バレー部キャプテンと
よこしまな少女たち
第三章〜無力な声
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「あのね、りょーちん。今日は、まず初めに、りょーちんに宣誓をしてもらいます」
 ひとりだけ、やや距離を取っている明日香が、真剣そうな話し方で口火を切った。相対している、香織たちと涼子との二者を、あたかも中立的に裁いているといった風情である。空気に合わせて、さゆりも立ち上がり、しゃきっとした。
 この演出は、事前に、三人で相談して決めていたことだった。馬鹿げているようだが、実は、これからの両者の関係、いや、運命とも言うべきものを決定づける重大な局面なのだった。事実、香織は緊張して、掌がじっとりと汗ばんでいた。
 涼子は、胡散臭そうな顔で、視線を斜めに落としている。たぶん、本来ならば、一喝して、こんな茶番劇など蹴散らしてやりたいところだろう。だが、そうすることができず、はらわたが煮えくり返る思いで、明日香の話の続きを待っている、といった様子である。

「りょーちん、どんな時でも、暴力は振るわないって誓ってください。りょーちんは、体も大きいし力も強いから、殴ったり蹴ったりするのは、すごい卑怯です。なにか不満があるなら、話し合いで解決しましょー。話し合うのが、一番公平ですっ」
 そんな大それた台詞を、明日香は、真面目腐った口調で、しっかりと言い切った。
 卑怯なのは、絶対的に自分たちのほうである。むろん、三人とも、そんなことは承知している。
 かたや、涼子のほうは、言われたことの理不尽さに絶句しているようだった。信じられないものでも見るような目つきで、明日香の顔を見やっている。
 しかし、これは、涼子を無意味にからかっているのではなく、香織たちにとっては、極めて合理的な策なのだった。涼子の体格や筋力は、こちらにとって大変な脅威である。もし、涼子が、怒りを抑えきれなくなったり、屈辱に耐えられなくなったりして、パワーに物をいわせて抵抗してきたら、香織たちには為す術もないのだ。悪くすると、体のどこかの骨が折られるとか、とんでもない怪我を負う事態になるかもしれない。
 けれども、逆に、そのパワーさえ封殺してしまえば、もはや、涼子は文字通り手も足も出なくなる。すなわち、それは屈服を意味する。

 香織たちの意図が読めてきたのか、涼子の顔つきが、だんだんと険しくなってきた。三人の視線を浴びている涼子が、ふと、香織の足元にあるバッグに目を留めた。
「ねえ、それ……。その写真で、わたしを脅そうっていうの? 吉永さん」
 ようやく涼子が口を開き、無表情で顎をしゃくった。香織に向けられた、切れ長の双眸には、薄汚い人間を心底軽するかのような色が滲んでいる。
 情けないが、香織は、つい目を逸らしていた。まだ、涼子が暴力の放棄を誓っていないので、あまり軽はずみなことは言えない。
「あとで話すよ……。それより、明日香に訊かれたこと、答えたら?」
 俯き加減のまま、呟くような調子で返す。
 しかし、涼子は、香織の言葉を無視して、さらに追及してきた。
「バレー部の合宿費を盗んだの、あんたでしょ?」
 香織は、涼子の気迫に、恐怖すら覚えていた。口の中は、すでに、からからに乾いている。
「知らないって……。言いたいことあるなら、あとにしてよっ……」
「ちょーちん、答えてください。暴力は振るわないですか? 誓ってくれますか?」
 明日香が、割って入ってくれる。
 だが、それが聞こえていないかのように、涼子は、香織から目を逸らそうとしない。
 だいぶ身長差もあるため、その、二つの意味で見下してくる視線が、香織にとっては不愉快極まりなかった。なんってむかつく女なんだ……。



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