堕ちた女体と
華やかな晩餐
第一章
4



 無意識のうちに、千尋は、廊下を歩きながら含み笑いを漏らしていた。亜希の優しさに、自分でも意外なほど、暗い気分が晴れて心地がよくなっていたのだ。亜希に続いて二階に上がると、加納は、一階に姿を消した。
 亜希が、自室のドアを開ける。何度か遊びに来ているので、中の豪勢さは、もう見慣れていた。
 五十畳はありそうな広さで、どれも一級品の家財道具が設えられている。天蓋ベッドや毛先の柔らかいカーペット。レザーのソファ。さらには、壁に巨大なスクリーンまで掛けられている。
 
 千尋と亜希は、テーブルを挟んで向かい合って、ソファに座る。
「千尋ちゃん、お腹空いてない?」
「あ、うん……。ちょっと」
 千尋は、控えめに答えた。だが、実のところ、今日はろくに食事を取っていなかったので、ひどい空腹を感じていた。
「ピザならあるから、加納さんに頼んで持ってきてもらうけど。それでいい?」
「ありがとう。それじゃあピザを貰っていいかな……」
 亜希は、にっこりと笑って部屋を出ていった。
 もう感謝しても仕切れないという思いで一杯になる。なんて優しい子なんだろう。
 
 やがて、テーブルに、ピザやジュース、サラダ、それに食後のデザートまで置かれていった。
 千尋は、最初こそ遠慮がちな素振りを見せていたものの、食べ始めると、あっさりと、それらを腹に収めてしまった。
「千尋さま、お食事のほうはいかかでしたか?」
 加納が、二人分のアイスティーをテーブルに置きながら訊いた。
「おいしかったです。ありがとうございました」
 千尋は、にこやかに返した。
 食事を取ったことで、心身ともにだいぶ落ち着いた気がする。すると、じわじわと、睡眠の欲求が押し寄せてきた。
 亜希と話したいことはたくさんあるが、今日は、もう、ゆっくりと休みたい気分だ。わたしの部屋はどこになるのだろう、と思った。空いている部屋なら、ちゃんとあるのは知っていた。だが、あまり気安く尋ねるのは、さすがに失礼だと感じる。
 そこで、肝心な頼み事を忘れていることに気づいた。風呂のことだ。
 昨日の朝、実家を逃げ出した。別荘に移ってからは、これからの人生に対する不安で、入浴をするような心のゆとりはなかったのだ。そのせいで、今は、体がべたべだしている感じがして、気持ちが悪い。

 アイスティーをストローで啜っている亜希に、千尋は切り出した。
「ごめん、亜希ちゃん。今日は疲れてるから、早めに寝たいの。それで、その前に、お風呂に入らせてもらっていい? それと、パジャマになるような服と、あと、下着も貸してほしいの……」
 すると亜希は、ストローを咥えたまま、何か考え事をするように目をぱちぱちさせた。そして、そばに立っている加納に、視線を投げかける。加納は、テーブルの食器類を片付けている最中だった。
「ねえねえ、加納さん……。あのこと、そろそろ始めようかなって思ってるんだけど」
 亜希は、何か意味ありげなことを言う。加納は小さく頷くと、唇の両端をくいと上げた。
 どういうわけか、千尋の質問には答えてくれない。なにやら、事前に打ち合わせておいたことがあるようだった。
「はい、お嬢さま。わたしのほうは、いつでも大丈夫ですよ」
 加納は、静かにお盆をテーブルに置いた。
 その直後、加納と目を合わせる亜希の顔に、にやりと、嫌な感じの笑みが浮かんだのが見えた。時が止まったかのように、その光景は、千尋の網膜に焼きついた。亜希のそんな表情は、これまでに、一度も見たことがなかったのだ。
 だんだんと、妙な胸騒ぎを感じ始めた。二人の態度は、あきらかに不自然だった。



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