第一章〜運動着の中は


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第一章〜運動着の中は




 灰色のコンクリートの壁に背中をもたせかけ、南涼子は、待ち続けていた。消えた合宿費のことで頭が一杯で、時間の感覚があやふやになっていて、地下に着いてから、どれほど経ったのか判然としない。
 さっきまでの練習で、だいぶ汗を掻いており、Tシャツが体に張りついている。涼子は、両肩を抱くようにして考えた。明日香が来るまでに、制服に着替えておこうか。もう今日は、練習をしている場合ではないのだし……。
 そんな矢先、階段の上から足音が聞こえてきた。明日香が戻ってきたみたいだ。
 ふと、違和感を抱いた。足音が一人のものではない。何人かでやって来る。涼子の頭は、たちまち混乱した。
 いったい、どういうこと……。
 先頭に立って下りてきたのは、明日香でもなく、バレー部員でもないが、涼子の知っている顔だった。
 クラスメイトの吉永香織である。小柄で、短めの髪を後ろで二つに結んでおり、つり上がり気味の目をした生徒だ。なぜ、香織がここに現れたのか、涼子には、皆目、見当がつかなかった。
 続いて、おそらく後輩だろう、肩の下まで伸ばしたストレートヘアの生徒。わりと綺麗な顔立ちをしているが、意味のわからない薄笑いを浮かべている。
 制服姿の二人が降り立つと、最後に、紺のジャージ姿の竹内明日香がやって来た。
「ちょっと、明日香、どういうことなの……?」
 涼子は、咎めるように言った。
「りょーちぃーん。驚かなくてぇいいんだよぉ。香織はぁ、りょーちんと同じクラスでしょーう? この子にはぁ、生徒会に友達がいるって知ってたから、今回のことぉ、相談することにしたのぉ。合宿費のことはぁ、全部話してあるからぁ、大丈夫だよぉ」
 明日香は、まるで合宿費の件など、もう解決したとでも言わんばかりに、いつもの間延びした口調に戻っている。
「それでぇ、こっちの子はー」
 さらに明日香が続けようとしたところで、香織が言葉を挟んだ。
「あたしの、後輩よ。石野さゆりっていう名前」
 さゆりと言われた生徒は、薄笑いを浮かべたまま、やんわりと涼子に会釈した。
 なに……。いったい、どういうこと……。
 涼子の頭では、この状況が、まったく理解できなかった。なぜ、明日香は、合宿費の件を、勝手に他人に話したのか。ただ、生徒会に知り合いがいるというだけの香織に。そもそも、生徒会とバレー部の合宿費に、どのような関係があるというのか。さらには、香織の後輩まで引き連れてくるというのは、まさに意味不明である。
 涼子は、明日香に対して、腹立ちといようより、呆れに近い感情を抱いた。
 
 小柄な香織が、先陣を切るように、一歩こちらに進み出た。
「さて……、南さん。それにしても、まずいことになっちゃったね……。明日香から聞いたけど、封筒には、四十万円くらい入ってたんだって?」
 奇しくも、こんな状況と場所で、初めて会話を交わすことになったクラスメイト。その普段の印象が、思い起こされる。どちらかというと、幅広く誰とでも仲良くなるというより、決まった小さなグルーブの中で、お喋りをしているような生徒だった。
 その香織が、探るような目つきで、涼子を見ている。 
 ここは、変に隠し立てしても仕方がない、と涼子は判断した。
「うん……。四十万ちょっと、あったと思う」
 小さな声で答える。
「あのさ、南さん。あたし、生徒会に友達がいるから、バレー部の合宿費の件は、丸く収められると思う」
「え!? そんなの、どうやって……」
 涼子が半信半疑で訊くと、香織は、待って、と手で宥めるポーズを取った。
「うん、その前にね……。あたし、明日香から話を聞いて、どうしても納得できなかったの。だってさ、盗まれたっていうけど、南さんのバッグにお金が入ってることを知ってたのは、明日香だけだったんでしょ?」
 香織の一瞥が、涼子に飛んだ。
「それは……。正直、わたしも……、誰も盗めなかったはずなのにって、思う。けど、それなのに、どうしてかわかんないけど、お金が、無くなってて……」
 涼子は、しどろもどろになりながらも、ありのままに話すしかなかった。
「盗める人なんていなかったのに、あなたのバッグからお金が消えた……。南さん、必然的に、あなたが疑われてしまうのは、しょうがないことだよね?」
 香織の指摘は、たしかに、理屈ではもっともだったが、涼子は頭に血が上った。
「吉永さん、あなたは、わたしが盗んだと思ってるわけ?」
 怒りを抑え、香織の顔を見据えた。ここは絶対に目を逸らしてはならないと思っていた。
 すると、香織は片側の頬を歪めて、苦笑いのような表情を作った。
「違うって。ちゃんと話を聞いて……。あたしが言いたいのは、南さんが潔白であることを、証明してほしいってことなの。証明できたら、それでオーケー」
 香織は、得意気な調子で続ける。
「そうしたら、あたしが、生徒会の友達に今回の件の事情を話して、学校側が、代わりに合宿費を負担してくれるように頼んでもらうよ。それと、南さんが合宿費を無くしちゃったってことは、他の生徒には漏れないように、配慮してあげる。だって、バレー部のキャプテンとしての信用に傷が付くのは、嫌でしょ? もうすぐ、最後の大会もあるのにさ」
 香織の言葉は、まるで福音のように涼子には聞こえた。けれども、そんなにうまく事が運ぶのだろうか、と思う。
 ついさっきまで、涼子は、思案に暮れていたのだ。盗難に遭ったとはいえ、合宿費が無くなったのは、自分の落ち度である。何としてでも、同額、自分が用意しなくてはらない。一時的に休部してでも時間を作り、アルバイトを始めようか、と。しかし、額が額だけに、短期間ではとても賄えそうになかった。
 そこへ、何の関係もないはずの香織が、手を差し伸べたのだ。それが本当ならば、自分は、頭を下げるべきである。
 涼子は、乾いた唇を舐め、気になることを尋ねた。
「でも……、どうすれば、わたしが盗んでないってことの証明になるの?」
 少し間が空き、香織は、涼子の足もとを指差した。
「取りあえず、バッグの中身は、確認させてもらいたいんだけど……」
 もはや、迷っている場合ではない。
「わかった。調べて」
 自分のバッグを手に取り、香織に渡した。

 セーラー服や革靴、教科書、手帳など、バッグの中身は、一つずつ外に出された。香織と、さゆりという後輩が、それらを点検している。自分の持ち物をいじくり回されるのは、いい気がしない。しかし、置かれている立場を考えると、我慢するしかなかった。
 違和感を覚えるのは、明日香の態度だ。すっかり黙りこくってしまい、ぼんやりと涼子の私物を眺めている。明日香に対しては、言いたいことが山ほどあるが、今は、口を控えるべきかもしれない。
 その時、涼子のソックスの中を覗き込んでいる、さゆりという後輩が、まだ薄ら笑いを浮かべているのが、目に留まった。涼子は、一発で、その後輩が大嫌いになった。
 いったい、何が面白いんだよ……。ふざけてるなら帰れよ……。よっぽど、そう言ってやりたかったが、すべては自分のせいだということを思うと、涼子は、どうしても弱気になってしまうのだった。
「バッグの中は、問題ないね」
 香織は、さらりと言った。荷物がバッグに戻される。
「もう、これでいいんでしょ?」
 涼子は、ふうっと息を吐き出した。不愉快極まりない持ち物検査にも応じ、やましいところは、何一つないことを証明してみせたのだ。
 すると、香織とさゆりは、無言で歩み寄ってきた。涼子の問いに返事をせず、バッグも返そうともしないで。仲良し同士でお喋りをする時のように近づいてきて、足を止めた。
 後ろが壁だけに、なんとなく威圧されているようにも感じる。涼子は、しだいに妙な胸騒ぎを覚え始めた。
 それと同時に、気になることがあった。練習で多量の汗を吸い込んだTシャツが、少し臭うことに気づいたのだ。部活の時とは違い、汗臭い体をしているのは涼子だけなので、どうしてもそれを意識させられる。この至近距離だと、香織とさゆりは、内心、鼻をつまんでいることだろう。
 にわかに羞恥心が湧き上がってきたが、涼子は、それを抑え込み、努めて笑顔を作った。
「あの、わたしのバッグに、大金なんて入ってないって、わかったでしょ? あと……、もうちょっと離れてよ。なんか変じゃない」
 角が立たないよう、あくまでフレンドリーな口調で言い、くいっくいっと手を突き出した。
「違うでしょ、南さん。物を隠してないか調べるんだから、次は、どうするかわかるでしょ。……Tシャツとスパッツを脱いで」
 聞き間違いか、あるいは悪い冗談かと思った。しかし、香織の顔は少しも笑っていない。
「ちょっと待って……。いやだ、なにそれ……?」
 涼子は、ぴくぴくと頬が引きつるのを感じた。
「だって、しょうがないでしょう? 状況的に、盗める人がいなかったのに、お金が無くなったんだから。南さんが、完全な形で証明する必要があるのは、当然だよね。あたし、間違ったこと言ってるかな?」
 香織は、語尾を、隣の後輩に向けた。
「いえ……、あたしも、香織先輩の言うとおりだと思います」
 さゆりは、照れ隠しなのかなんなのか知らないが、またしても嫌な薄笑いを浮かべる。
 後輩の態度は言わずもがな、香織の話し方や態度も、涼子の癇に障り始めていた。なんで、あんたたちの前で、そこまでしないといけないの、と思う。
「言っておくけど、南さんが拒否するようなら、あたしは、残念だけど、南さんの力にはなれないよ。それどころか……、南さんが合宿費を盗んだ可能性が、高くなったっていうことで、今から、バレー部の顧問や副キャプテンとかに、話しに行かないといけなくなるんだけど。すごい大金だから、知らないふりはできないし……」
 香織は、抑揚のない声でそう言った。
 恐ろしいことだった。目の前が真っ白になり、パニックに陥りそうになる。自分を窃盗犯扱いする香織を、いっそ怒鳴りつけてやりたいが、ここで話し合いを決裂させるのは非常に危険である。
 さっきは、一瞬、香織のことを、自分を救ってくれる福の神のように思ったものだが、とんだ疫病神ではないか。
 胸がどくどくと動悸を打っている。もはや、心の余裕はなくなっていた。
 やだ……。こんなところで服を脱ぐなんて、恥ずかしい……。年下もいるのに、冗談じゃない。
「待って、お願い……。ちょっと時間をちょうだい……。だいたい、バレー部でもない吉永さんが、なんで出て来るわけ? 明日香と二人きりで話をさせてよ」
「あ・の・ねぇ、あたしたちが目を離している間に、南さんが、たとえば、お金を校舎のどっかに隠しちゃうっていう可能性もあるでしょ。今、証明してもらわないと、意味がないの。あたしは、たしかにバレー部でも、なんでもないけど、大事件だから、無視できないってだけ」
 香織のつり上がり気味の目を見ていると、正義感で行動しているというより、悪意を感じてしまうのは、気のせいだろうか。
 なぜか何も言わない明日香を、涼子は、手招きした。
「ちょっとちょっと、明日香からも、何か言ってよ。わたし、すごい疑われてるんだけど……」
 明日香は、のんきに小首を傾げている。
 涼子にしてみれば、言いたいことは、他にもたくさんあった。
 わたしが窮地に陥ってるのに、なんで一言もかばってくれないの。自分は関係ないっていう態度、すごい腹が立つんだけど。そもそも、なんで、こんな子に、合宿費のことを話したりしたの。
「うーん……。でもぉ、りょーちんのバッグから、お金を盗むことなんてぇ、誰も、できなかったよぉ。もしバレー部のみんなにぃ、事情を聞かれたらぁ、あたしぃ、そう言うしかないかなぁ……。ごめんねぇ、りょーちん……。でもぉ、本当のことだからなぁ」
 明日香は、ごまかすようにぷくりと頬を膨らませ、潤んだ目で涼子を見つめる。
 うそ……。なんで……。
 涼子は、強いショックを受けていた。裏切られた思いである。友人を擁護しようという意識が、明日香にはないのだろうか。
 香織は、自分の主張に一層、自信を持った様子で、こちらに向き直る。
「ほら、明日香が、こう証言してるんだから、決定的じゃん。これでも、まだ、服の中は見せられないっていうの?」
 涼子は、宙を仰ぎ、ため息をついた。
「わかった……。でも、一つだけお願い。あなたの後輩は出て行かせて。なんでさっきからずっと笑ってるの? おかしいでしょ。はっきり言って、すごいムカつくんだけど」
 涼子は、横目でさゆりを一瞥した。しかし、まだ、さゆりの口もとには笑いの表情が残っている。
「南さん、ごめん。この子、ちょっと緊張してるだけだから、悪気はないの……。やっぱり、四十万円以上の大金のことを考えると、証人が、あたしと明日香だけじゃ、少なすぎるからさ。我慢してよ」
 涼子のほうも、おいそれと受け入れられない。
「あのさ、吉永さん……。ちょっと考えれば、わかるでしょう?」
 最後までは言いたくなかった。年下の見ている前で、服を脱ぐことを要求できる神経が、信じられない。
 しかし、香織は、露骨に不愉快そうな顔をした。
「なに? あたしに怒らないでよ。あたしだって、こんなことに巻き込まれて迷惑してるんだから。そんなに嫌なら、もうやめる? べつに、いいんだけど、それならそれで……」
「わかったよ、ごめん……」
 自分でも意外だったが、涼子は思わず謝っていた。香織の機嫌を損ねると、涼子を犯人だと決めつけ、そのままバレー部に報告しに行きかねない。口論を避けるため、どうしても、こちらが妥協する形になってしまう。なんとなく、脅迫を受けているような気持ちにすらなっていた。初めて話したクラスメイトだが、この子とは、とてもじゃないが仲良くなれない。
 高校生活、最悪の日だ。
 
 涼子は観念し、とうとう白いTシャツの裾に手を掛けた。
 Tシャツを首から抜き取り、くしゃくしゃに丸めながら、さりげなく視線を落とした。汗を掻くため、透けて目立たないように、白い綿のブラジャーを着けている。その白い布地が、Dカップの乳房に汗で張りつき、乳首の突起の形状が、表面に浮き出てしまっている。
 涼子は、羞恥心を感じ、さりげなく片腕で胸を覆った。
「念のために調べるから、一度、シャツをこっちに貸して」
 香織は、無遠慮に手を伸ばした。
「えー……。ええ……?」
 涼子は、思わず狼狽の声を上げた。自分の汗臭いTシャツを、他人の手に持たれることには、強い抵抗がある。
 だが、香織の苛立ちの色を見て、涼子は、なげやりな手つきで渡した。そして、次にやらなければならない行動には、本格的な屈辱が待っていた。完全な下着姿になる瞬間である。
 涼子は、強烈な羞恥心を懸命に抑えて、覚悟を決めた。
 スパッツの縁を両手で掴み、一気に足首のところまで引き下ろす。中に籠もっていた汗の臭いが放出され、鼻を突く。ブラジャーと揃いで白い綿の、シンプルな柄のパンツ。覆う面積の小さい布地が、ぴったりと肌にフィットしている。
 両脚からスパッツを抜き取る動作は、まさに屈辱以外の何物でもない。ぼっと頬が紅潮していくのを感じながら、陰毛がはみ出ていないことを確認する。自分ひとり下着姿になるのは、想像していた以上に恥ずかしかった。
 香織が、またしても手を伸ばす。
 この子には、デリカシーというものがないのだろうか、と思う。涼子は、不快感を隠さず、汗まみれのスパッツを、ぼんと香織の掌に載せた。
 白いTシャツと黒のスパッツが、香織とさゆりの手で点検される。生地を裏返したり、中を覗き込んだりしている。
 ああ、いまいましい。脱いだばかりの自分の運動着が、他人にいじくり回されるのを見ていると、背中がむずむずするような生理的嫌悪感を覚えた。
「南さん。シューズとソックスも脱いで。調べるから……。あ、それと膝のサポーターも取って」
 香織の徹底的なまでの要求に、涼子は言葉を失う。たしかに、隠そうと思えば隠せるのかもしれないけど……。大金が消えたことを考えると、万全を期すのは当然のことなのだろうか。
 涼子は、シューズと靴下を脱ぎ、膝のサポーターを脚から抜くと、それらを香織のほうへ押しやった。
 裸足の足の裏に、コンクリートの冷たい感触が伝わり、ひどく惨めな気持ちになった。今、自分が身に着けているものは、下着だけなのだということを、否が応でも意識させられる。
 涼子は、左腕で乳房を覆い、右手でそっと下腹部を押さえた。
 ふと、視線を感じたので、目を向けると、明日香が、じっと涼子の半裸を見つめていた。目が合うと、その美貌の口もとを緩め、小悪魔っぽく微笑みかけてくる。
 その瞬間、涼子は、気まずい思いと恥ずかしさで、耳たぶまで赤くなってしまった。好意的に解釈すれば、涼子の緊張を和らげようとしているとも受け取れるが……。なによ……。あんまり、じろじろこっちを見ないでよ……。

 点検した運動着は、香織たちの後ろに置かれている涼子のバッグの上に載せられた。まるで、許可なしには服を着せないとでもいう風情である。
「もう、わたしがお金を隠してないこと、わかったでしょ? 調べ終わったんなら、早く服とバッグをこっちに返してくれない?」
 涼子はそう言ったが、発した声は、頼りなげに響いていた。自信を持って意見を言えないのは、ひとえに、自分だけ下着姿という屈辱的な状況だからである。バレー部のキャプテンとして、部員たちを引っ張っている時とは、別人のように弱気になっている自分がいた。
 香織とさゆりが、どう返答しようかと相談するように、互いに目配せし合っている。
 そこで香織の口から出た言葉は、涼子にとって、耳を疑いたくなるものだった。
「やっぱりねぇ、四十万円という、すごい大金が無くなったことを考えるとね、全部、完全に調べないと駄目だと思うの。だから、南さんは、下着も外すべきなのよ。……さゆりも、そう思わない?」
「あたしも、そうするべきだと思います」
 さゆりは、肩の下まで伸ばした髪を撫でつけながら、どこか嬉しそうに答えた。
「と、いうわけだから、やれるよね? 南さん」
 香織とさゆりが、揃ってこちらに顔を向ける。
 全身に痺れるような緊張が走り、ぐらぐらと眩暈がした。この二人は、いったい、何を言ってるんだ……。
「……うそでしょう」
 涼子は、呟くように言った。
「嘘でも冗談でもないって……。嫌なら、別にやらなくてもいいけれど、その場合は、即、南さんが合宿費を盗んだとして、これからバレー部と学校側に報告しに行くよ。退学になっても、知らないから」
 四十万円以上の大金、退学という最悪の結末、そして、濡れ衣を着せられ、自分だけ服を脱がされている屈辱感。自分を渦巻く非日常的な事柄の数々が、涼子の判断力を麻痺させていた。
 果たして、自分には、そこまでする義務が本当にあるのか。無くなった額を考慮すると、香織の発言は正当なのだろうか。その判断さえ、今の涼子にはおぼつかない。ただ一つ、はっきりしている。それは、この場で裸になるのは、とても耐えられないということ。
「何ぼんやり突っ立ってるの? 早くして」
 香織が、苛立った声で急かした。
 しかし、涼子には、反論することもできず、かといって香織の指示に従えるはずもなく、ただ、もぞもぞと手脚を動かしていた。
 その時、香織が、大きくため息をつき、明日香を呼んだ。
「明日香ぁ、ちょっとこっち来てよ」
 つられて、涼子も明日香に視線をやった。
 そうだ、明日香……。あの子は、この状況をどう思ってるんだろう。涼子も声を掛けたかったが、言葉が出てこなかった。
 明日香は、ひょこひょこと香織のそばに歩み寄る。この状況で、バレー部の仲間同士なのに、涼子とは対照的に、明日香は余裕綽々とした様子である。
「ねえ、明日香。南さんが、どうも自分で下着を外すのは、恥ずかしいらしいからさ、バレー部のマネージャーとして、代わりに外してあげてよ。まずはブラジャーね」
「うーん」
 明日香は、腕を組んで唇を尖らせる。
「だって、こういう時のためのマネージャーじゃない。部員の『からだ』の管理。さあ、これは明日香の仕事よ」
 明日香は、しばらく考え込んでいたが、二度、軽く頷いた。
「うんっ、あたしがやる」
 そう短く答え、さっぱりとした笑顔を涼子のほうに向ける。
「りょーちん、がんばろっかぁ?」
 涼子は、失意の底に落とされた。なんで、なんで……。友達なんだから、もうちょっと気を遣ってくれたって、いいじゃない。
 そんなことを心の中で叫んでいるうちに、明日香の蝋のように白くて長い指が、涼子の左肩に、そっと置かれた。その瞬間、ぞっとして全身が粟立った。
 明日香の両手が肩に伸び、ブラジャーの肩ひもがつままれる。するすると肩ひもが落とされていくと、涼子は恐怖に駆られ、両腕をクロスさせて乳房を覆った。
 明日香は、涼子の体に密着し、背中に手を回してきた。下着姿の涼子が、ジャージを着込んだ明日香と、体をくっつけ合わせているのだった。
 ホックが外された。
 明日香は、ふいに涼子の頬に手を宛がった。
「これは、りょーちんのためにぃ、やってるんだからねえ。あたしのことぉ、怒ったりぃ、してないよねぇ?」
 唇の両端をつり上げてにっこりと笑うと、明日香は、ブラジャーのひもを涼子の腕から抜き取ろうとした。だが、涼子が、がっちりと両肩を抱いて胸を押さえているので、困った表情になる。
「りょーちーん、これじゃ、外せないよぉ」
 涼子の恥じらいなど、まったく度外視している口調である。
「どいて明日香」
 香織が、焦れたように声を発した。
「まったく、マネージャー失格じゃない」
「だってぇ、りょーちんがぁ、すごい嫌がるんだもーん」
「見てなさいよ。こうやってやるの」
 香織はそう言うと、ぞんざいな手つきで、涼子の二の腕を引っつかんだ。まるで奪われたものを奪い返すような強引さで、涼子からブラジャーを剥ぎ取ろうとしてくる。香織の手が、豊かな乳房の肉を押し潰し、乳首が擦れ合う。
「やめて!」
 ついに、涼子は悲痛な叫び声を上げた。だが、あえなく、体からブラジャーは引き剥がされてしまった。
 涼子は、両腕で乳首を覆い隠し、肩を竦めていた。ボーイッシュなバレー部のキャプテンとはいえ、その姿態は乙女そのものである。
 体の震えが止まらなかった。胸には、香織の手が食い込んだ際の感触が残っており、女としての誇りを傷つけられた思いだった。
 
 ブラジャーも、涼子の衣類一式の上に載せられる。
「さて、南さん。もう無理やり下着を取られるのは嫌でしょう。最後のそれは、自分で脱いでね」
 とうとう、香織はそれを要求してきた。同じ女の子なのに、ジャケットやコートを脱ぐことのように、平気な顔をして言ってくるのだ。
 うそでしょう。信じられない……。わたしは、三人の女子の前で、パンツまで脱がないといけないの……。お金なんて、わたし、盗んでないのに……。
「もうやめて、お願いだから信じて。こんなところに、お金が隠せるわけないでしょう?」
 命乞いをするかのような口調で、涼子は哀願した。高校に入学してから、いや生まれてこのかた、同じ生徒に対して、こんな話し方をしたことは一度もない。
「点検してみないとわからないじゃない」
 香織は、にべも無く言う。
 もう、この子には何を言っても無駄だ……。涼子は、藁にもすがる思いで、明日香に訴える。
「ねえ明日香! なんとか言ってよ! わたしは盗んでなんかいない、信じてよ!」
 涼子は、ほとんど半狂乱の状態だった。
「信じてるよお、りょーちん……。だからぁ、完全にぃ証明してみせてねぇ」
 明日香の他人事のような答えに、涼子は、目の前が暗くなった。
 おそるおそる自分の下腹部を見やると、純白の綿の布地が、網膜に映る。できない……。こんなところで脱ぐなんて、絶対にできない……。
「やっぱり、自分じゃあ脱げないみたいだねえ」
 ついに、香織が痺れを切らし、涼子の目の前に歩み出た。びくりとして、涼子は後退りするも、後ろはコンクリートの壁である。
 俯き、乳房を抱いている涼子の顔を、香織は、下から覗き込んできた。自分で脱げないのね、と問いかけるように。そうして、涼子の体に視線を這わせながら、スローモーションのようにゆっくりと身を屈めていく。足もとにしゃがんだ香織を見ていると、涼子は、恐怖のあまり、唇が震え始めた。
 香織は、今一度、つり上がり気味の目で、じっと涼子の顔を見上げた。そして、そっと視線を落とす。その動作は、これから下ろすよ、という宣告に他ならなかった。
 香織の両手が、涼子のパンツに伸びる。何本もの指が腰骨に当たり、白い布地の縁の中へと潜りこんできた。
 涼子は、とうとう乳房を隠すことを諦め、両手で下着を押さえた。豊かな乳房がぶるりと揺れ、その輪郭が露わになり、腕に圧迫されていた乳首が、つんと前に突き出る。
 次の瞬間、パンツを引き下ろそうとする香織と、それを阻止したい涼子の力が、薄い布地の上でせめぎ合うことになった。
 涼子は、声を出すこともできず、獣のように荒い息遣いで踏ん張っていた。もう、おしりの側は丸出しになっている。両手で押さえた股間の一点で、完全に下ろされるのを防いでいる状態である。
 こちらに勝ち目はなかった。相手は、たとえ生地が伸びようが破れようが構いはしないのだ。そのことを直感的に悟った涼子は、ほとんど無意識のうちに次の行動を取った。要するに、見られたくないところを隠すことに、全神経を集中したのだ。
 ほどなく、パンツは、涼子の膝まで下ろされた。その生地の内側に、うっすらと黄色い染みが滲んでいるのを見て、涼子は、恥ずかしさのあまり、息が止まった。
「足を上げて」
 香織は、冷たい声で命令した。涼子の人権など、一顧だにしていないような態度である。
 屈辱。
 自分の股の前から早く離れてほしいという一念で、涼子は言われるまま、片足ずつ上げていった。
 完全な裸にさせられた。この事実を、自分では現実として受け入れられなかった。意識が、朦朧としてくる。
「りょーちん、おめでとーぅ!」
 明日香が、はしゃぐように笑いながら、手を叩き始めた。
 友人のその姿を、横目で見ながら思う。あんたはいったい、なんなの……。
 涼子は、乳房を完全に露出し、両手を重ね合わせて股間を隠しているという、死ぬほど惨めな格好で立たされていた。コンクリートの壁に、ぴったりとおしりをくっつけている。どの角度からも、そこを見られたくなかったからだ。
 続いて、さゆりまで拍手を始めた。だが、さゆりのほうは、涼子ではなく、香織に向かってだった。
 香織は、先程までの仏頂面とは打って変わって、上機嫌な表情になっている。涼子のパンツの両端をつまんで、後輩の目の高さに持ち上げると、その布地を伸び縮みさせるのだった。
 香織とさゆりのやりとりは、理解不能だった。香織は、涼子の目を憚らず、堂々と、下品な悪ふざけをするようになっていた。まるで、涼子が全裸になったところで、スイッチでも入ったかのように。それは、後輩のさゆりや、友人であるはずの明日香にも、当て嵌まることかもしれないが。
 その時、涼子は、目を疑うような行為を見せつけられることになった。
 香織は、パンツの内側を覗き込み、にたっと笑うと、あろうことか、鼻をそっと寄せたのである。
「くっさーい」
 涼子は、殴られるような衝撃を受けた。
 後輩のさゆりまでも、同様に鼻を近づける。さゆりは、顔をしかめて鼻をつまみ、侮蔑の目つきで、先輩である涼子を見る。
「明日香、明日香、明日香!」
 香織が、興奮した様子で連呼する。
 愕然とすることに、明日香は、二人をたしなめるどころか、興味津々の表情で涼子のパンツを手に取った上、指で操って生地を裏返しにしたのだった。
 少女たちが、きゃあきゃあと甲高い声で笑う。

 異常としか言いようのない光景だった。こんがらがった思考の中で、一つの答えが出る。わたし、はめられたんだ……。
 どうして、今の今まで気づかなかったんだろう、と思う。
 香織もさゆりも、そして明日香も、目的は、涼子を裸にして辱めることにあったのだ。そう考えると、すべての辻褄が合う。
 つまり、合宿費を盗んだのは、この三人の仕業と見るべきだろう。バレー部の部室の中の涼子のバッグに、集めた合宿費があることを、明日香が、何らかの方法で残りの二人に伝えれば、それは可能だ。体育館の二階は、ギャラリーになっており、下のフロアを見渡せるし、声も届く。
 いや、そもそもの発端は、竹内明日香が、バレー部のマネージャーをやってみたいと言ってきたことから始まっていたのだろう。明日香は、スパイのようなものだったのだ。献身的な態度を示す一方で、涼子を罠に嵌めるのに好都合な機会を、常に探していたに違いない。その機会こそが、合宿費だったのだ。
 しかし、悔やまれるのは、そこから先である。
 この体育倉庫の地下に連れて来られてから、全裸にさせられるという事態に至るまでには、何か打つ手があったはずなのだ。
 自分の不注意のせいで合宿費が無くなったと、あの時、たしかに涼子は、激しく動揺していた。人一倍責任感と誇りを持ち、バレー部の大黒柱でもある涼子だからこそ、ことさらダメージは致命的だった。そんな弱味に付け入るように、香織は話を始め、涼子はまともに耳を傾けてしまった。
 生徒会、潔白の証明といった、もっともらしい言葉に翻弄され、犯人としてバレー部に報告するという脅迫により、精神を突き崩された。そのため、正常な判断ができなくなり、服を脱ぐなどという愚かな行為を取ってしまった。
 下着姿になった時点で、自信や冷静さを失い、相手に対抗できなくなった。そして、身に着けている最後のものを剥ぎ取られた瞬間、無力な人間と化した。
 
 マヌケだ。わたしは、なんてマヌケだったんだ……。
 涼子は、憤懣やるかたない気持ちで、自分の着けていた下着を捻くり回して愉しんでいる、三人の少女を見ていた。
 もし、今、わたしが服を着ていれば……。もし、わたしに、自信が残っていたなら……。あんな、卑劣なだけの軟弱な連中は、全員叩きのめして泣かせてやれるのに。たとえ、三人が一斉に襲いかかってきたとしても、涼子のパワーならば、容易にねじ伏せることができるはずだ。
 涼子は、唇を噛んだ。裸にされるということは、女として、いや人間としての自信や力を奪われることでもあるのだと、痛感する。
 香織たちは、それを、よくわかっていたのだろう。だから、これまでは、涼子が完全に無力な存在になるまでは、曲がりなりにも悪意を押し隠していたのだ。しかし、今は違う。香織もさゆりも、そして明日香までもが、腐った本性を隠そうともしていなかった。

「りょーちぃん……。もしかしてぇ、いま、あたしのことぉ、怒ってるぅ?」
 明日香の間延びした喋り方に、涼子は反吐が出そうになった。明日香は、罠に掛かって全裸になった涼子を嘲笑うかのように、こちらに歩み寄ってきた。そして、目の前まで迫ってきたかと思うと、極めて自然な動作で、涼子の背中に手を回してきた。
 涼子は、抱きつかれたのだ。ひんやりとした手に背中をさすられ、露わになっている乳首が、明日香のジャージの生地に擦れる。悪夢のようだ。
 身長があまり変わらないので、恐ろしく美しい明日香の顔が、視界全体を埋め尽くしている。
 許さない。あんただけは、絶対に許さない。
 憎んでも憎みきれないほどの憎悪が、腹の中で燃えたぎっていたが、それを相手にぶつける気力は、もう涼子には残っていなかった。
 明日香の吐く息が、顔に掛かる。それは言いようのないほど不快だったが、ふと、涼子は想像した。おそらく、自分の息は、その比ではないくらい、明日香の顔に掛かっていることだろう。屈辱や恐怖、それに憎悪によって、涼子の息遣いは、部活の練習で動いている時のように激しくなっていたからだ。
「りょーちぃん、これでぇ、なにも隠してないってぇ、証明できたねぇ。あたしぃ、さいしょっからぁ、りょーちんのことぉ、信じてたよぉ」
 明日香は、ぽんぽんと涼子の頭を撫で、ふふっと笑いだした。笛の音に似た感じの耳障りな笑い声を、ひとしきり涼子に浴びせ、ようやく明日香は離れていった。
「明日香、まだ、完全に証明したわけじゃないでしょ」
 香織が、悪意に満ちた笑みを浮かべて言った。
「手で隠れてるところがあるじゃない。それに、後ろのほうは、まるっきり点検してないし」
 それを聞くと、涼子は血の気が引いた。お願いだからやめて、と首を左右に振った。
「さっきは、顔を赤くしてたのに、今は、真っ青になってるよ、南さん。そこを見せるのが、そんなに恥ずかしいの?」
 涼子は、返す言葉もなく、哀願を込めて香織を見た。
「黙ってたらわかんないでしょう? 恥ずかしいのか答えなさいよ!」
 涼子は、小さくこくりと頷く。
「じゃあ、そこだけは可哀想だから大目に見てあげる。その代わり、後ろを向いて」
 それも従えるはずのない命令である。涼子は、また首を振った。
「いい加減にしてよ、南さん。そんなわがままが通用すると思ってるの? あたしたち三人で、強引にあなたのその手を、どかすことだってできるんだからね」
 両の掌には、陰毛のざらざらとした感触がある。この部分を外気に晒すことを想像すると、もう生きた心地がしない。
 涼子は、ぶるぶると震える脚を動かし、爪先の方向を変えていった。
「そっちを選んだのね。手で隠したりしちゃ駄目だよ」
 香織に釘を刺される。
 涼子は、コンクリートの壁と対面した。意識して、太ももをぴったりとくっつける。今、剥き出しのおしりを、三人の目に向けているのだ。この日の中でも、もっとも屈辱的な瞬間だった。
 少女たちが、笑うのを抑えきれないという感じで、くすくすとせせら笑い始めた。
「きったないおしり」
 香織が、心底軽蔑するような口調で言い放った。
 その言葉は、この日、散々傷つけられてきた涼子のプライドに、決定的な一撃を与えた。恥辱のあまり、涼子は身悶えしそうになった。
「南さんって、結構ファンの子が多いんでしょ、ねえ明日香?」
「そーだよぉ。バレー部の一年や、二年のほとんどの子はぁ、りょーちんに憧れてるしい、りょーちん目当てに入部したって子もぉ、中にはいるんだよぅ」
「あたし、その子たちに、南さんのこの姿、見せたいんだけど。もしかしたら、みんな幻滅したりして」
 香織は毒々しい台詞を吐いて、歯を食いしばるようにして恥辱に耐えている涼子の神経を、ねちねちとなぶった。

「南さん、こっち向きなよ」
 香織に命じられるがまま、涼子は、脚を回して三人に向き直った。目を合わせるのも恥ずかしくて、頭を垂れていた。
 その時、かしゃっ、というシャッター音が耳に飛び込んできたので、反射的に顔を上げた。涼子は、目を剥いた。後輩のさゆりが、デジタルカメラを涼子の裸体に向けているのだ。
「さゆり、ちゃんと撮れた?」と香織が訊く。
「ばっちりです」
 さゆりは、薄笑いの表情で答える。
「ね、ねえ、ちょっと、それ、なに……」
 涼子は、カメラのことを問い質そうとしたが、声が震えて続かなかった。
「南さん。今日のところは、これで終わりにしてあげる……。勘違いしてもらっちゃ困るけど、南さんはまだ、潔白を証明したわけじゃ、ないんだからね」
 涼子の質問を無視し、香織は言った。
「だって、あたしたちは、南さんの体を、全然調べてないんだから……。南さんには、また明日、ここに来てもらうよ。自分が、まだ容疑者のままだってことを、忘れないで。もし逃げたりしたら、窃盗の罪で、バレー部に報告するよ。それに……、恥ずかしい写真を、バレー部の子たちに、配られたりしたくないでしょ?」
 香織とさゆりは、目を見合わせ、にたにたとしている。
 この日を境に、人生が狂っていく思いがして、目の前が真っ暗になっていた。今後も、香織に、脅迫され続けるというのか……。
「じゃあ、行こっか」
 香織が声を掛け、三人が、連れ立って離れていく。
「あ、そうだ」
 思い出したように、香織は振り返った。
「明日、ちゃんと部活にも出るんだよ。手を抜くことも許さないから。もちろん、他の子たちに、元気のないところなんて見せちゃ、駄目。マネージャーの明日香が、しっかりと見張ってるからね。部活が終わったら、制服には着替えないでここに来て。遅くなっても、待っててあげるから。……じゃあね、南さん」
 なぜ、そうさせたいのか、意図のわからないことを、香織は、矢継ぎ早に言い付けていった。
 三人は、この場で、特別なことなど何も起こらなかったかのような足取りで、階段を上っていく。
 
 しばらく、涼子は、両手を下腹部に重ね合わせた格好のまま、ぼんやりと立ち尽くしていた。何か悪い夢でも見ていたんじゃないか、と思う。現実に起きたことだとは、とても考えられない。
 自分の着ていた衣類が、バッグの上に載っているのが、目に映る。涼子は、そこまで、のろのろと脚を送り出していった。衣類の傍らに立つと、操り糸が切れたかのように体が崩れ落ちた。コンクリートの地面に、膝をしたたかに打った。
 脱いだパンツに触れ、ぎゅっとつかむ。夢でも何でもない、現実だったんだ……。性的な辱めを受けただけではなく、なんだか、将来の夢や自分の輝きといったものまでも、奪い取られたような気がしていた。





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