堕ちた女体と
華やかな晩餐
第五章
5
亜希と朱美の着いたテーブルのほうに、千尋は寄っていく。
そこで、亜希が、うきうきとした顔を、千尋と朱美の交互に向けながら、紹介を始めた。
「ねえ千尋ちゃん、この子は、アケミちゃんっていうの。わたしと同い年だよ。お父さんが、瀬名川記念病院っていう、すごい大きな病院の院長さんなんだよ。千尋ちゃんは、瀬名川記念病院って知ってる?」
「いえ……」
千尋は、力なく首を横に振った。
全裸で紹介されるだけでも耐えがたいことなのに、千尋のその苦痛に、スパイスを加えるような嫌味を、亜希は確信的に吐いている。千尋が失った、何不自由ない生活というものを、その子は、亜希と同様、持ち続けているということ。まず、その現実を、千尋に思い知らせようという意図が、亜希の口振りには、明らかに含まれていた。
「朱美っていいまーす」
朱美は、鼻にかかる声でぶっきらぼうに言った。
千尋は、朱美の素振りから、彼女が、この異常としか言い様のない状況を、どのように捉えているのかを推し量ろうとした。しかし、皆目見当が付かない。この子は、いったいどんなことを考えて、その席に着いているのだろう、と千尋は思う。
次に、亜希が千尋を紹介する。
「そんで、こっちは、千尋ちゃん。うちらより二つ年上。安城商会っていう会社の、社長さんの家の子なの」
亜希のその言葉に、朱美が少し反応した。
「へえー」
意外そうな声を出した朱美は、斜めに見上げるようにして、改めて千尋の顔に目を向ける。
どうも朱美は、千尋の境遇について、亜希からまったく聞かされていない様子である。つまり、この家で、千尋が慰み者の扱いを受けていることも、知らないのだろう。それで、目の前に立っている裸の女の子が、自分と同じく良家の娘だと教えられ、意外の感に打たれているのだ。
要するに亜希は、この夕食会で、千尋と朱美の両者を驚かせようとしているのだ。もちろん、その質と程度は、まるで異なってくるのだが。
加納がそっと近寄ってきて、千尋にだけ聞こえるような声で言う。
「千尋……。今度は、おまえが挨拶をする番でしょ。もっとテーブルのそばまで寄って、礼儀正しく自己紹介をしなさい」
またひとつ、自分の誇りを捨てなくてはならない。千尋は、奥歯を噛みしめて足を踏み出し、亜希と朱美の座っているテーブルとの距離を、縮めていった。
テーブルからは、二人の女の目が千尋に向けられている。いや、女のガキの目、というべきだ。どちらも、互いに真似しあったように、下手くそなアイメイクで黒々と目を縁取っており、くだらない背伸び感が滲み出ている。亜希などは、色白の幼い頬に、チークを塗りたくっていて、千尋には、もはや滑稽にしか見えなかった。
ふと、千尋の脳裏に、輝いていた頃の自分の姿が浮かぶ。以前のわたしだったら……。
きっと亜希は、千尋と幼なじみであることを自慢するかのように、千尋を朱美に紹介したことだろう。また、朱美も、それを羨ましがり、千尋と少しでも親しくなろうとしたはずだ。かりに、初対面特有の対抗意識から、朱美が、生意気な態度を取ったとしても、千尋のほうは、年上の度量の広さを見せつけ、軽くあしらってしまう。女として、朱美に負けているところなど、皆無と言っていいのだから、張り合う必要は、どこにもない。
そんなものなのだ、本当は……。
しかし、今、この状況はどうだ。
亜希は、嘲りの目つき、朱美は、奇異なものでも見る目つきで、千尋を眺めている。
こんなクソガキたちの前で、女としての誇りを蹂躙されている屈辱。
「ええっと……、あ、安城千尋といいます。え……、よろしくお願いします」
声は震えていた。言い終えると千尋は、朱美に向かって頭を軽く下げた。あまりに惨めで情けなかった。
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