バレー部キャプテンと
よこしまな少女たち
第一章〜運動着の中は
9



「りょーちぃん……。もしかしてぇ、いま、あたしのことぉ、怒ってるぅ?」
 明日香の間延びした喋り方に、涼子は反吐が出そうになった。明日香は、罠に掛かって全裸になった涼子を嘲笑うかのように、こちらに歩み寄ってきた。そして、目の前まで迫ってきたかと思うと、極めて自然な動作で、涼子の背中に手を回してきた。
 涼子は、抱きつかれたのだ。ひんやりとした手に背中をさすられ、露わになっている乳首が、明日香のジャージの生地に擦れる。悪夢のようだ。
 身長があまり変わらないので、恐ろしく美しい明日香の顔が、視界全体を埋め尽くしている。
 許さない。あんただけは、絶対に許さない。
 憎んでも憎みきれないほどの憎悪が、腹の中で燃えたぎっていたが、それを相手にぶつける気力は、もう涼子には残っていなかった。
 明日香の吐く息が、顔に掛かる。それは言いようのないほど不快だったが、ふと、涼子は想像した。おそらく、自分の息は、その比ではないくらい、明日香の顔に掛かっていることだろう。屈辱や恐怖、それに憎悪によって、涼子の息遣いは、部活の練習で動いている時のように激しくなっていたからだ。
「りょーちぃん、これでぇ、なにも隠してないってぇ、証明できたねぇ。あたしぃ、さいしょっからぁ、りょーちんのことぉ、信じてたよぉ」
 明日香は、ぽんぽんと涼子の頭を撫で、ふふっと笑いだした。笛の音に似た感じの耳障りな笑い声を、ひとしきり涼子に浴びせ、ようやく明日香は離れていった。

「明日香、まだ、完全に証明したわけじゃないでしょ」
 香織が、悪意に満ちた笑みを浮かべて言った。
「手で隠れてるところがあるじゃない。それに、後ろのほうは、まるっきり点検してないし」
 それを聞くと、涼子は血の気が引いた。お願いだからやめて、と首を左右に振った。
「さっきは、顔を赤くしてたのに、今は、真っ青になってるよ、南さん。そこを見せるのが、そんなに恥ずかしいの?」
 涼子は、返す言葉もなく、哀願を込めて香織を見た。
「黙ってたらわかんないでしょう? 恥ずかしいのか答えなさいよ!」
 涼子は、小さくこくりと頷く。
「じゃあ、そこだけは可哀想だから大目に見てあげる。その代わり、後ろを向いて」
 それも従えるはずのない命令である。涼子は、また首を振った。
「いい加減にしてよ、南さん。そんなわがままが通用すると思ってるの? あたしたち三人で、強引にあなたのその手を、どかすことだってできるんだからね」
 両の掌には、陰毛のざらざらとした感触がある。この部分を外気に晒すことを想像すると、もう生きた心地がしない。
 涼子は、ぶるぶると震える脚を動かし、爪先の方向を変えていった。
「そっちを選んだのね。手で隠したりしちゃ駄目だよ」
 香織に釘を刺される。
 
 涼子は、コンクリートの壁と対面した。意識して、太ももをぴったりとくっつける。今、剥き出しのおしりを、三人の目に向けているのだ。この日の中でも、もっとも屈辱的な瞬間だった。
 少女たちが、笑うのを抑えきれないという感じで、くすくすとせせら笑い始めた。
「きったないおしり」
 香織が、心底軽蔑するような口調で言い放った。
 その言葉は、この日、散々傷つけられてきた涼子のプライドに、決定的な一撃を与えた。恥辱のあまり、涼子は身悶えしそうになった。
「南さんって、結構ファンの子が多いんでしょ、ねえ明日香?」
「そーだよぉ。バレー部の一年や、二年のほとんどの子はぁ、りょーちんに憧れてるしい、りょーちん目当てに入部したって子もぉ、中にはいるんだよぅ」
「あたし、その子たちに、南さんのこの姿、見せたいんだけど。もしかしたら、みんな幻滅したりして」
 香織は毒々しい台詞を吐いて、歯を食いしばるようにして恥辱に耐えている涼子の神経を、ねちねちとなぶった。



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