バレー部キャプテンと
よこしまな少女たち
第三章〜無力な声
2



 さゆりは、バッグに携帯電話をしまい、代わりに、デジタルカメラを取り出した。
「大丈夫ですよ、先輩。いつでも、オッケーイ」
 香織は、自分のバッグの上に無造作に載せてある、一枚の写真を手に持った。体の芯が、ぼっと熱くなる。
 写っているのは、裸で股だけを両の手で覆っている涼子の全身だった。爪先から、頭のてっぺんまで、しっかりとフレームに収まっている。さゆりから手渡されて目にした時は、この生々しい肉体美に、思わず、鼻先がくっつくほど顔を近づけ、見入ってしまった。
 残念なのは、俯いているせいで、表情がわからないうえ、前髪が垂れて眼差しを隠してしまっていることである。ともすると、現場にいた香織たち以外の人間には、これが涼子だと確信が持てないかもしれない。
 今日は、この顔を上げさせてやる。そして、恥ずかしそうに隠している両手もどけさせてから、さゆりにシャッターを切らせる。要するに、決定的な弱みを握るのだ。

 香織が、写真を見つめてほくそ笑んでいる時、階上で、扉の開く大きな音が響いた。
 とうとうやってきた……。香織は、胸が躍るのと同時に、緊張で、かすかに膝が震えだすのを自覚した。
 何かを言い合っている二人の声が、上から伝わってくる。明日香と涼子であることに、間違いなかった。ほどなくして、注意深い気配を感じさせる足音がひとつ、下りてきた。
 姿を現したのは、正真正銘の、南涼子だった。慎重な足取りだが、かといって臆しているふうでもなく、涼子は、シューズの足を地下の地面につけると、徐々に香織たちとの距離を詰めてきた。壁の中ほどで待っている二人から、四、五メートルほどの地点で、涼子は足を止めた。
 涼子は、怒りや軽蔑といったものを籠めた視線を、香織とさゆりに対し、鋭く向けていた。その目つきに宿っている力に香織は圧倒されて、からかうことはおろか、目を合わせることすらできなかった。ちらっと、座り込んでいるさゆりを見やったが、彼女もまた俯いており、内心を誤魔化すように、爪をいじっている。

 出鼻を挫かれた思いだった。涼子の、この、ちっとも怯えていない素振りは、なんなのか。いくら涼子が誇り高く、強靱な精神力を持っているとしても、もう少し、おどおどすると予想していたのに。
 香織は、試しに仕掛けてみることにした。
「あのさあ、明日香はどうしたの? 一緒じゃないの?」
 横目で、涼子の表情を確かめる。涼子は、こちらを真っ直ぐに見据えたまま、しばし黙っていたが、面倒くさそうに瞼を閉じながら、ぶっきらぼうに言った。
「しらない」
 むかつく態度だ。だが、香織には、むかつく涼子と、面と向かって火花を散らす勇気などなかった。

 だんだん、香織は、胸騒ぎを感じ始めた。昨日は、不意打ちをかけることで涼子を動揺させ、判断力を奪うのに成功したが、今回は状況がまるで異なる。はなから、香織たちが敵だということを認識しているのだ。弱みを握っているこちらが、圧倒的に有利だと高を括っていたが、それは思い違いなのだろうか。
 絶対に言いなりにはならない、という意志を伝える構えで、涼子は、ここへ来たのかもしれないし、下手をすると、なんらかの対抗策を持っている可能性もある。
 どうしよう……。胸中に、不安の暗雲が広がっていく。いやだよ……。もっともっと、この子をいじめてやりたいのに。昨日のあれ、たった一回で終わりなんて、全然物足りないよ。
 だいたい、明日香は、なにをやってるんだ。
 さゆりと二人だけだと、涼子の迫力に押し潰されてしまいそうだった。はやくきて……。三人で囲まないと、手に負えないよ……。
 香織の念が通じたように、階段から足音が鳴りだした。制服姿の明日香が、細く長い脚を気怠そうに動かして、下りてくるところだった。



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