちはあっても、教授や理香たちが怖くて、身動きが取れないでいるのだろう。そんな由美を恨むつもりにはなれない。
 ただ、裸体に突き刺さる、その視線が痛い。見ないでよ、見ないでったら。わたしのこんな姿を……。
 その時、奈々子は、由美の左手に視線が釘付けになった。知ってはいたが、実際に目認してしまうと、全身が総毛立つような悪寒に襲われる。こぢんまりとした由美の手の中に、今、例のビニール袋が握られているのだから。
 
 カーテンの奥には、ベッドがあった。そのベッドを挟むように、両脇に、二つずつ椅子が置かれている。
 奈々子は、ベッドと椅子の配置を見た瞬間、胃をしごかれるような禍々しい予感を覚えた。もしや、わたしはベッドに寝かされ、両脇の椅子に座った四人から、好き勝手に裸の体をいじくり回されるのでは。
 由美だけは、そんな真似をするはずはないが、教授や理香、それに圭子と瞳は、自分の体を性的にもてあそぶことで、快感に浸っているのだから。
「これから、どんなことを始めるんですかあ?」
 山崎理香が、待ちきれない様子で尋ねる。
 奈々子は、横目で理香を睨んだ。憎悪が燃えたぎる。そんなに面白いなら、あんたが裸になってろよ……。
「とても大切な実験ですよ。生物学においてはもちろんのこと、日常生活でも役立つ知識を学べると思います。では、桜木さん以外の子は、椅子に座ってもらいます。一人ひとり、席を決めてありますから、順番に座っていって下さい」
 水穂は、四人のゼミ生に、席を指示していった。ベッドの左側の席に由美と理香が、右側に圭子と瞳が着席した。
「さてと……、桜木さんは……」
 ひとり全裸で立っている奈々子に、声が掛けられる。
 女教授の顔には、奈々子の心胆を寒からしめるような冷笑が浮かんでいた。奈々子は、水穂の口から、いったいどんな言葉が出てくるのかと恐怖した。
 そこで水穂の出した命令は、奈々子の脳裏にあった悪い予感をも遙かに凌ぐ、異常極まりないものだった。
「ベッドに上がって、あの子たちの間で、四つん這いになりなさい。おしりを、左側の席の山崎さんと村野さんの二人に向けるようにね」
 奈々子の頭の中は、真っ白になった。肉体は金縛りのように動かないが、絶対にそんなことはできない、という拒否の意思だけは、強固として存在している。無意識のうちに奈々子は、首を小さく横に振る動作を繰り返していた。
「どうしたの? みんな待ってるんだから、早くベッドに上がりなさい。それとも、何か言いたいの?」
 水穂が、口端を上げ、笑顔にも似た表情を作っていた。しかし、眼鏡の奥の目は、笑っていないどころか、いかなる感情も読み取れない。
 奈々子の奥歯が、かちかちと鳴り出す。目の前の女教授が、とてつもなく怖かった。だが、奈々子は、勇を鼓して声帯を震わせた。
「で、できませ……」
 痰が詰まったような、掠れた声しか出てこない。それでも自分の身を思い、もう一度声を発した。
「でっ……できません。もうわたし、服着ます」
 奈々子は、必死の覚悟でなんとか言い切って、女教授を正面から見た。
 水穂の作り笑いが、徐々に消えていく。やがて、その口が開かれた。
「あなたに言ったはずよ。授業に協力しないなんて、許さないって……」
 言い終わるが早いか、水穂は眉間に縦じわを刻み、いきなり奈々子に襲い掛かった。たじろいだ奈々子の首根っこを引っつかむと、そのまま叩きつけるようにして、奈々子の裸体をベッドの上に押しつける。
 水穂の怒号が部屋中に轟いた。
「わたしに逆らうんじゃないわよ! 生意気な小娘ねえ。さっさと言われた通りにしなさいよ、このノロマ!」

 しばらく奈々子は、ベッドにもたれた状態で、動くことができなかった。水穂の暴虐により、完膚なきまでに恐怖心を植え付けられてしまった。
 教授には、とても逆らえない……。奈々子は、おそるおそる、椅子に着いた四人のほうへと目を転じた。
 理香を筆頭に、圭子や瞳は、にやにやと笑っており、まるでメインディッシュが目の前に運ばれてくるのを待っているという風情だった。由美だけは、奈々子と目を合わせるのを、意図的に避けている。
 ベッド上の、四人に挟まれた空間。
 奈々子は、絶望に沈んでそこを眺めていた。わたしは、あそこで、四つん這いにならないといけないの……。
 実行すれば、由美と理香に、相当の至近距離で、自分の恥ずかしく汚い部分を見られることになるのだ。想像するだけで肌が粟立ってくる。
 けれども、今、後ろで仁王立ちしている、悪魔のような女教授の存在を思うと、奈々子の胸中で、羞恥心よりも恐怖のほうが肥大していくのだった。
 ついに奈々子は、ベッドに乗った。なぜか、白いシーツから、ひどく不吉な印象を受けた。
 おずおずと犬のように這って、四人のほうへと進んでいく。理香や圭子が、くすくすと笑い声を立てる。
 彼女たちの間隙に入り込んだとたん、奈々子は、脳髄を締め付けられるような屈辱感に、めまいを起こした。全身をぶるぶると震わせながら、体の向きを変えていく。奈々子の大きなおしりが、だんだんと、由美と理香の正面に回っていく格好である。
 ほどなくして、奈々子の四つん這いの裸体が、女子学生たちに前後から挟まれる形となった。
 奈々子の眼前にいる圭子と瞳は、どこにでもいるような、ごく平凡な容姿の女子学生で、普段は、なんの嫌味も感じさせないゼミの仲間だった。だというのに、今、その二人は、惨めな奈々子の苦悶に同情するどころか、嘲り笑っているのだ。
 この状況で自分の顔を見続けられるのは、逃げ場のない責め苦である。奈々子にできるのは、なるべく前の二人と目を合わせないようにすることくらいだ。
 だが、それ以上に、おしりのすぐ後ろに並んでいる、由美と理香の存在を否応でも意識させられる。
 何が悲しくて、二人の眼前に、全裸でおしりを突き出さなければならないのか。きっと理香は、わたしの醜態を見て、内心で抱腹絶倒しているに違いない。逆に由美のほうは、どう思ってるんだろう。わたしを哀れに思いながらも、心のどこかでは幻滅しているかもしれない。
 途方もなく悲しくて苦しいのに、不思議と涙は流れてこなかった。すでに、涙は枯れ果ててしまっている感じがした。

 水穂が、位置に着いた奈々子の臀部に、手を載せた。肉の感触を確かめるように撫でさすりながら、話を始める。
「こっち側の二人は、桜木さんの性器と、それと肛門を、よく観察していなさい。そして、どんな状態になっているのかを、向こう側の二人に伝えるのよ」
 おどろおどろしい話の内容もさることながら、奈々子は、『肛門』という単語に、ぞっとさせられた。
「それで、そっち側の二人は、桜木さんの顔から目を離さないように。この子が、どんな表情をしているか、逐一こっちに伝えてね。それも重要なことですからね」
 三人の女子が、嬉々として返事をする。由美だけは、呆然とした表情で黙りこくっていた。目の前に迫った、姉のような友達の肉塊。度の過ぎる卑猥な光景に、どこかショックを受けている様子でもある。
 この場の様相には、奈々子に対して、出来うる限りの屈辱を与えようという、水穂の黒い意図が、ありありと表れていた。
 奈々子を辱めることを、一番面白がっている理香。それに、奈々子の親友である由美。この、もっとも奈々子が嫌がりそうな二人の取り合わせの眼前に、剥き出しのおしりを向けさせる。その距離は、二人が、奈々子の臀部の産毛までも、はっきりと視認できるほどだった。
 そして、その気の遠くなるような恥ずかしさに耐える奈々子の表情を、残りの二人の女子に観察させる。
 女教授による、若くて美しい教え子への仄暗い嫉妬が、この凄惨な現場を作り出しているのだった。

 さっそく、圭子が、興味津々の様子で、理香に向かって訊いた。
「ねえねえ、理香。あのさ、奈々子のまん……、いや、性器って、どんな感じなの?」
 さっき、水穂にたしなめられたことを思い出したらしく、圭子は言葉を言い直した。
 その質問を待ってましたとばかりに、理香は、うきうきと実況報告する。
「やっぱり奈々子のって感じで、グロテスクで汚らしいよ。周りの肉の色が黒ずんでて、おしりのほうまで毛が生えてるし。それに、ビラビラのはみ出しがすごいの。やばいよ、これ」
「いやだぁー、きったなーい」
 圭子が、悲鳴みたいな声を上げる。隣の瞳が、侮蔑を込めた口調で圭子に囁く。
「やっぱりね。だってさ、この淫乱女のアソコが、綺麗なわけないじゃん」
 同じ女子学生とは到底思えない下劣な言葉責めに、奈々子は、ショックというよりも驚きを禁じ得ない。
「でも、なによりも困るのはさあ……、こんだけ近いと、臭いがすごいのおー。ねっ? 由美?」
 理香は、おおげさに顔をしかめ、わざわざ由美に話を振った。
「そんな……、こと、ないって……」
 頬を引きつらせる由美だが、首を小さく振って否定する。
 理香は、あからさまな疑いの目つきで由美を見たが、それ以上は言わず、にやりとほくそ笑んだ。

 ゼミ生たちのやりとりを、愉しげに聞いていた水穂が、口を開いた。
「では、今から、被験体である桜木さんの、体温を測ります。桜木さん、平熱はどのくらいなの?」
 水穂は、デジタル体温計のケースを開けて言った。
「……36度1分ぐらいです」
 いったい、なんのつもりで、わたしの体温など調べようとしているのか。奈々子は、不安を抱きながら答える。
「そう、わかったわ……。桜木さん、あなたの体温を、直腸で測るからね。何があっても、じっとしてなさいよ」
 水穂の手が、奈々子のおしりの肉にぴたりと触れる。
 えっ。ちょっと、どういうこと……。うそ、待って。奈々子は、がばっと体をひねり、水穂を振り仰いだ。
「やめてください……。本当に、やめて下さい」
 悲痛な声で訴えながら、おしりの溝を片手でふさぐ。
 氷ったような水穂の双眸が、ゆっくりと奈々子に向けられた。
「これは実験だって、何度言わせるの。すぐに体勢を戻しなさい」
 抑揚のない、粛々とした物言いだった。だが、このまま拒んでいると、今にも水穂の怒りが爆発しそうなことを、直感が告げている。
 奈々子は、底無しの絶望に沈みながら、再び両手を前についた。
 水穂は、左手の指で、奈々子のおしりの肉を広げると、肛門を覗き込んだ。しばらく、そうして観察していたが、ふいに顔をほころばせ、右手の人差し指で、奈々子の肛門にぴたぴたと触れた。
「あっ……、うう」
 顔から火が出るほどの屈辱感に、奈々子は、つい声を漏らしていた。どうしようもなく背中が反り返っていく。
 その時だった。一瞬、全身の筋肉が収縮し、体が硬直した。
「ああー! いや!」
 不覚にも奈々子は絶叫していた。打って変わって、どっと疲労が襲ってきたかのように、四肢から力が抜けていくのを感じる。
 とんでもないことをされた……。奈々子は、ほとんど放心状態だった。
 信じたくないが確かだ。たった今、水穂の指先が、脈絡無く、肛門にねじ込まれたのだ。
 奈々子のすさまじい変調に、前に座る二人は、目を輝かせている。圭子が、奈々子と理香を交互に見ながら問うた。
「えっ? なになに? 奈々子が、いやーとか叫んだんだけど……。理香、どうしたの?」
「あたしにも、わかんなーい。どうしたのよぉ、奈々子?」
 とぼけている。理香は、教授のやったことを目撃していたはずなのに。

「今から、ここに体温計を差し込みますからね。この測定方法は、ごく一般的に行われているんですよ。とくに、生物学を専攻しているみなさんには、是非知っておいてもらいたいことです」
 水穂は、取り澄ました顔で、ゼミの講義と同じように説明する。
「ええー……。でも、汚くないですかあ?」
 理香が、言葉とは裏腹に、好奇心に満ちた声で言う。
「そんなことは言ってられないでしょう。これも生物学の授業の一環ですよ。さあ、ゼミのみんなを代表して、山崎さんが、桜木さんの体温を測りなさい」
「えっ! あたしが測るんですか!?」
 理香は、面食らった素振りを見せるものの、その口元には、不気味な薄笑いを滲ませている。まんざらでもない顔をして、奈々子のおしりの肉を左右に割った。
「ねえ、理香。おしりの穴の色とかさ、また教えてよ」
 圭子が、さすがに今度は、少しばかり遠慮がちな口調で尋ねる。
「えっとねえ、色は……、茶色っぽい。けつ毛が、びっしりと生えてまーす。奈々子らしいよ、まったく。なんか、体温計の先っぽでつつくと、穴がぴくぴく窄まって面白いんだけど」
 理香たち三人が、金切り声で爆笑する。
 果てしない拷問が続く中、奈々子は歯を食いしばり、なるたけ感情を顔には出さないよう意識していた。圭子と瞳は、奈々子の悲しそうな表情や嫌がる素振りを、見たくてしょうがないのだから。
「さあ、それそろ入れるよ、奈々子。心の準備はできてるー?」
 理香は、わざと怖がらせるように言って、体温計の先端を肛門の中心に宛がった。
 奈々子は、ぐっと体をこわばらせる。いったい、これから、どんな感覚に襲われるのか。それを考えると、胃の中のものを吐き出しそうになる。
 一種の覚悟を決めてからほどなくして、異物が体内に侵入してきたのを感じ取った。想像だにしていないほど、それは、どんどん奥まで入り込んでくる。かと思っていると、その棒状の異物が、直腸内で暴れ回り始めた。
「うあっ、ああぅ……」
 意思のコントロールが効かなくなり、奈々子は、悲鳴とも呻きともつかぬ声を吐き出した。自分自身の耳にさえ、ひどく無様に響く声。
 圭子が、ふいに両手を伸ばし、奈々子の頬を包み込んだ。
「ねえ、おしりの穴に体温計を入れられて、今、どんな気分?」
 奈々子の頬をさすりながら、子供をあやすように笑いかける。
 もちろん、奈々子は答える気などない。というより、そもそも前の二人のことを考える余裕すらなくなっていた。
 
 奈々子は意識の隅で、理香が、攪拌するように体温計を回しているのだと気づいた。直腸の粘膜に異物が触れる、死ぬほどおぞましい感覚。不快な鈍痛。
 だが、だんだんとそれらに慣れてくると、今度は、すべてのプライドを突き崩すかのような屈辱感に襲われ始める。
 全裸になって恥をさらし、大便を排泄する穴にまで、異物を突っ込まれている。しかも、同じゼミの、友人であった女子の手によってだ。なんて、わたしは惨めなんだ。惨めで下等すぎる……。
 彼女の心情を嘲笑うかのように、理香は、奈々子の肛門に突っ込んだ体温計を、掻き回すように動かしていた。
 絶えず体温計の角度が変わるため、焦げ茶色の排泄器官が、生き物のようにその唇を動かし続ける。穴は確実に広がり始め、直腸の奥から、粘っこい音が漏れ出している。
 奈々子の精神と肉体を蹂躙することで快感を覚える三人と由美とでは、水と油である。由美は、終始苦々しい表情で俯いていた。時折、無惨な様相を呈する奈々子の肛門を横目で窺っては、見ていられないというふうに顔をそむけた。

「ちょっと理香……。なんか、奈々子の顔がやばいんだけど……。目の焦点が合ってないし」
 奈々子の顔をじっと観察している瞳が、苦笑いを浮かべて言った。
「ええー、ホント? どうしたのー、奈々子っちゃん」
 理香は、ふざけきった態度で、おしりの肉をぺしぺしと叩く。
 その時、体温計の電子音が鳴った。肛門からゆっくりと体温計を引き抜くと、理香は、それをまじまじと見つめた。
「うわあ。きったなあい。うんちが、こびり付いちゃってるー。やだぁ」
 どうも本心で言っているらしく、理香は、頬を引きつらせていた。事実、体温計の先端から数センチの箇所までは、所々に黄土色の便が付着していた。
 その後、圭子と瞳も、それを手に取って眺めては、文字通り汚物を見るような目で、体温計と奈々子の呆けた顔とを見比べるのだった。
 最後に、女教授がそれを手にする。水穂は、蛍光灯の光にかざし、ためつすがめつ観察した後、すました顔で、体温計の先端の臭いを嗅ぎ始めた。鼻をひくつかせる水穂の頬が、みるみると緩んでいった。

「37度超えてるじゃない。桜木さんが熱を出しているわけじゃないとしたら、この体温計は、あまり正確じゃないのかもしれないわねえ。山崎さん、ちょっと脇に入れて測ってみてくれない?」
 理香は目を剥き、両の掌を突き出して拒否を示す。
「嫌ですよ! そんな汚いので測るなんて! あっ、そうだ」
 名案が浮かんだという顔で、由美を振り返った。
「由美ならできるでしょ。奈々子は、由美のお姉さんみたいなものなんだから。汚いからできないなんて、言わせないよお」
 理香は、いたずらっぽく笑いかける。由美は、怯えた顔をして、いやいやをするように頭を振った。
「そうねえ。村野さんは、桜木さんの一番親しいお友達だったからねえ。ちょっと、この体温計で自分の体温を測ってくれるかな?」
 女教授も、由美に目を付けた。
「い、いや……。です」
 由美は、蚊の鳴くような声で拒絶した。
 とたんに、理香の高笑いが響いた。
「ねえねえ……、奈々子ちゃんさあ、どう思う? 由美も、あんたのおしりの穴に入った体温計なんて、汚くて使いたくないってよ。許せる? 由美のこと」
 理香は、人の頭を撫でるような手つきで、奈々子のおしりをさすりながら言う。
 
 奈々子は、執拗に浴びせられる侮辱の言葉の数々を、朦朧とした意識の中で聞いていた。排泄器官まで、もてあそばれた事実は、決定的なダメージだった。神経系が極めて鈍くなっており、赤裸々の肌を触られた時などに、生理的な嫌悪感が、漠然と脳に伝わってくるだけの状態だった。
 もはや、女としての恥じらいや誇りなど、奈々子の中には残っていなかった。そんなものは、脱糞させられたかのように、肛門という穴から流れ落ちていたのだ。
「村野さん。そんなに怖がらなくてもいいのよ。無理にやれと言っているわけではないんだし」
 のっけから、由美のことを少々からかってみただけだったらしい。
「おそらく、桜木さんは緊張して、熱が上がっちゃったんでしょう。体温計に、問題はないはずだわ」
 奈々子の直腸で汚れた体温計を、拭きもせずにケースに入れ、水穂は戸棚へ戻しにいった。
「知らないであれを使う人、かわいそー……」
 うしし、と理香が口元に手を当てて笑った。

 今の奈々子には、普段漂わせている、朴訥なお姉さん系の雰囲気など、見る影もない。さらには、その顔つきが、十歳以上老け込んでいる感じさえある。
 奈々子は、意識を消そうとするかのように目を閉じた。






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