バレー部キャプテンと
よこしまな少女たち
第三章〜無力な声
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 ここまでの立役者だった明日香は、にんまりと笑んで、勝利感に浸っている。
 だが、香織は、自分たちの優勢を揺るぎないものにするための、駄目押しの一手を打つべきだと判断した。体中から悔しさを滲み出させているような涼子に、香織は、追い打ちをかけた。
「ねえ南さん、なんで台詞をはしょってるのよ。明日香の言った台詞、忘れちゃったの? もう一度、ちゃんと、言って」
 しばし涼子は、これといった反応は示さなかったが、ふと、瞑目した。そうして、薄目を開けると、嘆息し、口を開いた。
「宣誓……。わたし、南涼子は、いかなる時でも、暴力を振るいません。話し合いのみで、問題を解決します。……それを、誓います」
 香織は、意識して冷然たる目つきを崩さなかったが、心の中には、狂喜乱舞している自分がいた。それとともに、さっき、涼子に不愉快な思いをさせられた腹立ちが、めらめらと黒く燃え上がる復讐心へと変わっていく。服従しなくっちゃいけない立場なのに、あたしに向かって暴言を吐いた代償は重いよ、南さん。

「さゆりー、カメラ……。まず一枚、記念に撮っておいて」
 香織は、打って変わった和やかな声音で、後輩に指示をした。
 運動着姿は、南涼子コレクションの一番上に収まる、必須なものだ。
 さゆりは、ようやく緊張から解かれたと感じたのか、大きく吐息をついた。ぎくしゃくと身を動かしてカメラを手にすると、胸の前で構える。
「じゃあ、そういうことなんで……。南先輩、よろしく、お願いします……」
 まだ、若干、相手の先輩を警戒しているような、ぎこちない口調でそう言うと、カメラを涼子に向けて、ファインダーを覗き込む。
「ちょっと、やめてっ」
 シャッターの乾いた音が鳴ったのは、涼子が左手で顔を遮った瞬間だった。
「あらら……。顔を、覆われちゃったっ。これじゃあ駄目ですよね……。どうしましょうか? 香織先輩」
 弱ったように頬を歪めて、さゆりは訊いてくる。
 こけにされた涼子は、怒りを露わに、さゆりを睨め付けている。
 香織は、今こそ自分の出番だと、静かに気合いを込めた。ついさっきは、涼子を相手に気後れし、後輩の前で醜態をさらしてしまった。さゆりは、香織のことを、頼りなく感じたかもしれない。その名誉挽回の意味も含めて、ここで、涼子をねじ伏せるべきなのだ。鬼の形相をしている涼子だが、もう、怖がる必要はない。

「ねえ……。写真に、南さんを、ちゃんと映したいから、顔を隠したりしないで。なんか文句があるなら、言ってみなよ。ほらっ」
 最終的には、弱みをちらつかせるつもりなので、口喧嘩では負ける気がしなかった。涼子が言い返してこないので、香織は、さらに要求する。
「顔を上げて、カメラのほうをちゃんと向いて。カメラに目線を合わせて、じっとしてて」
 一方的な要求にもかかわらず、涼子は、無言でその通りにした。
 そこで再び、さゆりがカメラを構える。
「じゃあ、南先輩、いっきまーす。動かないでくださいねっ」
 シャッター音が鳴った時の涼子は、ひどく不快そうにカメラを斜めに見ており、姿勢は、片脚に体重を掛け、やや腰を横に突き出した、いかにもスポーツ選手といったポーズだった。その悔しそうな表情が写真に残ることに、香織は大きな満足感を得た。



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