バレー部キャプテンと
よこしまな少女たち
第二章〜憧憬と悪意
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 やはり最初、明日香は、くそ真面目な涼子に苦戦した。マネージャーとして貢献したいと善意を示す明日香を、涼子は、あまり歓迎してくれなかったらしい。理由は、当然、明日香の身だしなみにあった。
 しかし、その状況を見事に打開したのは、さすがは明日香としか言い様がない。明日香は、風貌にそぐわない献身ぶりを披露して、部員たちに意外性を与えながら、そこに織り交ぜるような形で、自分の魅力をアピールしていった。まさに魔性の虜になるがごとく、まず後輩部員たちが明日香に惹かれていき、二週間も経つ頃には、明日香は、すっかりとバレー部に溶け込んでいた。
 校則を重んじる、規範意識の高い涼子ですら、明日香を受け入れたのだ。それについては、明日香のほうが一枚上手だったと言うべきか、あるいは、涼子の、順風満帆すぎた人生に起因する、人をすぐ信用してしまう甘さが出たと捉えるべきだろうか。
 
 明日香は、標的を欺くことに成功した後も、油断せず、部活に尽くし続けた。
 しんどい任務に当たっている明日香を、ほったらかしにして帰るわけにもいかないので、香織とさゆりは、毎日、バレー部の練習が終わるまで、駅の近辺で時間を潰した。
 たいてい、ファーストフード店で明日香と落ち合った。その日の出来事、特に、南涼子に関する情報を、明日香から聞かせてもらうのだ。
「あたしの青春があぁー、ああー、南さんに削られてくよおぅ。もうあんな汗臭いところなんか、行きたくないよおぅ」
 決まって明日香は、開口一番、大袈裟に嘆いてみせるのだった。明日香は、本人の前では『りょーちん』なんて気色の悪い呼び方をしているが、普段は『南さん』で、語気が荒くなると『南』と呼び捨てにすることもしばしばだ。
 だが、香織は、明日香がバレー部のマネージャーという立場に、まんざらでもなさそうなのを、彼女の話口調から感じ取っていた。たぶん、涼子との双璧となって、後輩のバレー部員から憧れの目で見られるのは、悪くない経験だったのだろう。
 それにしても、と香織は思った。忍耐や根性といった言葉とは無縁の明日香が、感心させられるほど、苦労に耐えてくれている。明日香が音を上げたら、この計画も立ち消えになってしまうので、彼女の頑張りは、香織にとって嬉しい限りなのだが、不思議に思わずにはいられない。
 明日香を衝き動かしていたものは、いったい、なんだったのか。
「あっあー、くっそおぅ、あたしが下手に出てやりゃあ、南のやつ、なんでもかんでも押しつけやがってえー。今に見てろよなあ……」
 目先の欲望にしか興味のない高校生活をしてきた明日香が、虎視眈々と、涼子の弱みになりそうな材料を探している。違和感を感じるが、頼もしくもある雰囲気だった。

 ついに、待ちわびていた朗報が訪れた。合宿費の件だ。明日香が持ち帰ってきた話を基に、香織が、一晩かけて策略を組み立てた。あらゆるアクシデントを想定し、何段構えにも策を強化していくと、失敗の要因は、ほぼ消し去ることができた。
 次に三人で相談しなければならないのは、罠に掛けた南涼子を、どうするのかという点である。肝心なことなのに、それが決まったのは、実行日のわずか五日前だった。

 いつものファーストフード店。
 土下座、往復ビンタ、断髪などの案が上がっていた。いずれも、さゆりと明日香の口から出たものだった。
 その席で、香織は、もどかしい不満が募るばかりだった。さゆりも明日香も、なに惚けてんのよ……。てっきり、席に着いた直後には、異口同音に、『あれ』が提案されて、即決、となると予想していたのに。
 やむなく、香織はおもむろに切り出した。
「ねえ……、脱がしてやろうよ」
 さゆりが、虚を衝かれたような表情をして、訊いてくる。
「えっ。服を……? 全部、ですか?」
 愚問だった。
「当たり前じゃない。そんくらいしないと、明日香だって、腹の虫が治まらないでしょう?」
 香織は、ちょっと苛立ったように言った。話を振られた明日香は、小首を傾げ、やんわりと口元を緩めた。
「うーん、うん、うん……」
 頷いてはいるものの、どこか煮え切らない態度だった。
 結局、最後には、香織の案でいこうと決まったが、さゆりと明日香は、勢い込んで乗ってきたというより、ただ賛成の意を示したといった感じだった。

 香織は、拍子抜けさせられた気分で、帰路についた。がっかりだ……。今日はもっと盛り上がると期待していたのに。さゆりと明日香の念頭には、香織の案のような考えは、まったくなかったのか。いや、そんなわけがない。きっと、誰かが言い出すのを待っていただけなのだ。まったく、こんな時に誤魔化し合ったってしょうがないじゃない……。その時、香織は悟ったのだった。あたしがリーダーシップを取って、あの二人を引っ張ってやらないと、お話にならない。



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