堕ちた女体と
華やかな晩餐
第四章
3



 亜希の足音が、こちらへやって来た。
 亜希は、千尋の横を素通りし、ベッドに体を投げ出した。布団の上で、じゃれる猫のように、もぞもぞと意味不明な動きを繰り返す。
 訝しく思って眺めていると、亜希は、ベッドの縁に腰かけた。えへっ、というような笑い顔を千尋に向ける。
 ふと、千尋は、戸惑いに似た複雑な感情を抱いた。なぜなら、亜希が今見せた仕草には、以前の、可愛いかった彼女の面影が、色濃く漂っていたからだ。

「千尋ちゃん。ちょっとこっちに来て座って。……話、しようよ」
 不自然だが、その口調は、何か純粋に千尋とのお喋りを望んでいるような感じがした。
 亜希の様子が、さっきまでとは一変している、と千尋は感じた。まるで、以前の亜希に戻っているような……。
 だが、千尋は、その思考を追い払った。全裸、拘束された両手、歪んだキノコのような醜い髪型、ガラスケースのトイレ……。他でもない、この小娘のせいで、今、自分は、こんなにも惨めな状況に陥れられているのだ。
 
 ベッドの縁で、脚をぶらつかせる亜希のそばに、千尋は、嫌々ながら寄っていき、カーペットの床に、そっと膝を下ろした。正座の姿勢になり、両手をそっと下腹部の上に重ねた。はたから見たら、王女とその奴隷のような絵であろう、と暗澹たる気持ちになる。
「千尋ちゃん……。今、わたしのこと、どう思ってる?」
 いきなり亜希はそう切り出した。亜希の顔に目を向けると、その口元は、やんわりと緩んでいた。
 唖然とさせられるような腹立たしさ。
 両手の自由を奪っておけば、もしも、千尋が堪りかねて暴走しようが、身の安全は守れるという確信から、挑発をしているのだろうか。ならば、怒りを露わにしては、それこそ亜希の思う壺である。
 千尋は、そっぽを向いて何も答えなかった。

「やっぱり千尋ちゃん、怒ってるよね? そりゃあ当たり前だよなあ……。わたし、千尋ちゃんのことを散々侮辱して、すごい恥ずかしい思いをさせて、髪を黒くさせたうえ、短くさせて、今だって、そんな格好させてるんだもんねえ」
 亜希は、いやにしんみりとした調子で話し始めた。
「……あのね、変な話なんだけど、千尋ちゃんを、こんなにひどい目に遭わせてるってことに、わたし自身も、なんて言うか、ちょっと意外な気持ちがするの……」
 意外……? なんで・・・・・・?
 その言葉に引っ掛かり、千尋は、亜希の表情を盗み見た。亜希は、こちらを向いておらず、物思いに耽っているかのような遠い目で、宙を見つめていた。
「だって、わたしと千尋ちゃんだよ。あんなに仲良かったのに……。もしかしたら、千尋ちゃんは、昔っからわたしが憎んでいたから、今こうして千尋ちゃんに、ひどいことしてると思ってるかもだけど、それは違うよ。わたし、千尋ちゃんに憧れてたし、本当に大好きだったんだよ……」
 なぜだか千尋は、亜希の話を聞いているうちに、背筋が寒くなっていくのを感じていた。
 嵐の前の静けさ。そんな得体の知れない不吉な空気が、今、千尋と亜希を包んでいる気がした。

「でもね、千尋ちゃんの一家が大変なことになったって聞いた時に、わたしの中にあった、千尋ちゃんのイメージ、可愛さや優しい声や、頭の良さや料理の巧さとかが、全部崩れていっちゃったの……。それでとうとう、わたしの中で千尋ちゃんは、暗くて狭いところで、助けを求めるように、両手を挙げて大声で叫んでいるような姿に、変わってたの」
 亜希は目を細め、話を続けた。
「……みっともないって思った。そう思ったら、なんだか千尋ちゃんを、もっとひどい目に遭わせて、痛めつけたいって気持ちが突然出てきて、一気に膨らんでいっちゃったんだ……」
 今、亜希は、嘘偽りのない告白をしている。その内容や喋る雰囲気から、千尋はそう確信した。
 大企業の社長の令嬢同士という、身分の均衡が崩れたのをきっかけに、亜希の中に眠っていたサディスティックな血が、目覚めたというのか。にわかには信じられない話であるが、おそらく、それが真実に限りなく近いだろう。
 
 その時、亜希が千尋に目を向けた。亜希の双眸に、みるみる妖しい光が宿っていく様を、千尋は、呆然と眺めていた。
 そして突然、亜希は、表情を活発に動かしながら、突き抜けるような甲高い声で捲し立て始めた。
「だってえ! しょうがないじゃーん! 千尋ちゃんを、いじめてみたいって気持ちが、止まらなくなっちゃったんだもーん。それで実際にやってみたら、想像してた以上に愉しくってさあ。……千尋ちゃん、こういうことされるの、すごい嫌でしょーう?」
 亜希は上体を屈め、いきなり右手を、千尋の体へと伸ばしてきた。愕然とすることに、その手が、裸出した乳房をぞんざいにつかんだのだった。
 びくりと肩が竦み上がり、頭の中が真っ白になった。千尋は、縛られた不自由な両手で体を守ろうとするが、亜希は、一向に離そうとしない。どころか、面白おかしそうに手を開閉し、乳房を揉み始める。
「うっうぁ……」
 燃えるような恐慌と恥辱の中で、千尋は呻き声を発していた。背中をくっと伸ばし、亜希に目で訴えかける。お願い、やめて……。
 だが、千尋は、すべてを諦めさせられるような絶望感に包まれた。亜希の顔が、世にも怖ろしい、まさに悪魔のような笑い顔に変わっていたのである。
「うふふ……」
 小悪魔の口から、心底愉快そうな笑い声が漏れる。
 亜希は、乳房の上部を絞るように指を食い込ませると、その手をじわじわと外側に捻りだした。千尋の乳房は、原形を留めないほどひしゃげ、圧迫されたピンク色の乳首がせり出していく。
「こんなことされて、すごい嫌でも、千尋ちゃんったら、手も足も出ないんだからあ……」
 亜希は、胸から手を離すと、今度は、千尋の頭を撫で始めた。
「あんなに綺麗だった千尋ちゃんが、今は、こんなに不細工になっちゃって。可哀想ねえ……」
 もはや、千尋は放心状態で、亜希に撫でられるがまま、頭を揺らしていた。



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