第四章〜女の子の手


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第四章〜女の子の手




 南涼子は、白いTシャツを、窮屈そうに、首、両手、上半身から引き抜くと、それを、ぽいと地べたに放った。
 豊満な乳房の輪郭が現れて、そこを包んでいるのが、白い綿のブラジャーであることがわかる。
 涼子が全裸になるまでの過程を一番愉しんでいるのは、もちろん、香織だった。
 ひとつ……。バレー部のキャプテンは、誇りを捨てた。
 Tシャツを首から抜いた際に、髪の毛が乱れてボリュームが広がっていた。けれども、本人は、そんなことを気にする素振りなどまったく見せず、次の動作に取りかかっていった。
 いい……。実にいい。
 感情を押し殺しているような表情と、ぼさぼさになった髪型との取り合わせは、胸の奥をくすぐられる、なんとも愉快な眺めだった。どことなく、野性味が加わった感じもする。
 そうだ、そのほうが、ふさわしいのだ。これから裸になる女には、日常的な整った美しさなんて必要ない。乱れて、尊厳も捨て去って、獣じみた姿をさらすべきなのだ。
 涼子は、黒のスパッツを膝まで下げた。
 前日と同じく、飾り気のない白のパンツを穿いているのが確認できた。
 まったく、この子は……。
 吉永香織は、涼子の下着の上下を見て、微笑ましい気分にすらさせられた。絵に描いたような純白の下着とは、ちょっと無頓着すぎるんじゃないの。今時、中学生だって、もうちょっと気を遣ってるって。
 だが、涼子の場合、部活で汗を掻くので、ブラジャーは、目立たない色合いのものしか着けられない、という理由もあってのことかもしれないが。そのため、パンツのほうは、単に上下で合わせているだけなのだろうか。
 とはいえ、涼子らしい、とも思える。逆に、涼子が、派手な柄のパンツなど着けていたら、少し興醒めだったかもしれない。
 涼子は、スパッツを脚から引き抜くと、それに未練など微塵も感じさせない素振りで、Tシャツと同様、地面に放った。
 またひとつ……。目の前にいる誇り高い女は、誇りを捨てた。
 香織は、今この瞬間、涼子に問いたかった。
 だが、うまく言葉にできるかどうか、いまいち自信がなかったので、口にするのはやめておいた。
 頭にあったのは、こんな内容だ。
 これまでに流してきた血や汗や涙が染み込んだ運動着、あなたの青春の象徴ともいえる運動着を、憎くってしかたのない、こんなあたしたちの前で脱いだ気分はどうなの、南さん。今の気分を教えて、南さん。

 ブラジャーにパンツ、膝のサポーター、靴下、シューズ。現在、涼子の体にあるものだ。
 香織は、彼女の足元に目を留めた。
「南さん。サポーターを外して、そんでソックスとシューズを脱いで」
 端的に命じる。涼子には、体から、一切合切を取り去らせたいのだ。意味もなく裸足になって、ひんやりとしたコンクリートの地面に、足の裏を付けていればいい。
 その時、涼子が、香織に一瞥を向けた。短い間だったが、視線が真っ向からぶつかった。その眼差しは、憎悪と悲しみが入り交じった感じのものだったが、今、もう彼女は、唯々諾々とシューズを脱ぎ始めていた。
 ふと、香織は、早朝の水飲み場で、ばったり涼子に出くわした時のことを思い出した。
 あの一刹那、あたしの体を硬直させ、意識が吸い取られてしまいそうだった、涼子の澄んだ双眸。それが、こうして時間が経ち、今、涼子は、敗北の色に染まった眼差しを、香織に向けてきたのだ。夢想さえしていなかった状況である。
 目が合うというのは愉しい。
 よく映画などで、生殺与奪を握った勝者が、敗者に対して、『おい、こっちを見ろよ』とか『わたしのほうに顔を向けなさいよ』などと台詞を吐くシーンがある。勝者のほうは、決まって、野卑に笑ったり、薄笑いを浮かべていたりする。あの快感は本物なのだ。

 涼子は、惨めにも、香織の出した命令に従って、裸足でコンクリートの上に立った。
「さゆりっ。この南さんの姿、あんた、どう思う?」
 香織は、そばでしゃがみ込んでいる石野さゆりに、ちょっと怒った声で訊いた。まったくもってあきれたことに、今まで、さゆりと明日香は、くだらないお喋りに興じていたのだ。
「あっ……。ああ、うーん。セクシーだと思いますねえ」
 なんと安っぽい意見だろうか。
「そう感じているなら、ちゃんとカメラを用意しておくの! ほら、すぐに撮って」
「すいまっせーん」
 さゆりは、慌ただしくカメラを取ると、立ち上がってファインダーを覗いた。
「南先輩、そのセクシーな姿、写真に撮らせてもらいますねえ。でも、ちょっと顔を上げてもらえると、嬉しいんですけど……」
 しかし、涼子は俯いたまんまで、そのうえ、乳房のふくらみを隠すように、両手を交差させて胸を覆っていた。
 しかたなしに、さゆりは、その状態の涼子で、シャッターを切った。
 一枚は、それでいい。下着姿で恥じらう南涼子、だ。
「さゆり、次は、ちゃんと南さんにこっちを見てもらって。それで、あの手も邪魔だから、やめさせて。そうさせてから撮るのよ、わかった?」
 あえて香織は、涼子への要求を後輩にやらせることにした。そのわけは、さゆりにも、涼子に対して、嗜虐的な好奇心の赴くままに、遠慮なく言いたいことを口にできるようになってほしいからだ。年下の子に好き勝手なことを言われるのは、涼子にとって、より一層の屈辱となるだろう。
「はあ……」
 さゆりは、ちょっと戸惑った返事をする。涼子のほうに向き直ると、責任を誤魔化すかのような苦笑いの表情で、やおら言いだした。
「ごめんなさーい、南先輩。その手、どかしてもらえますっかっねえ。顔も上げて、カメラのほうを見て……。じゃないと、写真が撮れないんで。従ってくれないと、南先輩の裸の写真とか、バレー部の合宿費とか、どうなっても知りませんよお。香織先輩と明日香先輩は、恐いですよぉー」
 まあ、弱みをちらつかせたから、及第点といったところか。ただし、最後の、先輩がどうのというのは蛇足である。さゆり自身が、涼子から怖れられる存在になるのが理想的なのだから。

 それに対して、涼子は無力だった。あまりにも無力だった。
 両手を外し、そっと太ももに添えると、ほんのわずかに顔を上げ、三白眼気味の目でさゆりのほうを見る。その目つきには、憎悪と悲しみとが混在しているが、さっきより、悲しみの比重が大きくなっている感じがする。
 さらに、みっともなく、悔しげに唇を歪めて突き出していた。普段、教室で、快活な表情を見せている時に比べると、ずいぶんと不細工な顔である。
 だが、そんな涼子の顔は、嫌いじゃない。というより、実にいい眺めだ。香織は、じわじわと、体の熱が下腹部に集まってきているのを感じた。
 下着姿の涼子は、後輩によって、しっかりとカメラに収められた。

「南さん。昨日みたく、無理矢理、下着を取られたりするのは嫌でしょう? あたしたちも、そんな乱暴なことはしたくないの。だから、ちゃんと自分で脱いでね」
 香織は、それを言いたくて、うずうずしていたのだった。
「りょーちん、頑張ってえー」
 竹内明日香が、安っぽく手を叩きだした。
 やはり、目の前の女が下着を外すとなれば、がぜん興味を惹きつけられるものなのか。
 けれども、涼子は、この段になると、前日のように動作がストップした。まるで、無言のうちに許しを乞うているようにも感じられる。
 香織は、鼻で笑ってやりたくなった。
 羞恥心の限界で、無駄な悪あがきをする、あの子と、その様子を勧賞しながら、地に堕ちた蝶の羽を毟っていくがごとく、さらに苦しい状況へと追い込んでいく、あたし。この、絶対的な力関係が成り立ったうえでの、一つ一つのやりとりは、香織に、至高の悦びを与えてくれる。
「動きが止まってるよ、南さん。話し合いをしてあげようっていうのに、南さんは誠意を示せないわけ? それだと、合宿費を盗んだのは、あなたってことで確定だね」
 涼子の腕が、諦めたようにぎこちなく動きだす。
 自らの手でホックを外し、肩ひもを滑らせていく。巧妙に乳房の中心を腕で押さえながら、ブラジャーを抜き取った。ブラジャーも、涼子は、Tシャツやスパッツなどの上に載せる。
 涼子は、ブラジャーを着けていた時と同じように両肩を抱いて、できるだけ、乳首や乳房のふくらみを見られまいとしていた。
 そこで再び、香織は、後輩に出番を告げる。
 年下の女子生徒に脅迫され、痴態をさらしながらも目線をカメラに向けされられている、バレー部のキャプテン。サディストの血が刺激される、なんと異様な光景でしょうか。
 パンツひとつで乳房を隠している南涼子、もコレクションに追加された。

「最後のそれもね、ぱっぱっぱっと脱いじゃおうか、南さん」
 そんな簡単に、涼子が、香織と同じ女子高生が、やれるはずがないのを承知で言う。
 ついに、涼子が、意を決してというように、面を上げる反応を見せた。訴えかけるような目をして、小刻みに首を横に振っている。
 少しだけ、攻撃のバリエーションを増やしてみようという考えが、香織の頭に閃いた。
「なに首振ってんの? ふざけてんの、あんた……。苛立たせないで。とっとと脱げって言ってんの!」
 香織は、一転、苛烈な口調を試してみた。
 その怒鳴り声により、涼子の顔に、怯えの影が走ったのを見て取る。
 しかし、それでも、涼子の表情にあった哀願の色がさらに濃くなっただけで、手を動かそうとはしないのだ。香織への怖れよりも、パンツを脱ぐことに対する羞恥心のほうが強大だというわけか。そりゃあ、そうか。たしかに、そうだろう。
 思いがけず、涼子の口から、かすれた声が発せられた。
「脱げません……」
 いつもの涼子からすれば、別人のようにか細い声音だったが、そこには、確固とした意志も感じられた。
 これには、香織も少々驚いた。涼子が、とうとう敬語を用いるようになったのだから。ようやく、自分の立場を受け入れるしかないと悟ったか。それとも、媚びることで香織の情けを引き出そうと、一縷の望みをかけているのだろうか。
 いずれにせよ、香織にとっては、痛快この上ない展開である。そして、これは、涼子が、完全な屈服へと、一段階落ちたものとして捉えられる。
「脱げません、じゃないでしょ? なんでできないの? 脱げばいいだけでしょ!?」
 面白いので、もう一度、痛烈な言葉で責め立てる。自分の口から出ている台詞が、とほうもなく狂っていることは、自分自身が最もよく感じている。
 涼子の頭部が、失意の底に落ちていくかのごとく、垂れ下がっていった。もはや、理不尽な命令に抗議する気力も喪失したらしく、彼女は、押し黙ってしまった。
「なに黙ってんの? それでいつか許してもらえると思ってんの? ほら、一番恥ずかしいところは、手で隠してもいいからさ、パンツ脱ぐことはしなさいよ」
 すでに、この場は、香織の独壇場だった。序盤は目立っていた明日香も、今では鳴りを潜めている。もう、明日香の手助けも必要ない。
 昨日もそうだったのだが、ボルテージが上昇してくるにつれて、心身が酩酊感に支配され始め、徐々に理性が利かなくなっていく感じがする。壊れた暴走機関車と化した、情け容赦のない香織によって、涼子は、これから生き地獄の屈辱を味わうのだ。

 涼子のほうは、もう、まったく打つ手を思いつけないらしく、銅像のように身じろぎひとつしなくなっていた。
 揺るぎない力関係を基にした些細なやりとりを愉しめるのも、ここまでか、と香織は見切りをつけた。せめて、香織の不条理さに抗議したり、地べたに土下座して哀訴したりと、リアクションを見せてくれたなら、もう少し長引かせられるのだが。これでは、いつまで経っても状況が変わらず、埒が明かないと香織は判断した。
 もう、言葉で責め立てるのにも飽きてきた。とはいえ、涼子のパンツを巡る、涼子とのコミュニケーションは、極めて中身の濃い時間で、香織を充分に満足させるものだった。それだけ、ひとりの女子生徒が人前で脱ぐパンツには、重い意味があるということだ。
「まあったく……。やっぱり、自分じゃあ脱げないみたいね、南さん。あのさあ、黙りこくるとか、そういうとぼけた態度、すんごいムカつくんだけど」
 なんだか、演技で言っているのか、あるいは、本当に苛立たしく感じているのか、自分でもよくわからなくなってきた。

 香織は、酩酊感に背中を押されるように、煮え切らない態度の涼子に向かって足を踏み出した。
 頭を垂れていた涼子が、びくりと顔を上げ、じりじりと後ずさりしだす。その表情は、怯えによって引きつっていた。
 香織は、後退している涼子に詰め寄ると、両手を伸ばし、その腰をぐっと押さえた。涼子の体の皮膚が、まだ汗が乾いておらず、じっとりと湿り気を帯びているのが、掌から伝わってきた。
「ほらあ!」
 香織は、無意識のうちに怒号を発していた。そして、強引に涼子の体を引き戻す。
「いやあああ!」
 涼子が、獣の咆哮のような激しい声で叫んだ。
 尋常ではない嫌がりようである。たぶん、昨日、香織の手でパンツを下ろされた、あの悪夢が、涼子の頭の中でフラッシュバックしているのだろう。ちゃんと察しているのね、と香織はおかしく思った。
 香織は、涼子の腰に手を貼りつけた状態で、捕捉した肉感的な体が、厭悪によってがたがたと揺れる振動を愉しんだ。その振動は、ある意味、間接的に香織の下腹部を刺激するものだった。

「南さん、心の準備はいい?」
 もったいつけて涼子の恐怖心を煽りながら、さり気なく手の位置を変えて、白い綿の布地に指を滑り込ませる。
 香織は、上目遣いに、背の高い涼子の顔を見上げた。
 涼子の対応は、前日と同じだ。胸を隠すのを断念し、自分が身に着けている最後のものを両手で守ろうとする。
 申し分ない大きさの乳房全体が、反動でぶるりと揺れて、これまで、彼女が、頑なに視線から遮っていた乳首が、寒々しく露出する。
 香織にとっては、むろん、得も言われぬ眺めであった。
「ふうぅ……。ふうっ、ううぅっ」
 恐慌に襲われた涼子が、苦しげな荒い息を吐いている。涼子の人間らしい知性が、崩壊しつつある。
 そんな女の下着を、香織は、冷酷に引きずり下ろそうとしながら、『心優しい』忠告をしてやる。
「ねえ、南さん。女の子として、一番恥ずかしいところが丸見えになっちゃうよ。手で、隠しておいたほうが、いいんじゃない?」
 みっともなく取り乱したこの女に比べて、あたしって、なんてクールなんでしょう。
 すると、涼子は、あたふたしながら、両手を下着の中にねじ込んだ。
 その様子は、まさに滑稽の極みである。

 抵抗がなくなったので、涼子のパンツを、ずるずると太ももの位置まで下げると、蒸れた性器の臭いが一気に放出されて、香織の顔を包み込んだ。
 香織は、その臭気に顔をしかめながら、パンツを膝下まで下げていった。
 白い綿の布地の内側に、見事なまでに、縦長の黄色い染みがあるのを確認し、つい、にやけてしまう。最後の砦として、実にふさわしい代物だという感じがした。
「あ・し……」
 香織は、わなわなと体を震わせている涼子に対し、冷ややかな感じに、あえて言葉少なに告げた。
 脱がされた下着のことは、すでに諦めているらしく、涼子は、情けなくも、震える片方の脚をぎこちなく上げ、命令に従う。
 もう一方の脚が、どんと地面に着いたと同時に、香織は、汗とおりものとで汚れたパンツを、さっと手に持つ。今、涼子が、命がけで守っている部分に、さり気なく目を向ける。
「いやあっ。やめてぇっ……」
 涼子は、恐ろしい事態を予想したらしく、心底怯えたように後ずさった。
 その反応に、吹き出してしまいそうなのをこらえて、香織は、素早く右手を伸ばした。涼子の腕をつかみ、その場に留まらせる。
「えっ、えっ……、いや、やめてよっ」
 消え入りそうな涼子の哀願など、今の香織が意に介すはずがない。というより、むしろ、そういった声を耳にすると、涼子が精神の限界をさまよっている事実を再認識できて、嗜虐的な快感の度合いが、いや増すのである。

 それにしても、重ね合わせた両手で、必死に股を隠している格好は、まるで全身で恥を表現しているかのようで、エロティック極まりない眺めだ。しゃがんでいる香織は、涼子の腕をつかんだまま、下腹部を注視した。
 がっちりした涼子の体格からすると、当然、その手も、男並みに大きいのではないかと思っていたのだが、案外、そうでもない。香織のものとも、それほど変わりはなく、すべすべとした甲やこぢんまりとした指、綺麗な爪の形など、やっぱり、女の子の手だなあという感慨を受ける。
 自分と同じ、年頃の女の子の両手が、恥部をきつく押さえつけているのだ。
 そのような、むごたらしい状況へと追い詰めた張本人は、他ならぬ自分であるが、香織は、ふいに、その手に対して愛おしい気持ちを覚えた。レズ的な意味ではなく、純粋な愛情表現として、手の甲に、優しいキスをしてやりたくなったほどである。
 しかし、そんな甘ったるい思いは、極めて短い間で我に返るがごとく、香織の脳裏から雲散霧消した。
 そうなると、逆に、その女の子らしい『おてて』が、ことさらに香織のサディスティックな感情を掻き立ててくる感じがする。
 あらためて下腹部をよく見ると、まあ、なんとも、哀れで見苦しい光景なのだろう。
 涼子は、性器および陰毛の密生範囲を死守しているものの、両手のはしっこから、数本、太くて濃い縮れ毛が覗いてしまっているのだ。もちろん、涼子本人もそれに気づいており、恥ずかしさを痛切に感じていることだろう。

 ふと、香織は、ずいぶんと長い間、さゆりと明日香を差し置いて、自分ひとりが愉しんでいることに思い至った。ちょっと勝手すぎるなと反省し、いったん涼子から離れて、三人の陣形に戻ろうと思う。
 香織は、不吉な予感を与えるように、重ね合わされた手の甲を、意味ありげに指先でとんとんと叩いた。そうして、涼子の腕を撫でるように、手を上のほうへと滑らしながら、ゆっくりと立ち上がる。そのまま何気ない手つきで肩をぎゅっと握ると、日々の厳しいトレーニングを思わせる筋肉の厚みが、掌に感じ取れた。
 顔の位置が、香織と比べてだいぶ高い、涼子の表情を観察する。その顔つきからは、いまや、香織をひどく怖れるようになっていることが窺い知れた。要するに、次に何をされるのかと、常に戦々恐々としているのだ。
 せわしない呼吸音が聞こえてくる。
 不安と恐怖、それに耐えがたい恥辱も交じっているだろうか、そのせいで、涼子は、ひっきりなしに荒い息を吐いているのだ。また、そうやって、ぎりぎりのところで精神崩壊を防いでいる風情でもあった。
 いい……。とてもいい。まさに、至高の眺め。
 香織は、涼子の発狂する様を見たいわけではない。そんな状態になられては、一気に面白味がなくなってしまう。
 精神の限界を行ったり来たりしながら、苦痛に悶え続ける姿が、最も望ましいのだ。
 生かさず殺さず、獣じみてはいるが、獣ではない。その均衡は、常識的に考えてとても難しいのだが、好都合なことに、涼子のタフな精神力のおかげで、いい塩梅に保たれている。

 香織は、これほどまでの愉しみを与えてくれる涼子に対して、ちょびっとだけ感謝の気持ちを持って、その体を指先で撫でた。人差し指を、とん、と鎖骨の中心に宛がう。
 じりじりと指を下降させだすと、突然、涼子が、激しく肩を左右に振って、大声で喚いた。
「いやっ! 触らないで!」
 往生際の悪いことに、またしても涼子は、香織から逃げようとする。
 その瞬間、香織の頭の中で、何かがぷちっと弾けた。即座に、涼子の腕を鷲づかみにし、力任せにその裸体を引っ張る。
 両手で股を覆っている不自由な体勢の彼女が、ぎくしゃくと脚を戻されるたびに、外気に曝されている乳房が、浅ましく揺れ動く。
「痛い……」
 涼子が、悲しげな声をぽつりとこぼした。
 そこで初めて、香織は、自分の爪が、涼子の二の腕にきつく食い込んでいるのに気づいた。すぐに指の力を緩めてやったが、乱暴な手つきになったのは、香織の腹立ちの表れだった。
 涼子が嫌がるのも当然だと思っているし、人間として間違っているのも自分だと承知しているのだが、なぜか、再三にわたって逃げようとする涼子の態度が、癪に障ったのだ。
 主従関係における主人のほうは、従者の、ほんの些細な言動にさえ激昂する。今の香織は、ああいった心理状態なのかもしれない。
「ああ……。ごめんね、南さん。ちょっと痛かった? でも、あんまり何度も逃げられると、こっちも、頭に来るからさ。じっとしててよ」
 香織は、冷えきった口調で言った。
 もう一度、裸体の鎖骨のあたりに指先を突き、徐々に下げていく。

 涼子の乳房は、豊満であるが、巨乳という表現は適切でないぐらいの大きさで、谷間から両脇へと抜ける下部のラインが、とても扇情的な曲線を描いていた。乳輪の直径もほどよく、極めて整った円形である。最先端には、剥き出しになって痛々しげな様相を呈している、紫がかった赤い色の乳首が、つん、とこちらを向いている。
 双方の乳房の先端部分を眺めていると、なんとなく、意思を持った両眼のように見えなくもない。
 この、神経の集中した鋭敏な突起を、つまんで、きゅっと締め付けたら、涼子は、あられもない反応を示すだろうか。頬を赤らめたり、だらしなく口を半開きにしたり、艶めかしい声を発しちゃったりして……。
 そんなわけないよな、と香織は心中で笑った。ものすさまじい拒絶的な反応を起こすに決まっている。
 なんだか、だんだんと、目の前にある、肉感的な体と豊かな乳房が、香織は、妬ましく思えてきた。自分は、永遠に手に入れられないもの……。
 すっとしない感情を、涼子の裸体に宛がっている指先に込めて、汗ばんだ胸の谷間を下降していく。
 涼子の喉元から、ごくっと生唾を飲む音が聞こえた。
 香織は、乳房の間に指を突いたまま、口を開いた。
「ねえさっき、触らないで、とか叫んでたよねえ? もしかして、おっぱいのこと言ってたの?」
 上目遣いに、涼子の表情を窺う。困惑したように、また、恥ずかしげに唇を窄めて、香織の視線から逃げた。
「馬鹿じゃないの。なに、自意識過剰になってんの? おっぱい触るなんて、あたし、一言も言ってないんだけど」
 小馬鹿にしてやってから、留めておいた指先を、一気に、へそのほうにまで下げる。そうして香織は、ようやく踵を返した。

 涼子が身に着けていたものは、地べたに乱雑に積まれているが、パンツだけは、香織の手中にある。
「ごめーん……。あたしだけで勝手にやっちゃって。いちおう、南さん、裸になったからさ、これから、どうしよっか?」
 打って変わって友達同士の口調で、しばらく自己中に走ってしまったことを、さゆりと明日香に素直に謝る。
 それから、手に持っている戦利品を、まず、出し抜けに、後輩の胸元に押しつけた。
 虚を衝かれたさゆりは、白い布地を受け取るも、直後にしかめっ面になった。
「ちょっ……。香織先輩、いきなり、やめてくださいよっ」
 こんな汚いものを、という言葉が続きそうだった。
 抗議を無視して、香織は言う。
「さゆり、それ、広げて見てみなよっ」
 なにかを察したのか、さゆりは、苦々しげにも期待しているようにも見える感じに口元を歪め、両手の指で布地の端を持った。その中に視線を落とすと、一オクターブ低い声音でおどけてみせる。
「おっわぁ。この染みは……、昨日よりも、えらいことになってますねえ」
 やっぱりこの後輩は、いい味を出すやつだ。
「どーれぇ。あたしにも見せてぇー」
 写真やプリクラに群がる生徒のように、明日香も寄ってくる。彼女は、さゆりから目当てのものを手渡されると、指で器用にひっくり返して、股布の部分が上にくるようにした。
「りょーちん……。ふふっ……、ふふふっ……」
 明日香は、奇妙な甲高い笑い声を、くつくつと口元から漏らし続ける。フランス人形を想起させる美貌には、香織でさえ、少々、背筋がうそ寒くなるような、凍った微笑が張り付いていた。

 ひとしきり涼子の下着をもてあそんだ後、この日、幾度目かの写真撮影を行うことになった。
 へらへらと歯を覗かせているさゆりが、裸の涼子に向かってカメラを構える。
「もっちょい、ちゃんと、こっちを見てもらえますっかねえ……。はい、うん、そのままそのまま。……かっこいいですよ、南先輩。じゃあ、撮りますねえ……」
 表面上は、先輩に対する敬語を使っているが、もはや、完全に涼子のことを舐めきっている。
 全裸になって、股だけを隠しながら、カメラに目線を合わせている南涼子、もコレクションに追加された。

 バイタリティー溢れるさすがの涼子も、一見して、精神をひどく消耗しているのが感じ取れる。
 香織は、そんな涼子の前に歩み寄り、たった今、彼女の体から脱がしたばかりのパンツを、両端を指でつまんで掲げてみせた。これ見よがしに、布地を伸び縮みさせる。
 全裸にさせた女の眼前で、彼女がさっきまで着けていたパンツを、皮肉を込めて見せつける快感。
 涼子が、恥辱に染まった顔つきで、じっと、こちらを見ている様は、香織の下腹部をどくどくと熱くさせてくれる。今、香織がつまんでいる涼子のものより、自分の下着のほうが、よっぽど大変な状態になっていることだろうな、と心の内で苦笑する。

「南さん、なんだか、ずいぶん恥ずかしそうにしてるけど、だいじょうぶ……? これから、もっときつくなっていくと思うけど、我慢してね。昨日は甘くしてあげたけど、今日は、そういうわけにいかないから。……んで、そろそろ、その手をどけてほしいんだけど」
 意外にも、涼子は、かすれてはいるものの、はっきりした声音で返してきた。
「いやっ。もう……、ほんとうに、やめてっ!」
 凛々しい顔立ちが、必死の形相に崩れている。
 涼子が拒絶するのは、あらかじめわかっていたので、香織は、頭に溜めておいた次の台詞をぶつけた。
「そんなに、そこは嫌なの? じゃあ、しょうがないから、後ろのほうから調べることにする。でも、昨日とは違って、今回は、ちゃんと調べさせてもらうけど」
 南涼子が、どこまで、屈辱に耐えられるか、ただの発狂した獣に成り下がらず、女としての恥じらいを持ち続けていられるか、それが見物である。
 背後では、さゆりと明日香も、それぞれに小さく笑い声を立てていた。





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