花盛りの被験体
第三章
7



 ベッドの上で、圭子と瞳のほうを向いたまま、奈々子は横座りの姿勢で呆けていた。発狂寸前に追い込まれた余韻で、体の震えが止まらない。

 奈々子のそばに、どさりと何かが落ちた。それは、奈々子が身に着けていた薄手のジャケットで、残りの衣類を持った理香が、見下ろすように立っていた。続いて、Tシャツとブラジャー、パンツも放られる。
「奈々子。ちょっと、そこどいてよ」
 理香がそう言ったので、ふと見やると、何か意味ありげにジーパンだけを手にぶらさげている。
「聞こえた? 早くして」
 理香の苛立った声を聞き、奈々子は、鉛のように重たい体をずらしていった。
「このベッドは、学校のみんなが使うんだよ。これじゃあ汚いじゃない……」
 その言葉の意味を、奈々子はすぐに理解した。性器から溢れた愛液が、シーツに染みを作っていたのだ。
 理香は、奈々子のジーパンで染みをごしごしと擦り始めた。しかし、そうしたところで汚れが落ちるはずもないことは、誰にでもわかる。理香のその行為は、愛液でシーツを濡らしたという事実を当の本人に見せつけた上、これから穿くジーパンを汚し、屈辱感を与えてやろうという最後の嫌がらせなのだ。
 ジーパンの一部分に、愛液の湿り気をほどほどに移すと、理香は、それをシーツの上に放った。
 
 水穂が頃合いを見て、手を叩いた。
「これで今日の授業は終わりです。遅くまでお疲れ様でした」
 三人の女子学生が椅子を立ち、口々に女教授に対して帰りの挨拶をする。
 その後、理香が、思い出したように奈々子に声を掛けた。
「ねえ、奈々子……。わたしたち、これからも同じゼミ生として仲良くやっていこうねっ」
 理香の口調から、別人のように悪意が消えていた。ひどい違和感を覚えたが、それが本来の理香なのだ。
 奈々子が唖然としていると、三人の女子学生は甲高く笑い、この日、何事も無かったかのように帰っていく。

「桜木さん」
 後ろにいる水穂が、妙に優しげな声で呼んだ。
「……はい」
 ひどく掠れた声しか出てこない。
「今日は授業に協力してくれて、ありがとう。来週も、予定通り研究室で授業を行いますから、出席して下さいね。これから、お友達同士で話したいこともあるだろうから、わたしも、もう帰ります。さようなら」
 水穂はそれだけ言うと、ヒールの音を鳴らしながら保健室を出て行った。彼女のいつもの、軽快で優雅な足取りが伝わってくる。
 この日、冷酷非情で変態的で狂気を漂わせていた女教授が、最後に示した平常の淑女然とした態度。その二重人格さながらの変貌ぶりに、奈々子は混乱を覚えていた。
 あの人は、いったい何を考えているんだ……。




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