堕ちた女体と
華やかな晩餐
第五章
3



 鈍い光沢を放つ金属製のドアが、目の前にある。ドアを隔てた向こうから、亜希と、もう一人の女の子の話し声、それに、スピーカーから流れる男性アイドルグループの曲が聞こえてきた。
「何をためらってるの、千尋……。早く、ご挨拶をしに入りなさい」
 千尋のかたわらに立っている加納が、低く言った。
 身体感覚が妙に頼りなく、片足を一歩踏み出すという動作に、どれだけの労力が要るのか、といったことが曖昧になっている。
 まず、ドアを開けなくてはならない。そして、見ず知らずの少女の前に、全裸で進み出て、挨拶を述べるのだ。
 
 手をドアの取っ手に掛けた瞬間、地から何かが這い上がってきたかのように足が竦んだ。麻痺を起こしたみたいに動けなくなった。
「あの……、これから、わたしは何をするんですか」
 千尋は、引きつる唇を動かして尋ねた。わたしは何を『される』んですか、と本当は問いたかった。
「それは部屋に入ったら、お嬢さまが教えてくれるわよ。わたしの口から言えることは、おまえは、お嬢さまと、朱美さまを愉しませて差し上げる仕事をするってことだけ」
 その物言いから、リビングにいる亜希の頭には、千尋を生贄とした夕食会の計画が、極めて具体的に思い描かれていることが窺い知れた。あの幼い顔に悪魔のごとき下卑た笑みを浮かべながら、千尋に何かを要求するのだろう。
 このドアは、亜希の待つ地獄への扉なのだ、と千尋は再確認した。
 そうすると、なぜか突然、奇妙な気持ちになった。すぐそばに立っている女は、まだ最後の一線で、人間の心というものを残しているのではないか。亜希よりかは、この女のほうが、ずっとましだ……。
 
 千尋は、体の向けを変えて両手を伸ばし、加納のワンピースの肩に触れた。泣いている小さな子供が、心配する親に対して、何かを訴えかける時のように。そうして右手を滑らしていき、意外なほど、すべすべとした加納の腕を、そっとつかんだ。
 さすがの加納も、意表を衝かれた顔をしている。
「加納さん……。わたし、ごめんなさい……。あの、前から、加納さんが丁寧な態度で接してくれてたのに、わたしは、素っ気ない態度とか、取ってたと思います。加納さんが怒るのも、無理ないと思ってます。わたし、こんな目に遭って、ようやく気づきました。いい気になってたんだって。ごめんなさい。もう、許してもらえませんか。お願いします……」
 千尋は、加納の目を見つめた。加納のほうも、邪険に突っぱねるようなことはしない。
 
 やがて、加納は小さな溜め息を吐いた。
「許す、ねえ……」
 加納は、言いながら片手を上げ、千尋の唇に触れた。加納のほうもまた、実に奇妙な反応を返してくる。千尋は、加納の意図が読み取れず、されるがままになっていた。
 加納の手が、千尋の唇をめくり返しながら下りていき、喉元を通って鎖骨を撫でた。さらに自然な手つきで、掌が胸の谷間へと移動する。その掌の滑り具合には湿り気が含まれており、千尋は、全身から汗が噴き出していることを自覚させられた。むろん、じめついた暑さのせいではない。
 ごくっと、千尋は喉を鳴らした。
「お嬢さまのために尽くすのは、おまえに与えられた仕事でしょう。どんなにつらいことでも、我慢しないといけないわ。わたしが、千尋を好きとか嫌いとか、そんな問題じゃあないの」
 反射的に呼吸が止まっていた。
 加納が、胸の谷間から脇の下へと、乳房を押し潰しながら手を滑らせていったのだ。さらに今度は逆に、外側から内側へと、千尋の乳首をひん曲げながら乳房を撫でる。その往復の動作が繰り返された。
「うぅ……。いや……」
 恐怖と混乱に陥った精神状態で、性的な刺激を与えられ続けるのは、気の狂うような責め苦だった。
 やがて、加納はもう片方の手を上げると、両手を、千尋の双方の乳房に、ぴたりと宛がった。乳首が、指と指の間に挟まれる。加納の微妙な指使いによって、性感帯の突起はこすれたり、締めつけを受けたりする。
 千尋は、身悶えするような恥辱に喘いだ。
 明らかに加納は、自分にすがってきた千尋のことを、もてあそんでいた。千尋の頭の中には、もはや絶望しかなかった。どうしてわたしは、こんな女に情けを期待したのだろう。

「ひとつ言っておくわ、千尋……。もし今夜、おまえが、お嬢さまの命令を嫌がったために、夕食会の雰囲気が悪くなって、お友達の朱美さまが、不満を持ったりした場合、おまえは、ただじゃ済まないからね。その時は……」
 加納は、意味ありげに言葉を切り、右手をすっと下ろした。その手は、いきなり、無防備な千尋の性器に食いついた。
「はあうっ」
 衝撃の悲鳴を、千尋は発していた。
 加納は、千尋の性器を揉みほぐすように手を動かした。貪欲なまでに五指を蠢かせて、柔らかな女の組織を探索し始める。太ももの付け根と大陰唇との溝を、性器の縁取りをするように指が行き来する。その内側では、陰唇が抓まれて揉みくちゃにされていた。
 性器の組織が、その悪魔の手によって、ぐちゃぐちゃに溶かされていくような錯覚に襲われる。身を裂かれるような恥辱と嫌悪感に悶え、千尋の両足の踵は、ふくらはぎが攣ったように浮き上がりっぱなしだった。
 恥部の裂け目の中に、中指が差し入れられる。加納は、千尋の耳元で、言葉の続きを囁きだした。
「けじめとして、処女の血を流して朱美さまに謝罪させるからね。そんなの悲しいでしょう。だったら、お嬢さまに言われたことは、どんなことでも従いなさい。お嬢さまと朱美さまに愉しんで頂くことだけを、考えるの……」
 全身が凍りつくような脅しだった。脚の力が抜け、踵が床についた。
 千尋の性器から、ゆっくりと手が離れる。加納は、その手を、千尋の顔にべったりとこすりつけてきた。
「うっうう……」
 むせ返るほどの臭気の中、千尋は、言い様のない感情にうめき声を上げた。
「さあ、リビングに入りなさい」
 有無を言わせぬ口調で、加納が言った。



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