第六章〜穢れなき罪人


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第六章〜穢れなき罪人




 卑猥で汚らしく、臭くて下品。思春期の女として、あまりにも無様な、南涼子。ひとりだけ全裸になり、剥き出しのおしりをさらし、剛毛に包まれた性器を覗かせている有様とは、そういうものなのだった。
「うっ! えぇっ……?」
 びくっと涼子の背中が反り返り、意味不明な声が漏れた。背中の筋肉を左右に割る、艶めかしい背筋の窪みに、香織が人差し指で触れた瞬間のことだった。
 香織は、人差し指をじりじりと下げていく。
「いやっ、やめてっ……」
 涼子から、またしても無力な声が発せられた。
 いや、とか、やめて、と口にしたところで、香織が躊躇や遠慮などするはずのないことは、涼子自身も頭では理解しているはずなのだ。それでも、耐えがたい性的な恐怖感が、彼女にそんな言葉を出させている。
 隣にいる石野さゆりは、万策尽き果てた涼子の絶望を帯びたその声を聞いて、にたにたと口端を曲げていた。香織は、後輩と目が合うと、見てなさいよ、と合図を送った。
 背筋の窪みは、腰骨のあたりで終わっている。だが、そのまま南下すれば、おしりの割れ目に辿り着く。
 香織の指先が、浅黒い臀部の割れ目をなぞりだした時、涼子の肉体は、恥辱に悶えて弓なりになり、伸びをしているみたいに踵が地面から浮いていた。
 まさに、絶景。
「やっ……、もうっ! ほんとやめてよっ!」
 やや声音が震えていたが、地響きのするような凄まじい絶叫が轟いた。涼子が、激しく肩を横に揺すりながら、香織の辱めから逃れようとする。またしても誓いの言葉を破り、暴力による抵抗を始めたのだ。
 ほとんど体当たりの衝撃に、両腕を絡み付かせていた竹内明日香は、甲高い悲鳴を上げて後ろによろめいた。
 
 涼子は、両手で恥部を覆った不自由な体勢でありながら、持ち前のパワーで、明日香の拘束を振りほどいていた。今は、肩を上下させながら荒い呼吸を繰り返している。もう我慢できない、という強烈な感情が、その裸の背中から、湯気のように立ち上っているように思われた。
 香織は、小さく舌打ちした。この女が暴れたのは、いったい何度目だ。いいかげん、性的な苦痛に耐えざるを得ない、自分の下等な立場を自覚し、これしきのことで暴れたりしないでほしいものである。それが勝者側の、香織の見解だった。
 憤怒収まらぬ風情の涼子が、やおら体の向きをわずかに変え、意を決してというふうに首を巡らした。切れ長の双眸で、背後の香織とさゆりを捉える。彼女の両眼は、憎悪や悲しみなどが色濃く宿っているかと思いきや、そうでもなかった。目の表面の粘膜が、どこか乾き切っているように見え、むしろ無感情そうな印象すらある。
 さゆりは、涼子がこっちを見たとたんに、そっぽを向いて素知らぬ振りをしていた。あたしは、ほとんど何もしてませんよ、南先輩、とでもいうふうに。
 涼子は、とぼけた後輩には一瞥をくれただけで、主犯である香織のことを真っ直ぐに見下ろした。
 その視線を、香織は真っ向から迎撃した。掌に、じんわり汗が滲んでくるが、全裸で股を隠している女の、いったい何を恐れなければならないというのだ。
 なに見てんだよ、南……。惨めにおしりを丸出しにしている、あんたのがん付けなんて、ちっとも迫力ないんだよ。
「なぁに?」
 香織は、挑発的な語気で訊いて、不敵な表情を作った。言いたいことがあるなら、言ってごらんよ。
 かさかさに乾いたような両眼で香織を直視していた涼子が、口を開きかけた。
「ふうっ!」
 だが、思わぬことに、耳に返ってきた涼子の声は、息を詰まらせたような頓狂なものだった。と同時に、涼子の体それ自体もが、もの凄い勢いでこっちに迫ってきた。あやうく香織の顔面が、剥き出しの臀部にくっつきそうになったが、とっさに腕でガードする。
 あさっての方向を見て油断していた、さゆりの横っ面には、涼子の太ももが直撃した。さゆりは、不意の衝撃に、何が起こったのかわからない表情で、横顔を押さえる。
 事態が呑み込めないのは、香織も同様だった。何事かと目を転じると、なにやら、涼子自身が誰より驚き戸惑っている様子である。

「りょーちんっ! 約束破ったのこれで何度めー? さっきから痛いって言ってんでしょぉ!」
 突然、空気を切り裂くように高音の、怒気を帯びた明日香の声が、耳朶を打った。どうやら、涼子に撥ね飛ばされて、ひどく腹を立てているらしい。
「えっ……。ちょっと、なにっ」
 明日香と対照的な涼子のアルトヴォイスも、必死の調子で応酬する。けれども、今の明日香の威勢に比べて、涼子のほうは、色々な意味で余りにも脆弱だった。
「もーう許さない、りょーちん。暴力振るったこと、ぜぇーったい、後悔させてあげるから」
 明日香の声音は若干落ち着いたが、それでもまだ、多分の怒りを含んでいる。そして言い終えるなり、がむしゃらな両手で、涼子の肩を勢いよく突く。
 涼子が大きくバランスを崩し、筋肉質な長い両脚が、香織とさゆりの体に激突してくる。
 香織は、ようやく合点した。一度目の衝撃も、立腹した明日香による不意打ちが原因だったのだ。
 明日香には、涼子の体の陰で屈んでいた友人のことを、少しでも考えてもらいたかった。かなり驚かされたし、結構痛かった。
 それにしても、明日香は、普段は甘ったるいが、案外、キレさせたら恐い存在なのかもしれない。今は味方なので、その潜在能力が頼もしいとも思えるが。まあ、なんにせよ、攻撃の矛先が涼子に向かっているなら、香織的には全然オッケーなのだ。
「今日撮った裸の写真も、ぜーんぶバラすからぁ、みんなから変態あつかいされたうえにぃ、合宿費盗んだ罪でー、学校もー、退学になったらいいよっ」
 明日香の攻勢は、まだ続く。口調が平静に戻ってきたのと反比例して、言葉の内容は、どんどん過激になっている。
「い……、いや……」
 今にも泣きだしそうに思えるほど悲しげな涼子の声が、ぽつりとこぼれた。
 香織は、にやりと笑う。結局のところ涼子は、明日香の言ったような脅迫の内容が、本当に現実のものとなることを、何よりも恐怖しているのだ。
 実直な性格で、勉強も部活動も全力投球。自然と人望も集め、伸び伸びとした高校生活を送りながら、おそらくは、将来への青写真もしっかりと思い描いているはずの、南涼子。むしろ、そんな生徒だからこそ、この手の弱みが、面白いほど効力を発揮する。
 クラスメイトやバレー部員たちに人格を否定されること、そして社会からのドロップアウト。そのような事態は、涼子にとって、今までの人生で積み上げてきた輝きを、すべて失うようなものなのだ。
 
 言い返すこともできない哀れな涼子の裸体を、明日香は、またしても突き飛ばした。踏ん張りきれない涼子の脚が、勢いよく後退してきて、香織たちにぶつかってくる。
 さゆりが、大げさに溜め息を吐いた。
「せんぱーい。さっきから痛いんですよっ。それに、この、汚いけつ、ホントどうにかして!」
 軽蔑と不快感の混じった罵りを浴びせ、涼子の太ももに手を宛がうと、その下半身を邪険に押し返した。涼子が明日香の脅迫に怯んだとたん、調子づいて態度を急変させるところは、いかにもさゆりらしい。
 まさに四面楚歌という状況で、へどもどするばかりの涼子に、明日香は、まだ追い打ちをかける。
「なんとか言ったらぁ? りょーちーん。誓ったことを守らなかったんだからー、ちゃんと誠意見せてよ。……土下座くらいはぁ、しよっかぁ?」
「えっ。え……、そんな」
 もはや、まともに言葉も出てこない有様の涼子。
 もう少し続きを見ていたい気もするが、香織は、この絶対的な形勢をうまく利用しようと考えた。
「明日香、もういいよ。南さんも反省してるだろうから、許してあげようよ。だから、明日香もこっちに回ってきなよ」
 涼子の体を物理的に拘束する必要は、もはや、皆無だと感じ取ったのだ。性感帯への直接刺激など、これまでと段違いな苦痛でない限りは、『言えば聞く』はずだ。
「南さんは前を向いたまま動かないで。わかってると思うけど、次は、本当に許さないからね。じっとしてて」
 香織は、冷然とした口調で告げる。なおもぷりぷりした態度の明日香が、香織の隣にやってきた。
 背後に三人が揃うと、髪の毛の乱れた涼子の頭部が、絶望の底に沈んでいくかのように傾いていった。
 
 笑いもせず、無言で腰に手を当てている明日香だが、その眼差しは、涼子の一糸まとわぬ後ろ姿に、魅入ったように向けられている。彼女の目には、どう映っているのかと思う。
 香織は、涼子の背後に屈み込んでから今に至る、時間にして十数分ほどの間に、若輩ながらも、ある一つの真理に行き着いた。
 女の肉体の本質は、体が動いた時に現れる脂肪の揺れ具合にある、ということ。だらしなくぶよぶよと震えるのは醜いし、ほとんど震えないのも貧相である。頑健でしなやかな筋肉が下地にあることを思わせるような、弾力的で激しい揺れ方が、理想の肉体を暗示するものと言えそうだ。
 香織の文字通り目と鼻の先に、全裸で立っている女が、まさしくそうなのだった。
 醜態をさらした状況下でありながらも、そんな美点を見る者に印象づけるところなどは、腐っても鯛、さすがは南涼子、か。
「さゆりっ。この後ろ姿、撮って」
 涼子の肩がびくりと動き、こちらに体を向けるような素振りを見せる。剥き出しのおしりを写真に残されることに、恐怖を覚えたのだろう。
「なにー? 南さんっ。落ち着かなそうだけど……。言いたいことあるなら、なんでも言っていいんだよ? でも、ちゃんと前を向いたままで、いてね」
 香織は、冷笑的に揶揄してやった。その冷たい牽制で、涼子は、すべてを諦めたかのように全裸の体を止め、うなだれる。
 さゆりが、涼子の真後ろに陣取り、デジタルカメラを構えた。
「何枚も撮ったほうが、いいですよね? 全身を撮って、それからあと、おしりをアップにしたり、角度を変えたりして……」
 さゆりは、うきうきとした調子で、勝手に構想を語りだす。
 これで、でっかくて汚らしいおしりを無様にさらしている南涼子、もコレクションに追加されるわけだ。
 陰鬱な体育倉庫の地下に、三人のせせら笑う声が響く中、異質なシャッター音が、幾度も空間に弾き出された。

 涼子は、目を合わそうとするようでいて、決して誰とも視線を絡ませなかった。その視線は、捉え所のない感じに、斜めに行ったり来たりして漂っている。今、面を上げているのは、彼女の最後の矜持のように思われた。
 涼子の前に戻ってきた香織たち三人の腹にある、共通で唯一の目的は、涼子が相も変わらず両手で押さえている部分を露出させることだった。
 機運は熟していた。あれこれと段階を踏んできて、すでに、やるべきことはそれしか残されていない。涼子本人も、そんな空気を肌で感じているに違いなかった。
「南さん。もうわかってんでしょ? 早くして」
 切り出す台詞を選ぶのに、香織は、なぜか緊張を覚えた。
 涼子は、一瞬、切れ長の双眸を発言者の香織に向けるが、すぐに視線を逸らした。
 やっぱり目が合うのは愉快だ。それに、なんだかドキドキする。涼子を相手に、なにかリスキーな駆け引きを行っているような気分にさせられるのだ。むろん、実際には、香織の圧倒的勝利に終わるわけだが。
 香織は、軽く息を吸うと、もう一度、同じ意味を示す言葉を吐いた。
「これは南さんの……、義務みたいなものなんだよ。ほら、両手をどかして、気をつけして」
 すると、ほとんど間を置かずに、涼子が声を絞り出すように言った。
「もう……、おねがいです。やめてください……」
 その言葉遣いは、誇り高い涼子が、ついに自分の下等な立場をわきまえた証拠だった。だが、香織の道義的な感覚がすでに麻痺しているせいか、特別、新鮮味を感じない。もはや、そんなことは当然だと思われるのだ。
「は? 何言ってんの……? ねえー明日香ぁ、南さん、ムカつかない?」
 香織と横目が合うと、明日香は薄笑いの表情になる。氷の女王。そんなイメージを彷彿とさせる、そこはかとない残虐性を匂わせる表情だった。
「りょーちん。さっき体当たりされたところぉ、まだ痛いんだけどぉ……。これ以上、反抗されるとぉ、ほんとーにムカついてくるなあ……」
 もはや、涼子はなんの返事もしなくなった。
 短い沈黙の後、明日香は、突き放すように言う。
「どうしても無理なのぉ? りょーちん。だったら、べつにいいけど……」
 たぶん明日香は、脅迫の言葉を継ぐつもりだろうが、香織は、押し黙っている涼子の態度に我慢ならなくなり、自らの口で、決定的な窮地に追い込んでやることに決めた。
「だーからー! 『そこ』隠しててどうすんのよっ。手をどかすか、あくまで反抗するのか、どっちかはっきりして。べつに嫌ならいいけどさ。でも、あとで困るのは、あんた自身だからね?」
 猛り立った香織は、痛烈な語気で涼子に迫った。
 そこまで聞くと、涼子は、力なく瞑目した。そうしてうっすらと瞼を開き、恥部を押さえていた両手を、そろそろと動かして腰につける。耐えがたい恥辱のためか、両手の指が、太ももの皮膚に食い込んでいた。

「えっ……」
 のっけに声を発したのは、意外にもさゆりだった。
「ええーへえ……?」
 次に明日香が、間の抜けた笑い声を上げつつ、香織の肩を、さりげない手つきで押してくる。根が単純な明日香は、それを見たとたん、機嫌を取り直してしまった様子である。     
 彼女たちの反応は、もっともだと思う。香織はといえば、かなりの驚きを覚え、思わず見入ってしまっていた。
 陰毛が、岩礁を覆う藻のように黒々と恥丘に茂っていて、目を凝らしても、裂け目の筋はまったく視認できない。何よりも驚愕させられたのは、密生範囲の広さだった。みっともないほど逆三角形に陰毛が生え揃っており、その上辺は、いずれ臍にまで届くのではないかと疑いたくなるような高位置なのだ。
 この年になれば、体は、もう大人として成熟している。だが、少なくとも、うちの学校内には、これほど夥しく恥毛の生えている女子生徒が、ほかに何人もいるとは想像できなかった。
 けれども、涼子の性格や、部活動に明け暮れている高校生活などを鑑みると、日常的な日々を送る分には、そんな『ボーボーの状態』も、特に気にする問題ではなかったのかもしれない。では、今この瞬間はどうか。赤の他人の前で全裸になるという、イレギュラーな事態に襲われては。やはり、さすがの涼子でも、それが見苦しい恥だと思わずにはいられないだろう。
 そんな涼子の恥丘を確認するに至り、香織の中で、おおよそ予想は付いていたが確信に変わったことがある。この子は処女だ。

「ねえ、手を上げて……。万歳みたいに」
 現在、涼子の心身は、計り知れないほどの恥辱に蝕まれているだろうが、そんなことは一顧だにしていないふうに、香織は命じた。
「えっ……」
 涼子は、ぽつりと低い声をこぼし、もぞもぞと狼狽したように体を動かす。
 従うのが恥ずかしいために躊躇しているのか、あるいは、極限の状況で、頭の回転がひどく鈍っているのだろうか。理由はどうでもいいが、香織にとっては、そうやってぐずぐずされるのが、いちいち癇に障る。
「万歳って言ってんのっ。早くやってよ」
 苛立ちを露わにしながら、仕方なくジェスチャーしてやる。
 観念したというより、何かに憑かれた雰囲気を漂わせながら、涼子が両手を上げてゆく。だが、静止した体勢は、控え目すぎる万歳で、香織の納得できるものではなかった。
 あー、もう……。いらいらさせんなよ、この、惨めな素っ裸の豚のくせに。
「もっと! しっかりと上まで、ぴんと伸ばすの!」
 そうして、ようやく涼子の体勢が思惑通りになると、香織は、ほくそ笑んだ。
 実は、あることによって、香織は、ひそやかな勝利感みたいなものを募らせていたのだった。小学生の終わりか、中学に上がって間もないあたり、だいたいそんな年頃から、香織がずっと抱き続けていた自説。
 体つきがよくて肉感的な女の子は、たしかに、豊満なバストや魅惑的なヒップを備えている。だけど、そういった体の発育に恵まれている子は、全身のありとあらゆる細部まで、すごく発達していると考えて差し支えないだろうから、反面、体臭がきつかったり、毛深かったり、おしりが汚かったりという『汚点』も、比較的多くあるに決まっているのだ……。
 この法則は、なにより根拠が薄弱だし、色気のない自分の体に対するコンプレックスや、自分とは対照的なボディラインの女の子に嫉妬する感情から、香織が無理矢理、捻りだしたものである。認めたくはないが、香織自身、心の奥底ではそのことをわかっていた。
 しかしながら、現在、南涼子の肉体の検分を進めていくうちに、あの空中楼閣の法則が、しだいに実証されつつある気がしてならなかった。
 そのため、もう一つ、調べるのを怠ってはいけない箇所があった。高校生にもなれば、例外を除くほとんどの女子が、気を遣い、手入れを施している部分である。
 
 はりつけの刑みたいな風情の涼子に向かって、香織は、もったいぶるような足取りで歩いていった。何をされるのかと、びくついている涼子の真ん前に着くと、出し抜けに、彼女の右腕を両手でつかみ、腕を下ろせないように押さえ付けておく。
 ぴんと張った脇の皮膚に、香織は、ゆっくりと顔を寄せた。
「えっ……、ええっ」
 香織の意図に気づいた涼子が、頬を引きつらせて悲嘆の声を漏らした。
 強烈な屈辱や激しい嫌悪感によるものと思われるが、涼子の腕がひどく震えており、それが香織の両手にも伝わってくるのだった。だが、香織は当然、そんなことはお構いなしに、これは正当な権利に基づく検査だとでも言わんばかりの態度で、そこをまじまじと調べ始めた。 
 部活で運動着になるためか、こっちのほうは、下の毛とは違って、わりと処理に気を配っている感じだ。けれども、手入れがなければ、濃くて太い毛が多量に生えるのだろうことは、疑う余地がなかった。
 ぶつぶつとした黒い毛穴が、びっしりと楕円状に広がっているのだ。汚らしい見た目にたがわない、酸っぱい臭いまでもが、香織の鼻腔に流れ込んでくる。
 的中している……。簡単に言ってしまえば、肉感的な女の子の体は、普通の子より不潔。香織が強引に案出した、あの法則は、あながち間違ってはいなかったのだ。いや、涼子の裸体の解剖によって、正しかったことが証明されたと捉えてもよいでしょう。名付けて『南涼子の法則』である。
 香織は、ひそやかな勝利感と共に、なにやら自分が高揚しているのを感じていた。

「ちょっと明日香ぁ、あんたも見てごらんよー」
 後ろを振り返って、友人を呼ぶ。
 明日香は、興味津々の顔でやって来て、反対側の涼子の腕をそっと押し上げた。そして、脇の肌を一目見ると、またもや大胆な行動に出た。ほとんど涼子と背丈の変わらない明日香は、すっと腰を落とし、そのほっそりとした鼻先を、脇の下へと突っ込んだのだ。
 真面目腐った顔つきで、涼子のフェロモンの刺激臭を吟味する明日香だが、つと、香織のほうに目配せすると、吹きすさぶ風の音のような声音を発して笑いだす。
 香織には、ちょっと真似できない大胆さだった。明日香だから変態的な印象を与えないのだ、という思いが、先程と同じように頭をよぎる。
 視線を上げて、涼子の表情を窺った。微妙に恥ずかしい細部である両の脇の下を、あけっぴろげにし、そこを二人の女に検められる心境は、どんなものだろうか。その口元が、絶えずぴくぴくと痙攣しており、頬全体が、どことなく赤らんでいるように見えた。
 
 そうして香織と明日香は、どちらからともなく涼子の脇の検査を終えた。すると涼子は、打ちのめされたように、かすかな嘆息をこぼし、両腕を下ろそうとする。
 そこで香織は、目ざとくストップを掛けた。
「待って。腕下ろしていいなんて、誰も言ってないでしょ?」
「えっ……?」
 憔悴しきった涼子の顔が、こちらを向く。
「だっからー。勝手な動きしないでほしいのっ。腕は、まだ上げたまま」
 まったく、苛つく……。あたしを苛つかせないように、もう少し考えてよ。この、不潔な臭い豚のくせに。
 涼子に対する、苛立ちや軽蔑、嗜虐心などが、じわじわと膨れ上がっていくさなか、ふと、香織の脳裏に、絶妙な素晴らしいアイディアが閃いた。 
 再び、涼子が万歳の体勢に戻った後、香織は、脇の下の剃り跡を眺めながら、逸る気持ちを抑えて質問した。
「あのさあ、南さんさあ、毛の処理はするの?」
 直後、涼子の黒目が上下に揺らいだ。数秒待ったが、答えは返ってこない。
 執拗に問い質す代わりに、香織は話を続ける。
「ちょっと説明しにくいんだけどさ、南さんの体は、あたしの考えてたことの立証になったの。まあ、なんというか、現状保持したいからさ……、脇毛の処理は禁止ね。剃っちゃ駄目」
 涼子の形相が変わり、呻き声の混じった荒い息が吐き出される。
「なっ……。なんで……?」
 その反応はもっともだと、香織も思う。けれど、理由を理解させるように説明するのは難しいし、する気もない。結局、わけを一言で言うならば、涼子がそうしてくれたほうが、香織にとって面白いからなのだ。
「体の状態の保存だって言ってんの。あと、南さんが容疑者だからってのも、理由の一つかな。脇毛はもちろん、まん毛も処理しちゃ駄目だよ。どのくらい生えてたか、ちゃんと覚えたからね。あっ、それと……、おしりの穴の周りの毛もね」
 香織は、言い付けを終えると、つい、にやけてしまった。
 涼子のほうを見やると、その喉元が、ごくりと波打った。天に自分の運命を問うかのように、涼子の虚ろな眼差しが、遠くに向けられる。
 香織は、おかしくて堪らなくなり、笑いながら付け加えた。
「そんなさー、人生終わったみたいな顔しないでよっ。だいじょうぶ。伸ばしっぱなしにしろっていう意味じゃないから。処理したい時には、あたしに言ってくれれば、代わりに剃ってあげる。……でも、家で勝手に処理してきたら、絶対に承知しないからね」
「ひどーい、香織ぃ。りょーちんがー、かわいそー」
 明日香が、横から口を挟んできた。だが、その愉快そうな抑揚と、顔に浮かんだ薄笑いは、香織の案に対する同調と賛辞を示していた。
「だって、悪いのは、お金を盗んだ南さんじゃない?」
 弾む声で相づちを打って、後輩のほうへ戻る。さゆりの出番を告げるために。

 依然、涼子には、万歳の格好をさせている。香織たち三人は、涼子と適度な距離を取って並び、その様子を眺めていた。
 ずっと腕を上げさせているので、肉体的にも、かなり苦しいはずだ。だが、そういった類の苦痛を与えるのは、香織の本意ではない。目的はあくまで、辱めによって、精神の限界をさまよわせ続けることにある。
「じゃあねえ……、南さん。今度は、頭の後ろで手を組んで、刑務所の犯罪者みたいに。……ってゆうか、南さんは、ホンモノの犯罪者だけどね」
 香織は、清廉潔白の身である涼子が、悔しさに歯ぎしりしそうな言い回しで、次の体勢を指示した。
 それでも涼子は黙って従った。力なく腕を動かし、両手を頭の後ろへやる。
「うわぁ……。裸でそーやるとぉ、ホント罪人って感じぃ」
 明日香が、驚嘆と軽蔑の混じった呟きを口にする。
「ほらっ。ちゃんと胸を張って顔を上げてっ。こっちを向かないと、撮れないでしょっ」
 どぎつい注文を付けながら、香織は、ここまで非情になれる自分自身のことを、少々意外にも思っていた。
 一線を越えてしまったという感が、再燃してくる。第一、あたしは、この子に憧れみたいな気持ちを持っていたんじゃなかったっけ。なんで、こんな、とんでもない格好を強制しているんだろう。根本的な原因を忘れてしまった気がする。……でも、まあ、いいか。
 だって、今、あの南さんが、素っ裸で、完全な服従のポーズを取っているんだもの。罪人みたいな。あるいはまた、憎らしいほど形のよい豊満な乳房と、包み隠しのない陰毛が、週刊誌のグラビアに載るAV女優をも思わせる。
 南涼子の無惨な成れの果て。そして、彼女を、こんなふうにまで追い込んだ、あたし。強力な権力を握った、冷酷なサディストの、凄いあたし……。
 香織は、誰にも気づかれないように注意しながら、さり気ない手つきで、スカート越しに下着をつまみ、性器に食い込ませた。
 嗚呼……。うっかり淫らな声を漏らしそうになるが、なんとか自制する。愛液が溢れ出し、股間の肉までもが濡れ始めていた。帰りの電車の座席には、とても座れないな、などという下らぬ思いが、一瞬、脳裏をよぎった。
「しっかり、撮らせてもらいますからね、南先輩……。ちゃんと、カメラのほうを見てて下さいよ」
 もはや、涼子をもてあそぶことを、積極的に愉しんでいる後輩の声で、ふわふわとしていた香織の意識が元に戻る。
 明日香が、いつもの、笛の音に似た笑い声を立てる。それを合図としたかのように、さゆりは、シャッターを切り始めた。
 さながら罪人のポーズで、アンダーヘアーまでさらしている、紛れもない南涼子、がコレクションに追加されるのだ。さゆりが何枚も撮り続けているので、たぶんほかには、顔面や乳房、脇の下、恥部のアップまでも。
 
 



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