バレー部キャプテンと
よこしまな少女たち
プロローグ〜消えた合宿費
3



 涼子と明日香は、フロアの端っこに立ち、部員たちの練習を見守っていた。
「あっ、そうだ、りょーちぃん。あれっ、あれっ、さっき預けたやつ、もってきてくれるぅ? あたしぃ、今からぁ、職員室にぃ、届けてくるからぁ」
 明日香が、思い出したように言った。
「ああ、オッケーィ。持ってくるから、ちょっと待ってて」
 三年生にとって最後となる夏の大会の前に、合宿が行われる。マネージャーである明日香が、練習前に、その合宿費を部員全員から集金しておいたのだった。だが、明日香がバッグを教室に忘れてしまったということで、涼子が、代わりにそれを預かっていた。
 
 涼子は、踵を返しかけたが、ふと足を止めた。
「一年生! 全然声が出てないよ! もっと声出して!」
 そう怒鳴って両手を叩き、キャプテンとして厳しい態度を示す。
 ダッシュを繰り返している一年生部員たちは、絞り出すように大声で返事をするものの、何人かは、もはや限界の表情を見せていた。
「りょーちん、こわーい」
 その人形のような美貌をくしゃりと歪め、明日香が茶化してきた。
「しょーがないでしょう。甘やかすことは、できないのっ」
 きっぱりと言って、涼子はフロアを出た。
 一年生が新入部員として入部してきて、もうすぐ三ヶ月が経つ。すでに、その三分の一が、きつい練習に耐えられずに辞めていた。中には、バレー経験もなく、体力も根性も皆無に等しいのに、憧れの涼子と同じ部活に入りたいという理由だけで、入部する部員もいた。
 楽しさも大事だが、涼子がキャプテンとして一番求めるのは、強いチームだ。それは、五条橋女子高等学校バレー部の伝統でもあった。

 体育館内にある部室のドアを開ける。室内には、部員たちのバッグが乱雑に置かれていた。自分のバッグを見つけ、チャックを開ける。
 あれ……。おかしい……。たしかに、ここに入れておいたはずなのに……。あるはずの封筒が無いのだ。
 パニックに陥りそうになりながら、別のチャックも開け、終いには、バッグの中身をぶちまけても、現金の入った封筒は見つからなかった。
 涼子は、呆然として床に散らばった私物を眺めていた。
 無くした……。いや、盗まれたんだ、きっと……。でもいったい、誰が。あまり考えたくないことだが、可能性として高いのは、バレー部員のうちの誰かだ。しかし、涼子が代わりに合宿費を預かったことを知っているのは、明日香しかいない。その明日香だって、練習が始まってから、ずっとフロア内にいたのだ。
 なぜ、あるはずの封筒が、忽然と消えてしまったのか。
 明日香から合宿費を預かる時の会話を、ふと思い出す。
 すぐにお金を職員室へ持っていったほうがいいと、涼子は勧めた。だが、明日香は、合宿費を納める際には、色々と面倒な手続きがあるから、練習が一段落する頃合いを見て持っていきたい、そして、バッグを教室に忘れてしまったので、少しの間だけ預かってほしい、と頼んできた。それについて、涼子は、断る理由も特になかったので、合宿費を預かり、自分のバッグにしまっておいた。
 筋違いとわかっていても、明日香に対する腹立ちが、湧いてきてしまう。大金なんだから、すぐに職員室へ持っていくべきだったんだ。やっぱり、あの子は、見た目と同じで、だらしない……。
 そこで頭を振った。やめよう。明日香を恨むのは間違っている。あっさりと引き受けた自分が、いけなかったのだ。
 わたしは、四十万円以上もの大金を無くしてしまった……。
 紛失した額の大きさに、頭が真っ白になるが、と同時に、これでは、合宿が中止になってしまうという不安を抱いた。夏の合宿は、高校最後の大会に向けて、コンディションやスキルを最終調整し、チームの結束を再確認する場である。いわば、涼子たち三年生にしてみれば、三年間の練習の締めくくりのようなものなのだ。
 血と汗と涙の部活動生活が、あまりにも虚しい最後を迎えることになってしまうかもしれない。しかも、その原因は、キャプテンである涼子の不注意にあるのだ。
 どうしてこんなことに……。なんとかしなくてはならない。なんとか。



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