第三章


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第三章




 高遠水穂は、陰毛を収めるのに使用したのと同じ、チャック付きのビニール袋を五枚、また戸棚から取り出した。今度は、それに加えて、プラスチックのスプーンも一本手に持つ。
「最後の実験を行いますよ、みなさん……。何をするのかというと、性器から分泌される粘液の採取です」
 水穂は、ゼミ生たちの反応に期待するような眼差しで宣言した。彼女の見込んだ通り、女子学生の間で嬉しげなざわめきが起こる。
「桜木さん、用意はいいかしら?」
 桜木奈々子は、未だに、下着を身に着けることはおろか、体勢を変えることすらも許されないでいた。
 水穂は、奈々子に歩み寄ると、四つん這いの臀部の下に覗く、ぷっくりとした性器に、突然、手をきつく押し当てた。性器の全体が、文字通り女教授の手中に収められている。
「……ここにスプーンを突っ込んで、あなたの愛液を掻き出すわよ」
 水穂は、声のトーンを落として奈々子の背中に囁きかける。もはや脅し以外の何物でもない。
 しかし、水穂の言葉は耳に入っていても、奈々子には、もう拒む気力さえ残されていなかった。
「もう、奈々子は目が死んでますよ。魂が抜けちゃったみたいな顔してるんです」
 瞳が、つまらなそうに伝える。
 水穂は眉をひそめ、何かを思案するような仕草を見せる。だが、ほどなく、何度か小さく頷いた。
「授業中なのに、ぼけっとしてちゃ駄目でしょう、桜木さん。でもね……、今にまた、覚醒させてあげるわよ」
 水穂は、意味深な言葉を吐いた。奈々子の無反応ぶりが面白くないのか、奈々子の股間に宛がった手を荒っぽく前後に数回動かし、性器の肉を揺する。
 その水穂の冷たい眼差しが、椅子に座っている村野由美に向けられた。由美は、その視線に気づき、不安と戸惑いの混じった表情になる。たった今、奈々子の性器と触れ合っていた水穂の掌が、由美の華奢な肩に置かれた。
「村野さん。粘液の採取をやってくれますか? 方法は、膣の中から粘液をスプーンですくって、ビニールの袋に垂らすの。五人分をね」
 その行為は、これまでの幾つもの悪行の中でも、奈々子の尊厳をもっとも傷つけるものである。水穂はそれを、事もあろうに、由美にやらせようというのだ。
 由美は、水穂を見上げ、体温計の時と同様、弱々しく首を振った。
「どうして? 村野さんは、授業に協力できないの?」
 その声には、強い咎めの響きが含まれていた。今度は冗談ではなく本気らしい。
 由美は怯えを見せ始めていたが、水穂は、構わずに話を続ける。
「でもね……。桜木さんの性器は、まったく濡れてない状態なのよ。採取したくても、粘液が分泌されてないんじゃあ、どうしようもないでしょう。それに、いきなり膣に物を入れたら、この子に痛い思うをさせてしまうし……」
 そこまで言うと、水穂の鋭い横目が由美に向けられた。
「村野さんが、この子の粘液を分泌させなさい。どういう意味か、わかるでしょう?」
 由美の表情が、徐々に凍りついていく。見開いた目で、前方、奈々子の股間を初めて直視していた。
 
 体外離脱さながら、虚ろな奈々子の胸中で、何かがずきりと疼いた。その痛みは、だんだんと増していき、奈々子の意識を惨憺たる現実に引き戻していく。
 村野由美のことだった。奈々子が、いつも妹のように優しく気を遣ってやり、あるいはまた、奈々子を心から慕ってくれた由美。
 今、由美は、わたしに何をしようとしているのか。奈々子の心を疼かせたのは、そのことであった。
 そうか……。わたしは、これから、由美にアソコを触られることになるのかもしれないな。いや。ちょっと待ってよ。そんなことってありえない。わたし、そんなの耐えられるわけないじゃん……。
 感情が、小さな噴水が湧き出るかのように、再び戻ってくる。いや……。やめて。やめて。
「やだよ、やめて」
 奈々子は、ほとんど無意識のうちに呟いていた。全員の注意が、一斉に奈々子に向けられる。
「ねえ由美、やめて」
 もう一度、奈々子は言った。
 それを耳にした水穂の顔に、サディスティックな悦びの色が、みるみると戻っていく。
「さっ、早くしなさい、村野さん。あなたがやるのを、みんな待ってるんだから」
 水穂は、苦しい立場にある由美を急かした。
「すみません。……できません」
 由美は、か細く掠れた声で拒否する。彼女にとっては、持てる勇気をすべて振り絞った、一世一代の反抗というものであったろう。
 若干予想外だったのか、水穂は、何も言わずに由美を見つめる。だが、眼鏡の奥の眼差しには、冷酷な光が宿っていた。やがて、ふっと笑うように息をつく。
「どうしても無理なら仕方ないわね。でも……、その代わり、村野さんにも、服を脱いで、桜木さんの隣で四つん這いになってもらおうかな。それで、あなたたち二人の粘液を採取することにするわ」
 要するに、恐ろしく非情な選択肢を突き付けたのだ。由美の顔が、衝撃に歪んだ。
「どうするか決めなさい。あなたも素っ裸で、こんな格好をさせられたいの?」
 水穂は、惨めな奈々子の背中に手をのせ、その脅威を示した。
「ユ・ミー。先生に言われたことできないなら、あんたも服脱いで、ベッドに上がったら?」
 山崎理香が、由美の上着の袖をつかんで邪険に振った。
 衣類を脱ぎ捨てることはもちろん、徹底抗戦する度胸など、由美にあろうはずもない。由美には、一線を越えるしか道はないのだった。由美の右手が、そろそろと上がっていく。
 それを見た水穂が、満足そうに頷いた。のっけから、由美がそうすることを確信していたし、また、それを望んでいたという様子である。女教授にとってターゲットは、あくまで奈々子だけなのだ。
「そう……。やっぱり、そっちを選んだのね。そのお手々でやるの? 直に触ることに、どうしても抵抗があるのなら、桜木さんのパンツくらいなら使ってもいいわよ」
 水穂は、この期に及んで二人の友情をからかった。
 奈々子の股間へと由美の手が伸びていく途中で、またしても奈々子の声が発せられた。
「由美、お願いだからやめて……」
 奈々子にも、由美が、いわば板挟みの状況になっているのはわかっていた。しかし、だからといって、どうして黙って受け入れることができようか。由美の手で性器を刺激されるくらいなら、死んだほうがマシだという気さえするのに。
 だが、由美はこう言った。
「ごめんね、奈々子……」
 その一言に、奈々子は奈落の底に突き落とされた。えっ。うそ……。
 時を移さずして、性器の肉に、さらさらとした冷たい手の感触が走った。性器の表面が、単調な手つきで撫でられ始める。
 それが由美の手であると、脳がはっきりと認識した瞬間、奈々子は、悲しみの細い叫び声を発していた。
 圭子と瞳が、がぜん面白くなってきたという様子で、奈々子の顔に視線を釘付けにした。
 水穂も、すっかりご満悦の表情に戻っていた。彼女にとっては、このフィナーレを迎える前に、極上の慰み者である桜木奈々子に壊れてもらっては、興醒めだったのだろう。恥辱に身悶える奈々子のリアクションを再び見たいがため、妹のような友達である由美を切り札に利用したのだ。その案が、功を奏し始めている状況といえた。
 
 由美は、自責の念や嫌悪感のためだろう、苦渋に満ちた表情で、右手を動かし続けている。とはいえ、決して陰裂の中には触れず、もっぱら、陰毛の茂る肉の部分と、裂け目からはみ出たヒダの上を、細かく左右に撫でさすっていた。
 由美の手が、幼い子供みたいに小さくてほっそりとしているため、まるでコントラストのように、奈々子の股間の、淫猥さや不潔たらしさが増幅されている。
 奈々子は、犬のようにせわしなく息を吐き出していた。性器を由美に触られているという、この世のものとは到底思えない現実。恥辱という熱によって、脳の神経が焼き切れそうだった。
 だというのに、悲しいかな、自分の体内で、女としての生理的な反応が起こり始めていることを、奈々子は、否応なしに自覚させられる。
 愛撫が始まってしばらく経つと、性器の裂け目と由美の手が、じんわりとぬめりを帯び始めていた。繊細そうな白い指先が、濡れて陰毛のへばり付いた卑猥な肉の表面を、ぬるぬると滑っていく。
 
 聞き耳を立てるように一同が沈黙していると、奈々子の股間から、その音が微かに鳴り始めた。
 性器が熟してきた音。それは、大学の保健室などでは、決して聞こえてはならない響きだった。
 長いこと黙っているのが苦手らしい理香が、場違いな子供のように呟いた。
「うわぁ……、まじで……。いやらしぃ、奈々子。由美に触られて感じてんのお」
 水穂がくつくつと低い笑い声を立て、由美の頭に手を置いた。由美の手が、ぴたっと止まる。
「村野さんったら、なかなか上手じゃない。ただし……」
 言いながら水穂は、両手の親指を、奈々子の股間の湿ったふくらみに宛がい、ぐっと裂け目を広げた。てらてらと濡れた桃色の粘膜が、鮮やかに露出する。
「まだまだ、五人分の粘液は、採取できないかな。あら……」
 何かを言いかけ、女教授は眼鏡の奥の目を細めた。奈々子の股間に顔を寄せ、内部を検分する。
 ほどなく、水穂は含み笑いに頬を膨らませ、由美の横顔を見やった。由美は、見るに忍びないという様子で頭を垂れている。
「村野さん、面白いものが見えるわよ……。この子ったら、あなたに触られるのが、よっぽど気持ちよかったんじゃないかな。もっとも敏感なところが、顔を出しちゃってるんだもの。……確認できるかしら?」
 由美は、おそるおそるといった感じで、開かれた奈々子の局部へと、焦点を合わせていった。
「うっわ……。ホントだあ。由美、わかるでしょう。奈々子のクリ○リス、皮が剥けてるじゃん。由美が奈々子を感じさせたから、こんなふうになってんだからね!」
 横で覗き込んだ理香は、興奮気味になって、露骨な物言いで口を挟む。
 由美は、なんの返事もしなかった。声を発することができないという有様である。そんな由美に対して、水穂は、非情極まりない指示を告げた。
「愛撫を続けなさい。とくに、この突起の部分を集中的にね。いいわね?」
 水穂が性器から手を離し、左右に引っ張られていた陰唇が閉じる。由美の表情は、今にも泣き出しそうなものに変わっていた。虚ろな目で、姉のような友達のおしりに視線をやっている。
「どうするの? やるのか、やらないのか。はっきりしなさい」
 返事のない由美に対し、水穂は厳しく問う。
 由美は、何かに憑かれたような雰囲気を漂わせながら、両の手を伸ばしていく。すると女教授は、怒りの仮面を外すかのように、にっこりと微笑んだ。
 由美は、水穂に倣って、濡れた大陰唇に両の親指を食い込ませた。ぐにっと肉が横に歪み、それに引っ張られて陰裂も広がる。奈々子の視界には入らないため、由美は、そのグロテスクな見た目や臭気を、あからさまに嫌がっていた。
「よーく観察しておきなさいよ。同い年の女の子の性器なんて、これから先、お目にかかる機会なんてないでしょうからね」
 我ながら正論だとでもいう風情で、水穂は腰に手を当てる。

 しばらく由美は黙っていたが、さっきと同様、ぽつりと言った。
「奈々子……。ごめん……」
 なにが、ごめんなのよ……。やめて、やめて、やめてよ。奈々子は、その瞬間が訪れることに戦慄し、胸の内で絶叫していた。
 しかし、その悲痛な願いは届かず、とうとう由美の指先が小さな突起に接触した。
「あっ……、んんぅ」
 不覚にも声が漏れ、奈々子は、全身の毛が一斉に逆立つような感覚に襲われた。その一瞬で、頭の中はパニックの極致に陥った。
 愛液に濡れたクリ○リスを、由美の指に撫で上げられ、痺れるような波が間断なく体の中を通り抜けていく。絶え間ない荒い呼吸の中に、時折声にならない悲鳴が混じった。
 世の終わりのように悲しくて屈辱的なのに、皮肉にも、性的な快感だけは増長されていった。どんな悲惨な状況だって、クリ○リスまで触れられては、女としての反応を抑制することなんて、できっこない……。そんな思いが、奈々子の脳裏を駆け巡っていた。
 その時だった。固くなった突起を、くにゅっと指で挟まれて、鋭敏な神経の塊が圧迫を受けたのだ。脊髄をまさぐられるかのような強烈な恥辱と、それに劣らないほどの快感とが、奈々子の肉体を同時に貫いた。
「はああああっ……」
 奈々子は、完全に自制心を喪失し、悲痛な咆哮のような声を発していた。背中がのけ反って腰が落ち、四つん這いの体勢が崩れる。腕だけを突っ張った、腹這いの格好になった。奈々子の長い脚は、ベッドの枠から飛び出て、後ろの由美と理香の体にぶつかっている。
「やだあ……。ケダモノみたい」
 圭子が、唖然とした顔で呟いた。隣の瞳も同調する。
「いつもは真面目ぶってるけど、これが奈々子の本性なんでしょ。気持ち悪い。あきれた変態女」
 奈々子が崩れる直前に、由美は慌てて手を引いていた。今やその指には、あみだのように愛液がまとわり付いている。
「ねえ奈々子……、脚が邪魔なのぉ、ちゃんと腰を上げなよぉ」
 理香は、聞き分けのない子供のように、奈々子の腰の両脇を持って、その体を浮かそうとした。

「お願い、もうやめて……」
 奈々子は、醜態を晒してしまったことを痛感しながら、この場の誰にともなく訴えた。
 しかし無情にも、ポニーテールの髪の房を、水穂につかまれる。
「体勢を戻すのよ……。これから、あなたの粘液の採取を始めるんだから」
 血の気が引いていく。本当でやる気なのか、そんなことを……。もういっそ、裸のまま保健室を飛び出そうか。けれども、情け容赦のない女教授の隙をついて逃げ出す勇気など、とてもじゃないが湧いてきそうになかった。
 奈々子は、すべてを諦める心境で、由美と理香の眼前に再びおしりを突きだした。
「うわっ、いやだぁ……。マン汁が、シーツにべったり付いちゃって、糸引いてるぅ」
 理香が、悲鳴のような声で言い放った。
 その発言は、誇張でもなんでもなかった。奈々子の腰が落ちた際、性器がシーツにくっついたせいで、溢れた愛液が、そこに溜まっていたのだ。卑猥極まりないことに、今、腰を後退させている奈々子の股間と、シーツの濡れた部分とに、細い粘液の繋がりができていた。その状態が数秒間もの間続き、粘液の糸は、ぷっつりと切れた。
 よく熟された性器は、裂け目から愛液を滲み出させており、太ももの付け根までもが濡れていた。今、一筋の汁が、太ももの皮膚を伝い落ちようとしている。
 奈々子の愛液にまみれた由美の手に、プラスチックのスプーンが手渡された。そして、五枚のビニール袋が、シーツの上に並べられる。
 水穂が、わななく奈々子のおしりのほうに顎をしゃくり、無言に命令した。由美は、哀しげに一度目を閉じ、そして、左手の指で奈々子の性器を開いた。

 ねっとりとした液体を排出し続ける女の穴。それは、奈々子が性的な快感を感じていたことを如実に物語っていた。大学の保健室という場所で、同い年の女子学生が見るには、あまりにも淫らな代物である。
 由美は、スプーンを手にしたまま、最後の一線を越えられないでいた。業を煮やした水穂が、容赦のない脅しを掛けた。
「村野さん。できないのなら、あなたの体から粘液を採取してもいいのよ。でも、処女の子の場合は、痛い思いをするでしょうねえ」
 ぴくりと由美の頬が引きつり、じりじりと手が動きだす。スプーンの丸い先端が、奈々子の膣口に宛がわれた。
「この子は、うぶな体じゃないんだから、ちょっとくらい乱暴に入れたって平気よ。……さあ、そのスプーンを、ゆっくりと押し込んでみるの」
 由美の顔に、苦い決意のようなものが走った。もはや、由美の口からも、ごめんね、という言葉は出てこない。その直後、奈々子の膣口が見るも無惨に横に広がり、スプーンの先端が徐々に穴に埋もれていった。
「ううぁ……あっ……」
 奈々子が呻き声を漏らし、その肉感的な下半身が、逃げるように遠ざかろうとする。
「ほらっ。じっとしてなさいよ」
 水穂が、奈々子の腰をすかさず両手で捕らえ、由美の持つスプーンの皿状の部分は、膣壁にすっかりと咥え込まれた。と同時に、由美が、慌てたようにスプーンを手放した。柄の部分に伝わる膣の感触に、耐えられなくなったらしい。
 今、奈々子のおしりが、苦悶のため、前後左右にせわしなく動いている。そのせいで、小振りの尻尾よろしく股間から伸びた、スプーンの柄の部分が、おいでおいでをするかのように揺れているのだった。
 なんともおぞましい光景であるが、由美は、目を見開いてそれを直視していた。そして、静かに手を伸ばし、スプーンをつかむ。もう引き返せないのならば、親友の苦痛の時間を、一秒でも早く終わらせようと心に決めたかのように。
「ああっ! ああぅ……」
 奈々子は、背中を弓なりに反り返していた。膣の中を異物でこすられ、体内の奥底まで響く鈍痛と、女としての体を蹂躙される悲しみとが、ない交ぜになって襲ってくる。
 なぜ、こんな苦しみを、大学で味わわなくてはならないのか。いったい、なんで……。にわかに、せきを切ったように感情がほとばしり、目から涙が溢れ出る。
「お願い、由美……。もうやめて」
 嗚咽を漏らしながら、奈々子は、最後の思いで哀願した。
 しかし、由美の返事はない。
 スプーンの皿には、泡立った透明な液体が溜まっている。由美は、ビニールの袋を一つ手に取ると、スプーンで掻き出した奈々子の愛液を、どろりと流し込んだ。
 一人分の粘液を保存し終わった由美は、間を置かずに奈々子の陰裂を開くと、露わになった膣口に、ためらう素振りを見せずにスプーンを突っ込んだ。
 その瞬間、奈々子の全身が、びくりと跳ね上がった。一拍置いて、奈々子は、吠えるような野太い泣き声を上げ、とうとう上体を崩して両腕を組み、そこに顔を埋めた。それからしばらく、彼女の籠もった泣き声が、両腕と顔の隙間から漏れ続けていた。

 朦朧とした意識の中で、皮膚感覚の刺激を感じていた。おしりをぴしぴしと叩かれている……。背中をさすられている……。
 ちょっとの間、意識が飛んでいたようだ。女教授の声が、遠くのほうから聞こえてくる。
「桜木さん、もう終わったわよ。顔を上げなさい……」
 終わった……。でもなにが……。
 瞼を閉じたまま、意識の奥を探ろうとしていると、いきなり、左肩がつかまれた。
「聞こえてるんでしょう。四つん這いに戻るのよ。わたしを怒らせる気なの?」
 意識の片隅から、警告が伝わってくる。はやく言うとおりにしないと、まずいよ……。
 はっと、奈々子は顔を上げ、腕を突っ張った。
 わたしは全裸で四つん這い……。ああ、そうだった。奈々子は、生き地獄に舞い戻ってきた気分だった。
 目の前の圭子と瞳が、二人揃って、小さなビニールの袋を摘んで持ち、奈々子に見せつけている。その中に、粘り気のありそうな液状のものを視認する。
 圭子が、にたにたと笑いながら、袋を左右に振った。液体は、どろどろとした流動性を呈する。
 それは、わたしの……。奈々子は、ぐらりと脳髄を揺らされる思いがした。
 続いて瞳が、奈々子の陰毛が収められているほうの袋を摘む。
「ねえ、奈々子……。わたしたち、この二つの袋を、家で大切に保管しておくからね。先生に、そう言われてるからさ。もちろん、由美もそうすることになってるよ」
 瞳は、奈々子の顔と二つの袋とを見比べながら、嬉しそうに言うのだった。
 
 水穂は、四つん這いの奈々子の背筋を、なにやら愛おしげに指でなぞった。
「今日の授業の実験と観察は、すべて終わりました……。それでなんですけど、こうして体を張って協力してくれた桜木さんに、あの……、感謝の気持ちを込めて、キスを送りたいと思うんですね。……こうして」
 ええー、とどよめきが起こった時には、すでに水穂は、奈々子の腰骨のあたりに、軽い口づけをしていた。
「べつに、恥ずかしいことじゃないのよ。だって、一番恥ずかしいのは、こんな格好をしてる桜木さんでしょ? さっ、みなさんも、やってみてはどうです? 変な意味じゃなくて、感謝の気持ちを示すためですから」
 水穂は、照れる様子もなく、皮肉な態度で言った。
 奈々子は、裸体に口づけされた嫌な感触と、水穂の言葉とを、頭の中で重ね合わせていた。つまり……、他の人たちも、わたしにキスをするってことなの……。不潔。ありえない。この人は、いったい、何を言っているんだ。
 ところが、前の二人の間に、不穏な空気が流れているのを奈々子は感じ取った。圭子と瞳は、互いの体を肘で突き合い、照れ笑いのようなものを浮かべているのだ。
「ねえ瞳、ちょっとやってみなよ」
 圭子が、奈々子のほうに顎をしゃくって言った。
「わたしはイヤ。……ってゆうか、けっこう面白そうって言い出したの、圭子でしょう?」
 瞳が、ぷいとそっぽを向いて言うと、なにやら圭子は、むず痒そうに体をくねらせるのだった。
 その時、ふいに圭子と目が合った。直前まで彼女の顔にあった笑いは影を潜め、どこか真剣味を帯びた眼差しで、奈々子を見つめている。
「それじゃあ……」
 奈々子のおとがいを持ち上げ、小さく呟いた圭子の顔が、四つん這いの奈々子の顔面へと迫ってくる。
 えっ、うそ。ちょっと……。
 何か言葉を発そうとした時には、奈々子の唇は塞がれていた。嘘のように柔らかい圭子の唇の感触に、思考が弾け飛んだ。ぼんやりとした視界には、凍ったような圭子の眼差しがあった。
 唇を離した圭子は、奈々子の顔を今一度見て、にたりと笑った。
「あっ……。でも、べつに、恥ずかしくない……。うん、全然ふつう……。なんか、奈々子がこんな格好してるから、わたしも大胆なことできる、みたいな」
 圭子は、意外の感に打たれた表情で、レズビアン的な行為の感想を話した。
 なんなのよ、これ……。奈々子は、震える唇を二の腕で拭った。この日、性的な恥辱にまみれ続けた奈々子であるが、今度は、不浄の刻印を押された気分だった。
「ねっ? 恥ずかしがることなんて、ないんだから。後ろ側の二人もどう? なにも唇と唇を合わせなくたっていいの。キスにふさわしいところは、後ろにも、ちゃーんとあるでしょう?」
 おどろおどろしい水穂の言葉を聞き、奈々子の心臓は早鐘を打ち始める。とても信じられない話だが、今となっては何が起こってもおかしくない。
 突然、おしりをぱしりと平手で打たれ、全身が竦み上がった。
「ねーえー、奈々子……。今日は、こんな恥ずかしい格好で授業に協力してくれて、ありがとー。わたし、奈々子のおしりにキスしてあげるよ……。どう? いいと思わない?」
 きんきんと耳障りな理香の声と共に、おしりの肉が左右に開かれていくのがわかった。
 えっ、まさか……。今、進行している出来事があまりに信じられず、奈々子は四肢をベッドにつけた体勢で硬直していた。
 だが、幸か不幸か、理香の唇を裸の下半身に当てられることはなく、例によって、耳を塞ぎたくなるような侮辱の言葉を浴びせられる。
「うっわあ……、奈々子のおしり、マジ汚すぎ……。ちょっと顔近づけるだけで、見た目も臭いも、気持ち悪くて吐き気がする……。やっぱり、わたし、口なんて付けられなーい」
 再び、汚らしそうにおしりの肉を平手で叩くと、理香は、返す刀で由美に言う。
「はい、次は由美、がんばって。言っとくけど、圭子は奈々子にキスしてあげたんだからね。それなのに、ここで一番仲のいい由美がやらなかったら、すごい薄情だよ」
「その通りよ、村野さん。桜木さんが、これほど頑張ってくれたんだから、あなたは親友として、感謝の気持ちをしっかりと示すべきだわ」
 今さらながら、理香と女教授の論理は、何から何まで狂っていた。
「まさか、できないなんて言わないでしょうね。村野さん、あなた、粘液の採取をしてくれたのはいいんだけど、少々、桜木さんの体をいたわる気持ちに欠けてたんじゃない? この子、ずっと泣いてたのよ」
 白々しくも、水穂が真面目腐った口調で言うと、圭子がそれに同調する。
「そうだよー、由美……。奈々子が泣いてるのに、淡々と作業しててさ……。親友のわりには、すごい冷たかったよねえ? 引いたもん、わたし」
 さらには瞳も、この猿芝居に加担する。
「ひどーい、由美。それで奈々子に対して、なんにもしてあげられないわけ?」
 女子学生たちが、由美批判の大合唱を始めた。引っ込み思案の由美のことなど、少しも怖くないと言わんばかりの態度だった。
「わ……、わかりました……。やります。えっと、でも、なにを……?」
 へどもどしながら由美が呟くと、ぴたりと誰も声を発しなくなった。水穂が、この日一番の優しい笑みを浮かべ、そっと由美の席に歩み寄る。
 奈々子の視界には入らなかったが、数秒間、水穂は、声には出さず身振り手振りで女子学生たちに『何事か』を伝えていた。
 目の前の圭子と瞳が、なぜか同時に椅子を立ったので、奈々子は、怪訝な思いで二人を見上げた。その直後、突然、二人に両腕をつかまれ、かと思っていると、太ももにまで誰かの手が回るのを感じた。
 とうとう、彼女たちは、人数に物を言わせて奈々子の肉体を力尽くで拘束してきたのだった。上半身を圭子と瞳に、両脚を理香に押さえられ、奈々子は、四つん這いの格好で身動きが取れなくなっていた。
 いったい、何が起ころうとしているのか。今、わたしは、何をされても逃げられない……。抑えようのない恐怖が込み上げてきて、奈々子は半狂乱に叫ぶ。
「え!? ちょっと、なに……。いやっ、やめて、放して!」
 その時、性器の肉に、何かが接触したのを感じ、奈々子は口を噤んだ。
 誰かの手だろうか……。いや、もっと凹凸のあるもの……。
「ほらっ、舌を出しなさい。桜木さんに、ありがとうって感謝を込めてキスするの。言っておくけど、ちゃんとやるまで終わらないわよ」
 水穂がドスの利いた声で言った後、くぐもった由美の呻き声が耳に入った。
「あっ!」
 奈々子は、思わず頓狂な声を上げていた。
 なんなのよ、これ……。
 誰が何を行っているのか、それを脳が正確に認識した時、奈々子は、自分自身のけたたましい悲鳴に包まれていた。空気を割るようなすさまじい声量で、鼓膜がおかしくなりそうだった。
 びくりびくりと上体を跳ね上げる奈々子の裸体を、三人の女子学生が押さえ続けている。
 そして後方では、女教授が、由美の顔を奈々子の性器へと押しつけており、親友同士である二人の舌と陰唇とが、ディープキスよろしく、どろどろに絡まり合っているのだった。

 ベッドの上で、圭子と瞳のほうを向いたまま、奈々子は横座りの姿勢で呆けていた。発狂寸前に追い込まれた余韻で、体の震えが止まらない。
 奈々子のそばに、どさりと何かが落ちた。それは、奈々子が身に着けていた薄手のジャケットで、残りの衣類を持った理香が、見下ろすように立っていた。続いて、Tシャツとブラジャー、パンツも放られる。
「奈々子。ちょっと、そこどいてよ」
 理香がそう言ったので、ふと見やると、何か意味ありげにジーパンだけを手にぶらさげている。
「聞こえた? 早くして」
 理香の苛立った声を聞き、奈々子は、鉛のように重たい体をずらしていった。
「このベッドは、学校のみんなが使うんだよ。これじゃあ汚いじゃない……」
 その言葉の意味を、奈々子はすぐに理解した。性器から溢れた愛液が、シーツに染みを作っていたのだ。
 理香は、奈々子のジーパンで染みをごしごしと擦り始めた。しかし、そうしたところで汚れが落ちるはずもないことは、誰にでもわかる。理香のその行為は、愛液でシーツを濡らしたという事実を当の本人に見せつけた上、これから穿くジーパンを汚し、屈辱感を与えてやろうという最後の嫌がらせなのだ。
 ジーパンの一部分に、愛液の湿り気をほどほどに移すと、理香は、それをシーツの上に放った。
 水穂が頃合いを見て、手を叩いた。
「これで今日の授業は終わりです。遅くまでお疲れ様でした」
 三人の女子学生が椅子を立ち、口々に女教授に対して帰りの挨拶をする。
 その後、理香が、思い出したように奈々子に声を掛けた。
「ねえ、奈々子……。わたしたち、これからも同じゼミ生として仲良くやっていこうねっ」
 理香の口調から、別人のように悪意が消えていた。ひどい違和感を覚えたが、それが本来の理香なのだ。
 奈々子が唖然としていると、三人の女子学生は甲高く笑い、この日、何事も無かったかのように帰っていく。
「桜木さん」
 後ろにいる水穂が、妙に優しげな声で呼んだ。
「……はい」
 ひどく掠れた声しか出てこない。
「今日は授業に協力してくれて、ありがとう。来週も、予定通り研究室で授業を行いますから、出席して下さいね。これから、お友達同士で話したいこともあるだろうから、わたしも、もう帰ります。さようなら」
 水穂はそれだけ言うと、ヒールの音を鳴らしながら保健室を出て行った。彼女のいつもの、軽快で優雅な足取りが伝わってくる。
 この日、冷酷非情で変態的で狂気を漂わせていた女教授が、最後に示した平常の淑女然とした態度。その二重人格さながらの変貌ぶりに、奈々子は混乱を覚えていた。
 あの人は、いったい何を考えているんだ……。

 保健室で、奈々子と由美の二人だけが残されていた。奈々子は、由美に背を向けた状態で動けなかった。まだ、下着も着けていない。
 呼吸もままならないような重苦しい沈黙が、二人の間に流れている。
「ねえ……、奈々子……」
 由美の声を聞いたとたん、奈々子は、反射的に大声を上げていた。
「帰ってよ!」
 心臓が、早鐘のように鳴っている。奈々子は深呼吸をして、体を半分、由美のほうへ向けた。由美の顔を最後に見たのが、ずっと前のことのように思える。蒼白な顔色をしており、悄然とした様子だった。
 たしかに、由美にとっても、つらい時間だったに違いない。だが、完全に水穂の言いなりとなった由美は、何をしてきただろうか。
 性器を触り、膣にスプーンを入れ、しまいには口で……。
 ぼっと顔が熱くなる。そして、恥ずかしい思いと同じくらい、怒りが、止めどもなく湧いてくる。
 おとなしいとはいっても、ちょっと弱すぎるんじゃないの……。
 その時、奈々子は、由美の持つホルダーの上に、二つの小さなビニール袋が載っているのを目にした。にわかに視界が二重にぶれ、ぎゅっと体がこわばる。
 そこで、由美が食い下がるように話し始める。
「奈々子、ごめん……。奈々子が可哀想で仕方なかったけど、先生が、怖くて……。なにもしてあげられなくって……」
 か細い声が震えて、先が続かなくなった。
「帰ってって言ってるでしょ! あんたの顔なんて見たくないのよ!」
 奈々子は、わずかに残っていた体力の、ありったけを怒鳴り声に変えて由美にぶつけた。
 由美は、茫然と奈々子の顔を見つめていたが、悲しげに俯いて椅子を立つと、何も言わずにカーテンの向こうへと消えた。
 あの子とは、もう二度と口を利かない。奈々子はそう決めた。
 そうして、おもむろに自分の衣類に手を伸ばした。下着や洋服を身に着けていく。ふと、ジーパンの左太ももの部分が湿っており、肌にぺたりと貼り付くことに気づいた。奈々子は、やりきれない溜め息をつくと、両膝を抱いて顔を埋めた。
 やけに明るい保健室の中に、彼女のすすり泣く声が響きだした。






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