第九章〜肉塊


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第九章〜肉塊




 全身が恥の肉塊と化している。自分の動作のすべてが恥だと感じる。相手と目を合わせることはおろか、身じろぎしたり、小さな咳払いを漏らすのにも、刺すような屈辱感が伴う。
 消え入りたい……。南涼子の頭の中を漠然と占めているのは、その一念だった。戦意や復讐心は、暗い失望となって心の底に澱んでいた。
 
 主導権を握った吉永香織が、威圧的に言う。
「聞こえなかったの? ボディチェックするから、両手を頭の後ろで組んでって言ってんの」
 涼子は、恥部を押さえている両手に意識を向けた。掌には、ざらつく陰毛と、こんもりと盛り上がった肉の触感がある。この手をどかせというのだ……。にわかに体をこわばらせる拒絶感が走り、両手にぐっと力が入る。幾つかの指は性感帯付近の柔らかな肉に沈み込んでいた。
 香織が、大げさに溜め息をつく。
「あのさ……、何度も言ってるけど、そうやって都合悪くなると黙るの、やめてくんない?」
「えっ、でも……」
 ぽつりと声を出したものの、言葉は続かない。そもそも、思考回路も喜怒哀楽もまともでない相手には、話など通じない気がする。
 涼子は途方に暮れて黙りこくっていたが、つと、香織は目を細めて目ざとそうな眼差しになり、そして、なにやらにたにたと笑った。
「てゆうかさ……、南さん。そこんとこ、手で強く押しつけてるけど……。あんた、それ、もしかしてオナニーしてんじゃないの?」
 野卑に光る香織の両眼が、涼子に向けられる。香織の発言に、涼子の両わきにいる二人が、失笑交じりの驚きの声を上げる。彼女たちは、せかせかと動きだした。
 まったくもって意味不明である。頭の中が一時的に錯乱した。なにを言ってるんだ、こいつは……。
 だが、前に並んだ三人の女の目が、自分の下腹部をあからさまに直視しているのに気づき、我知らず恥部を守る両手になおさら力を込めていた。
「げっ……。たしかに隠してるだけにしては、不自然な感じしますね。もしかして南先輩、実はこういうシチュエーションが好きとか?」
 石野さゆりが、軽蔑と嫌悪を含んだような苦笑いで訊いてくる。
「ええー、りょーちーん。なに……、今、気持ちよくなってる真っ最中なのぉー!?」
 続いて、竹内明日香の嘲笑を浴びた。

 こいつら、いかれてる……。涼子は、ようやく、三人の言わんとしていることを呑み込んだ。
 視界が歪む。立ち眩みを起こしたのかもしれない。今、涼子の心と体には『穴』が空いている。香織はそこをほじくってきたのだ。
「ボディチェックの際に、脚を開かせて調べてみよっか? もしかすっと、毛がべたついてるかもしんないし」
「うーん……。なんか、ちょっと見てみたいような気も……」
 およそ同じ学校の女子生徒とは思えない、香織とさゆりの発言。
「りょーちぃん。いつもは、どんなふうにオナニーしてんのぉ?」
 今度は、明日香の口から発せられた理解不能な問いかけが、耳に飛び込んできた。涼子は、呆気にとられて彼女を見やった。
 明日香は机に腰かけ、色白の脚をぶらぶらさせている。じっと涼子を見つめていたが、ふと微笑して、やんわり小首を傾げた。
「家では、どうやってオナニーしてるのかぁ……、おし・え・てっ」
 親友同士のお喋りのような調子で、明日香は訊いてくる。
 涼子は、しばし茫然としていたが、頭の隅がかっと熱くなるのを感じた。
「してないっ!」
 吐き捨てるようにして、涼子は言った。
「んんー……? ホントかなぁ……。嘘はいけないよぉ、りょーちぃーん」
 明日香は、胡乱な目つきで涼子を眺めている。
「うそうそ」
 さゆりが、意地の悪い突っ込みを入れる。
「なに大嘘こいてんの、南さん……。あんた、今さら恥ずかしがって、エッチなことはしてませんとか嘘つく必要ないでしょ。バッカみたい」
 やはり香織の攻撃性は、三人の中でも段違いである。
 涼子には、怒りを燃やす気力すらなかった。あるのは、気が触れそうなほどの恥ずかしさと、先の見えない恐怖感だけである。
 もうやめてください……。体育倉庫の地下で、情けなくも哀願したように、またしても不本意な敬語が喉の奥まで出かかっていた。

「ねえねえ……。りょーちん、カレシいないんだよねぇ? 部活で忙しいから、デートする暇もなさそうだしーって。でもちょっと、ほしい気持ちもあるって……。そんな話、一緒に帰った時にしたじゃーん?」
 明日香が、ふいに話の方向をずらした。部活の終わった帰り道、マネージャーとしての明日香に感謝の念すら抱き、分かり合える仲間と信じ込んでいた頃は、甘くて弾けるような、女子高生に定番の話題を語らったりもしたのだった。
 滑稽なくらい間抜けなわたし……。消し去りたい過去。
「そんでぇー、まだ聞いてないことがあったんだけどっさぁ……。りょーちんって、処女だよねぇ?」
 明日香は、遠慮会釈もなく当然の質問をするように、そう言った。
 またぞろ視界が歪んだ。自分ひとり全裸の状態で、品定めをするかのように性体験について訊かれる悲しみと屈辱。涼子の心と体における『穴』に、明日香は指を突き刺してきたのだった。
 信じられない……。もういいかげんにしてよ……。
 しかし、涼子を見すえる明日香の眼差しは少しも笑っておらず、どころか冷たく厳しい光を放っている。本気で聞き出そうとしているのだ、と涼子は悟った。答えないでいると、おそらく明日香は苛立ち、詰問調で責めてくるだろう。
 息苦しい沈黙が流れる中、涼子は、明日香の目を見て、そうして、ゆっくりと頷いてみせた。
 そのとたん、明日香の顔に喜色が浮かび、あの、耳障りな笑い声が響いた。
「りょーちんったら、こっくんって、うなずーいちゃってえー。かっわいいー……。まっ、処女だってことは、わかりきってたけどっ、いちおう訊いてみただけなんだけどねっ」
 明日香は子供みたいにはしゃぎ、どこか恍惚とした表情で涼子を見る。
「ねえ、じゃあーキスはぁ? キスもしたことないのー?」
 立て続けに胸くその悪い質問を浴びせられたが、それは同時に、涼子の脳裏にある思い出をぼんやりと想起させた。
 涼子が小学五年生の時のことだ。あたりが薄暗くなり始めた、団地の公園の片隅。
 その情景の主人公は、よく親しく遊んでいた一学年上の男の子だった。ひょんなことから二人きりになり、たわいない会話を交わしながら、お互いの心の中に同じ感情があることを感じ取っていた。そして、その思いをはっきりと示し合った瞬間。
 それが夢だったかのように、二人の仲は徐々に自然消滅していった。けれども、涼子にとっては、小さな聖域として心に刻まれている記憶である。
 人生で最悪の連中を前にして、脳裏に思い浮かべるものではない。あの時の情景が、明日香たちの吐く息によって汚されていくような気さえしてくる。
 したことがない、と涼子は黙って頷いた。
 また何か言ってくるだろうと思ったが、予期に反して、明日香は微かな笑い声を漏らしただけだった。
 奇妙な違和感を覚え、つと涼子は視線をそちらに向けた。机に乗っている明日香は、込み上げる愉悦を必死にこらえるかのように唇を結んだ、なにか意味ありげな表情でじっと涼子を見つめている。
 気色の悪い女……。裸出した背中にぞわぞわと悪寒が走る。あまりに思考や言動が不可解で不気味なので、ついこの間まで、騙されていたとはいえ、親しく接していたことが信じられない。

「あのさあ、さっさと言われたとおりにしてくんない?」
 香織が、割って入るように不機嫌な声を出した。
 悦に浸った様子の明日香とは対照的に、香織は面白くなさそうな顔をしている。涼子には、その理由がなんとなく読める気がした。明日香と香織には、容姿という決定的な相違がある。処女だのキスだのといった話は、香織にとっても耳が痛いものであったのかもしれない。
「もおー……、マジでムカつくんだけど、その態度……。無視するとかさあ、あたしのこと舐めてんでしょ?」
 いやに攻撃的なその物言いは、涼子には八つ当たりとしか思えなかった。取るに足らない存在の香織ごときが、勝手にわめいている。ただそれだけのことなのに、いちいち不安に駆られる自分が、情けない。
「いえ……。そんなこと、ないです……」
 やるせなさに胸を締め付けられる思いだったが、涼子は言葉を絞り出した。
「だったらさあ……、なんでそうやって、とぼけていられるわけ?」
 香織は言いながら、ふいに足を踏み出した。
 びくりと肩が竦んで、涼子は迫ってくる香織をただ眺めていた。顔面に、香織の手が伸びてきたと思った直後、額のところに擦れるような衝撃を受け、首が反り返った。揃えた指で小突かれたのだ。
 なに……。泡を食って視線を落とすと、香織の吊り上がり気味の目が涼子を睨み上げている。
「ほらっ、あたしに敬意を払ってるんでしょ? だったら、いつまでも恥ずかしがってないで、毛の処理してないこと、確認できるようにしてよ」
 おぞましくも、腋毛や陰毛を暗示する黒い色によって視界が暗く塗りつぶされる。クズ、異常者、変態、頭がおかしい、くたばって、消えて……。真っ暗に閉ざされそうな意識の中、涼子は呪詛を念じ続けていた。

「りょーちーん……。香織をあんまり怒らせっとぉー、また、ぶたれちゃーうよー」
 明日香が間延びした声を発し、机から飛び下りると、ばたばたと駆けてくる。
 恥部を隠している涼子の両の腕が、出し抜けに、明日香の手につかまれた。
「はやく、この手をうえに上げるのぉー」
 明日香は、親友と戯れるような調子で涼子の両腕を左右に揺さ振る。両腕を揺らされる振動と同調して、精神的にも激しい動揺に襲われ始める。涼子は、死ぬような思いで股を押さえつけていた。
「ああーっ、もうムカついた……。しょうがないから、明日香、その状態のまま、『こいつ』が動けないようにしておいてよ」
 業を煮やしたらしい香織が、口を開く。
「後ろのほうは丸見えなんだから、まず、おしりの穴から調べることにするよ。……さゆりっ! あんたもこっち来て」
 その言葉は、耳に入ってから一拍遅れて、涼子の脳内でスパークした。脳髄の片側半分が、焼け爛れてしまった感じがする。さらに遅れてから、人智を超えるような恐慌が襲ってきた。
「いっ……、いやああ!」
 涼子は、完全に取り乱して獣じみた声で悲鳴を上げていた。
 その激烈な反応は香織と明日香の好餌となり、二人は顔を見合わせ、にやにやと笑う。
 逃げるどころか体を反転させようにも、両の腕には明日香による『手枷』が嵌っていて、思うに任せない。まさに、鎖に繋がれた囚人という格好なのだった。なんで……。なんで、わたしは何もしてないのに、こんな目に遭わないといけないのよ。
「ほんっと、相変わらず、汚いおしりだね」
 香織の挨拶代わりみたいなものだが、涼子は、顔から火が出るほど屈辱的だった。気配から察するに、涼子の臀部の真後ろに香織とさゆりは屈んでいるらしい。
 今は、全身が恥の肉塊と化しており、体のあちこちから恥の臭気を漂わせている。三人の視覚と臭覚に前後を挟まれると、その思いが心身を急速に蝕み始める。
「ねえ南さん。今日の朝は、うんこしてきたー? 快便?」
「なんか……、南先輩って、すんごい太いの出しそーぅ」
 聞いているだけで泣きたくなってくる。涼子は、嗚咽を漏らすように喘いだ。
 目の前の明日香は、そんな涼子の苦悶の表情をじっと見つめながら、口元に含み笑いを浮かべているのだった。
「ちゃんと答えろよ、無視してんじゃねーよ」
 突然、おしりの肉を香織に強くつねられ、涼子は驚愕に飛び上がりそうになった。もはや、あるかなきかの誇りを守るための、答えに迷う余裕すら消え失せた。
「あっ……、はい。家で……、して、きました……」
 そのとたん、三人の嘲笑に涼子は包まれた。意識が遠のいていくのを感じる。視界を占める、明日香の緩みきった笑い顔が、ぶれて見えていた。
 これは、本当に、現実の出来事なの……。
「そんじゃあ、そろそろ、南さんの肛門、ご開帳ということで」
 香織の言葉が、なぜか他人事のように耳に響く。うそよ……、うそ。
「南さん。今から、おしりを思いっ切り開いて、肛門の周りを調べるよ。あたしだけじゃなく、さゆりにもちゃんと手伝わせるよ。二人で、徹底的にけつ毛の検査するからね」
 およそ高校生活では耳慣れない単語が連続し、理解不能だった。なにを言ってんのよ、いったい、なんなの。
 意識が、夢と現実との間でさまよっている感じで、身体感覚までもがふわふわと妙に頼りない。
 悪い夢でしょう。普通じゃ、考えられないことだもん。でも、もし現実だったら……。とたんにトンネルを抜けた直後みたいに視界が眩しくなった。目をしばたたいてみたが、眼前には、やはり、唇をきゅっと結んで微笑する明日香の顔があった。
 裸足の足の裏をつけている、ひんやりとした床から、空前絶後の恐怖がせり上がってくる感覚があり、全身が急速に冷たくなった。
「えっ……、いや」
 ほとんど無意識のうちに、涼子は呟いた。
「は? なんか言った? 南さーん」と香織の声。
「あっ、あの……。それは、やめてください……。すみませんでした」
 何について謝っているのか自分でもよくわからないが、直感が、平謝りしろと告げていたのだ。
「今頃になって、すいません、とかふざけてんの? あんたがボディチェックに協力しないから、こんなことになってんの! あたしもさあ、あんたの、見るからにばい菌だらけの汚いけつの中なんて、触りたくないの!」
 耳を疑いたくなるが、紛れもなく、自分に向けられた言葉だった。悪夢なんかじゃないんだ。
「……はい、すみません」
 涼子は、必死の思いで謝り続ける。
「反省してんならさあ、今すぐ両手をどかしなよ。そうすれば、肛門の検査だけはしないであげる。言っとくけど、ラストチャンスだからね」
 どちらにせよ、精神の限界を超える地獄である。助かる道はなく、もう絶望の闇しか見えなかった。
 でも、『それ』だけはされたくない。とても耐えられない。その一念が、涼子の頭の中で膨張し、他の思考や感情を圧倒している。汗ばんだ両手をじりじりと下腹部からずらし、腰骨のあたりに付ける。
 明日香が、ふっと笑って涼子の腕を放した。ほどなくして、香織とさゆりも涼子の前に戻ってきた。

 今、前にいる三人が、同じ女とは思えない露骨な目つきで、涼子の恥部を直視している。濃いほうだ、と自覚している陰毛。正気を失いそうな恥ずかしさ。なぜ、わたしは、高校生活で、こんな有り得ない屈辱を受けなくてはいけないの。どうかしてる……。
 その時、涼子とそれほど身長差のない明日香の頭が、ふいに、ふわりと降下していった。ぎょっとして、涼子は目を剥いた。今、明日香はしゃがんで、涼子の股の位置に目線を合わせているのだ。
「えっ……、ちょっ、いや!」
 涼子は慌てふためき、腰を引いて明日香から離れ、たまらず股間を両手で押さえた。一瞬間だったが、自分の『ここ』と明日香の目鼻とがニアミスした事実を思うと、ぼっと顔中が熱くなる。もう、いいかげんにして。なに考えてんのよ、この、変態。
 涼子は、軽蔑を込めて明日香を見下ろした。だが、明日香のほうは、ぽかんと口を半開きにし、とぼけた表情で見返している。まるで、これぐらい我慢できないの、とでも問いたげな風情である。
「なに逃げてんだよ! それに、ちゃっかり手で隠してんじゃねーよ」
 香織が、不良少女そのものの態度で怒鳴り、鬼の形相で迫ってくる。声を出す間もなく、涼子の両手は、なぎ払うようにして引き剥がされ、再び恥部が露出した。
「まん毛の検査するんだから、ちゃんと明日香の前に立って、近くで見てもらうんだよ。ほら、さっさとしろよ」
 背中に香織の手が回ってきて、ぐいぐいと体が押される。涼子は、反射的に両脚に力を入れて踏ん張った。二歩前に出たらぶつかる位置に、依然、明日香はうずくまっており、甘えるような、なんとも言い様のない視線を涼子に投げかけている。その姿には、まるで妖魔か何かを思わせるようなおどろおどろしさがある。
 いや……。絶対にいや。ほんの短い間のニアミスでさえ、恐慌に襲われ、叫び声を発していたのだ。それを今度は、『長さのある時間』に引き延ばされるなど、その苦痛は、もはや想像すらできない。
 処刑台に引きずられるような恐怖に、涼子は死にもの狂いで訴える。
「しょっ、処理なんて、してません! 一目見て、すぐにわかるでしょう!?」
 自分で言いながら、救いようのないほど惨めな発言だと痛感する。
「うるせーんだよ! あたしたちがどう検査しようが、あんたは文句なんて言える立場じゃないの。これ以上だだこねたら、肛門の検査も受けさせるよ!」
 血も涙もない香織の言葉は毒針となり、涼子の神経を麻痺させた。視界が白く霞み、踏ん張っていた両脚が棒立ちになる。
 その直後、涼子の臀部に香織の膝蹴りがめり込んだ。脊柱が揺れるような衝撃と、皮膚と皮膚が擦れ合う不快な感触。涼子は息がつまり、体のバランスを崩して、不覚にも脚がどたばたと前に出ていた。
 
 明日香の生白い両手が、待っていたように徐々に涼子の腰へと伸びてくる。金縛りの恐怖にとらわれたように、涼子はただ、足元にうずくまる明日香の挙動を目で追うことしかできなかった。
 おしり側から両脚の太ももを押さえられた瞬間、全身を電撃に覆われて筋肉が縮み上がる。明日香は、玩具を貰った幼児のような無邪気な素振りで、涼子の体をぐいと引き寄せた。裸足の足の裏が床と擦れ、もう半歩動かされる。
 うそ……、うそよ。こんなの。認めたくない思いで一杯だが、今この瞬間、涼子の下腹部と明日香の顔は、その吐息が吹き掛かりそうな至近距離にあった。
「手で押さえたりしたら、検査は終わらないからね。明日香がいいって言うまで、そのままだよ」
 横から、香織がねちねちと釘をさしてくる。
「うっわぁ……、きっつうー……」
 さゆりが両手を口に当て、笑い声を漏らして呟いた。
 両脚が、抑えようもなく激しく震えだす。もはや、耐えがたい恥辱というレベルではなく、涼子は人間性を失いかけていた。いつまで……、いつまで、こうしてないといけないの……。
 突然、涼子の体を捕捉する冷たい両手が、太ももや腰骨、臀部を間欠的に撫で回し始めた。下腹部と同じ高さにある彼女の表情も、同様に変化する。妙に真剣な目をしていたり、鼻をひくつかせたり、苦々しそうに顔を歪めたかと思うと、次にはなんとも妖しげな笑みを見せる。
 今、涼子の性器は、明日香の目と鼻で知覚されているのだ。その受け入れがたい事実をなおさら強調する彼女の表情など、本当は視界に入れていたくない。だが、涼子は、決して目を背けることができなかった。
 最後の一線だけは犯されたくないという思い。包み隠しのない無防備な性器は、今、未曾有の危機に晒され、感覚神経がひどく鋭敏になっていた。もしも刺激を加えられたら、即座に絶叫してしまいそうだった。『そこ』だけは触らないで……。そう目で訴えながら、明日香の手といわず顔といわず、その一挙一動のすべてに対して身構えていなくてはならないのだ。
 ふと明日香が動きを止め、ゆっくりと面を上げた。身も凍るような上目遣いと、頬を膨らませた薄笑いの顔つき。
 つい数日前まで親しく会話を交わしていた、美貌のバレー部マネージャー、竹内明日香の顔が、なぜか、自分の黒々と盛り上がった陰毛の前にあるのだった。なんだか、この世でもっとも見てはいけない類のものを見せられている気分だ。あんたは、ほんとうに、いったいなんなの……。
 互いにじっと目を合わせていると、明日香は、涼子の太ももを押さえ付けたまま、笛の音みたいな声を響かせて笑いだした。





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