バレー部キャプテンと
よこしまな少女たち
第二章〜憧憬と悪意
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 香織にとって、この十七年の人生のなかで最大と言っても過言でないイベントは、恐いくらいの大成功を遂げた。
 体育倉庫の地下に降り立った瞬間。
 大金を無くし、困り果てている顔色をした涼子は、もはや美獣ではなくなっていた。牙が、すっかり抜けていたのだ。あれは牝鹿だった。牝鹿ならば、香織でも、容易に手なずけることができる。
「さて、南さん」と自信に満ちた声で涼子の名を呼んで、口火を切った。
 香織は、涼子を相手にイニシアティブを握る自分の話術に、半ば酔いしれていた。自分の隠れた才能を、発見した思いでもあった。
 涼子をじわじわと追い込んでいくのは、この上なく愉しいことだった。いや、快感という言葉以外、当てはまらないのかもしれない。なにしろ、涼子のそばに立ち、運動後の汗の臭いを仄かに嗅いだだけで、香織は、体の芯がじーんと熱くなるのを感じていたのだ。汗を吸った涼子のシャツやスパッツを手に持った時には、随喜の声を上げそうになった。終盤になり、全裸になった涼子の、こわばった表情を拝む頃には、すでに、香織の下着はべとべとになっていた。

 香織たちは、レストランで成功を祝した。四十二万八千円。涼子のバッグから盗んだ合宿費が、香織の手元にあった。そこから慰安費として、明日香に十五万円渡した。これまでの明日香の苦労を鑑みれば、少ない金額だったかもしれない。だが、それ以上は、資金を割くわけにはいかなかった。残りの金は、南涼子を縛り付けておく計画のために必要なものなのだった。
 けれども、明日香は、うっぷんなら充分に晴らせたというように上機嫌で、ほとんど金には興味がない様子だった。
 取りあえず、めでたい今日だけはと資金を削って、香織たちは、ちょっとだけ贅沢に飲み食いを愉しんだ。

 その夜、香織は、体育倉庫の地下での出来事を思い起こしながら、オナニーに耽っていた。
 涼子のブラジャーを強引に剥ぎ取った時、濃密なボリュームの乳房が驚くほど柔らかく潰れた、あの感触が手に残っている。全裸で香織たちに背中を向けた、涼子の巨大な生尻は、瞼の裏に焼き付いていた。
 香織は、手で性器を包み込むようにし、全体を満遍なく圧迫していった。直接クリ○リスや膣を刺激するより没頭できるので、香織は、このやり方を好んでいた。
 あたしは、南涼子の裸に興奮しているわけではない。つまり、今、レズビアンとして性的な快感を得ているわけではないのだ。断じて……。最大にして唯一のポイントは、涼子が嫌がっているという点である。すなわち、あたしはサディスティックな性癖を持っている。
 この性癖は、自分の捻くれた性格に起因していると思うのだ。昔っから、弱い者いじめや仲間外しといった類のことが大好きだったし、可愛い子が幸せそうな顔をしているのを見ると、しばしば不幸に陥れてやりたい欲求を抱いたものだ。この性格の悪さには、自分でも苦笑してしまうのだが、それが高じて、性的な面にまで影響を及ぼすようになっていた。
 体育倉庫の地下で、その事実に気づくことになった。なにせ、体が反応していたのだから。

 ベッドの上で、香織は多少の戸惑いを感じながらも、悦びに打ち震えていた。
 この快楽をもっと早く知りたかった、とも思う。例えば、二年の時に、あの明日香を標的にしたってよかったのだ。明日香に関しては、香織自身が身近にいたのだし、グループ内の誰もが多かれ少なかれ嫉妬を抱いていたのだから、涼子を嵌めるより、遙かにたやすかったはずだ。
 素っ裸にされたら、明日香は、泣きじゃくっただろうか。土下座しながら、あの綺麗な顔を涙と鼻水で醜く崩して、必死に許しを乞うたかもしれない。想像するだけで、ぞくぞくしてくる。
 けれども、もういいのだ。南涼子という、文句なしの大物を手中に収めたのだから。それに、『やりがい』や『達成感』は、明日香が相手だと、涼子ほど絶大にはならなかっただろう。今後、南涼子は、香織の欲望を満足させるための対象として、生きていくのだ。
 同じ女に苦痛を与えて性的に興奮してしまうのだから、自分が、倒錯した性癖を持っていることは、認めざるを得ないし、受け入れるべきだ。しかし、自分はサドではあってもレズではない。この論理に、矛盾は一切介在していない。
 快感の法則は、至ってシンプルだ。対象が、嫌がれば嫌がるほど、香織の興奮は増す。だから、南涼子が耐えがたい苦痛を感じるようなことを案出し、それを実行すればいいのだ。するとおのずとああいった仕打ちになる……。

 香織は、自慰行為に没入するため、タオルケットを口元に巻き付けた。
 ……あの朝、廊下でばったり会って挨拶し合ったこと、あたしはずっと胸に残ってたよ、南さん。でも、南さんにとっては、ちっぽけなことで、もうとっくに忘れちゃってるよね。そんなだから、あんたは、こっぴどい目に遭ったんだよ。もう絶対に逃がさないし、許さない。明日っから、あんたの気が触れそうになるくらい、いじめ続けてあげるからね、南さん……。
 低酸素状態で、めくるめく快感に呑まれていき、香織は、本当に失神しかけていた。



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