堕ちた女体と
華やかな晩餐
第五章
1



 階下が騒がしく、不安を掻き立てられる。
 亜希の部屋の窓から、暮れゆく西の陽が斜めに差し込んでいた。
 結局、昨日の夜に衣類をすべて奪われてから、今も、何も着させてもらえない。電気の点いていない暗い部屋のなかで、千尋は、全裸で赤いロープに両手を縛られている。
 
 今日から、世にも惨めな裸の生活が始まった。
 午前中、亜希は学校のため、家にはおらず、加納はひとり、部屋の掃除や洗濯などをしていた。千尋をいじめ抜くことを快感としている加納だが、使用人としての仕事ぶりは、どこか家庭的な女の匂いを感じさせるほど、丁寧でひたむきだった。
 昼過ぎに、千尋は一つの仕事を与えられた。
「お嬢さまのために、おまえの得意だというパスタを作っておけ」
 加納にそう命じられ、千尋は裸のまま台所に立ち、鍋で麺を茹で、フライパンを振るった。千尋が中学生の頃、亜希にレシピや調理のこつを教えながら、一緒に作ったことのあるペペロンチーノ。
 
 午後になり、亜希は一度帰宅したが、この部屋に戻ってくるなり、なにやらめかし込んで、またすぐに出かけていった。しばらくして、亜希は帰ってくると、愕然とさせられることに、友達を連れてきていた。
「おじゃましまぁーす」
 鼻にかかった少女の声が、階下の玄関のほうから聞こえた瞬間、千尋は、全身の筋肉が収縮するような緊張を覚えた。
 見世物にされるんだ、わたし……。千尋はそう思った。
 いやだ、いやだ、いやだ。心の中で叫んでいた言葉は、いつしか悲痛な呟きに変わっていた。
「いやだ、いやだ、なんでそんなこと……。いやだ……」
 だが、案に相違して、亜希とその友達は、この部屋には上がってこなかった。亜希たちは、加納と共に、一階のリビングで時間を過ごすことにしたらしく、やがて階下が賑わい始めた。
 
 亜希の友達の前で見世物にされるという、千尋の最悪の想像は、現実には起こらないように思われた。高校生ならば、友達を招いたら、まず自分の部屋に通すのが普通だろう。亜希がそうしないのは、千尋の姿を友達の目に触れさせたくないからではないか。つまり、亜希も、女の子を裸にさせて縛っておくなどという、自分の悪趣味を知られるのは、望ましくないと認識しているということ。
 二階の自室に千尋を監禁しておきながら、リビングでは、平然とした顔で友達とお喋りに興じているのだろう亜希の神経は、異常としか言い様がない。だが、それでも、亜希が千尋の存在を隠そうとしているなら、まだ救いがあるというものだ。
 けれども、本当にそうなのだろうか。
 階下が賑やかなのは、ひょっとすると、どのように千尋をもてあそぶかという案を、それぞれが出し合って盛り上がっているからなのではないか。そうして、今にも、亜希が友達を引き連れ、階段を上ってくるかもしれない……。
 想像しているうちに、叫びだしたいほどの恐怖に襲われ、千尋は思考を中断した。体中の毛穴から、脂汗が滲んでいるような感じがした。
 そんなことない、そんなことない。千尋は、半ば自分を鼓舞するように、心の中で繰り返した。
 亜希は、千尋を見世物にするつもりなのか。それとも存在を隠しておきたいのか。この部屋へと、やって来るのか、来ないのか。一階のリビングから、耳障りな笑い声が響くたび、千尋は、暗い部屋のなかで、不安を煽られていたのだった。

 西日が赤く差し込み、千尋の座っている周辺が、ぼんやりと照らされている。
 もう一つ、嫌でも意識から切り離すことのできないものがあった。
 ガラスの容器のトイレである。
 その底には、数回分の小便が浅く溜まっている。しかし、それだけではない。黄色い液体の中には、悪臭を放つ茶褐色の塊が浮かんでいるのだった。
 隙を見て家のトイレを勝手に使おうと、千尋は考えていた。しかし加納は、自分が見張っていられない間は、千尋の手を縛ってベッドに繋ぎ、決して行動の自由を与えなかった。
 便意は、やがて耐え難い腹痛へと変わった。腹の中からは、ぎゅるぎゅると荒れ狂う音が鳴り、寒気に体を蝕まれた。もはや選択肢は、それだけしかなかったのだ。
 
 約二時間前、亜希が外出している際に、千尋は、初めて大のほうをするために容器に跨った。その時の惨めさは、精神に異常を来しそうなほどだった。さらには、し終わったあとに何かで拭くこともできず、今でもおしりが、便の汚れでべた付いている始末だ。
 ガラスの容器で小便に浸っている茶褐色の塊は、まさに、人間としての恥の極みである。
 今朝方、容器に溜まった小便を見た亜希と加納が、堪らず耳を覆いたくなるほどの言葉を、ねちねちと浴びせてきた。だが、まだ、この大便は見られていない。これを二人が目にしたら、どんな言葉を吐くだろうかと、千尋は、ほとんど怯えに近い思いを抱いていた。



次へ

目次
小説タイトル一覧
メニュー
トップページ

PC用のページはこちら

Copyright (C) since 2008 同性残酷記 All Rights Reserved.