バレー部キャプテンと
よこしまな少女たち
第三章〜無力な声
7



 さあて、お次は……、と香織は、少し考えを巡らせた。さっきまで傲慢な態度を取っていた罰として、あんたのアイデンティティーを、小突き回すようにして傷つけてやる……。
「ねーえ、南さん。さっきは、ずいぶんと強気で、あたしにも色々と言ってくれてたけど、形勢が不利になると、とたんに黙り込んじゃうんだ? なんだか滑稽だねえ」
 香織は、喋りながら、涼子のほうへと歩を進めていった。
 前日と同様、一メートルほどの距離まで近づいていくと、予想通り、その体から、ぷんぷん汗の臭いが漂ってきた。
 ひとりだけ、汗まみれの運動着姿で立っていることが、どれだけみっともないことなのかを、まず、嫌というほど思い知らせてやる。
「なに言ってんの? こっちは、あんたに言いたいこと、山ほどあるんだから。合宿費を盗んだの、あんたでしょ、答えてよ。しらばっくれてるのは、そっちじゃん」
 案外、涼子は、まだ心が折れていないようで、荒っぽい語気で香織に応酬してきた。
 むかつく……。この、くそ女。ほっぺたを引っ叩いて、髪を引っ掴んで、腹に膝蹴りを喰らわせてやりたい。だが、互いに暴力は行使しない取り決めになっているので、それはできない。
 手を上げたい衝動を抑えて、代わりに、香織は言い放った。
「ねえ南さん。部活、頑張ってんのはいいんだけどさ、ぶっちゃけ、あんた汗臭いんだよね」
 それを言われた刹那、涼子の頬に、さっと、恥ずかしさの影がよぎったのを、香織は見逃さなかった。
 ビンゴ。なんだ……、けっこう自分でも気にしてたのね……。ならば、そのことを徹底的にあげつらって、羞恥心を煽り立ててやる。

「へっえー。りょーちんのからだぁ、汗臭いんだぁ……?」
 ふと、横から、明日香が意外そうに言った。好奇心の表れだろう、口端をやんわりと吊り上げて、ひょこひょこと、こちらへ歩み寄ってくる。
 涼子の背後に迫った明日香は、いきなり、しなだれかかるようにその両肩に抱きついた。
「ちょっ、いやっ……」
 涼子は、驚愕と嫌悪を露わにして体を左右に振り、背中に引っ付いている明日香から離れようとする。
 明日香の突飛な行動には、さすがに、香織も呆気にとられていた。
「ああん、もう……。あんまり暴れないでよぉ、りょーちん……」
 明日香は、駄々っ子みたいに文句を付けると、涼子の肩に頬ずりするようにして、くんくん鼻をひくつかせる。
 ほどなく、明日香の口元から、笑みが消えうせていった。眉を顰めて、頬の全体を歪め、ひどく苦々しげな顔つきになる。本当に気持ち悪がっているのか、明日香は、お化けみたいに低い声で言いだした。
「かおりぃー。この子、汗臭いわぁ。シャツが、まだ、びしょびしょだしぃ……」
 涼子の顔に、今度こそはっきりと、恥や屈辱といったものが表出した。
 ナイス明日香、と香織は心の中で称えた。
「それじゃあ、下のほうも、まだ濡れてんのかなあー」
 香織は、適当な口実をつけ、すっと腰を落とし、涼子のスパッツに照準を合わせた。
 膝上丈の黒のスパッツは、涼子の逞しい太ももに、一分の隙もなく張り付いている。そこへ、香織は両手を伸ばし、両脚の外側から引っ掴んだ。
 両の掌に、生地の湿り気をじっとりと感じた瞬間、涼子が怒鳴り声を上げた。
「ちょっと、やめてよ!」
 激しく腰をよじりながら後ずさって、香織の手から離れる。

 だが、そこで、背後から抱きついている明日香が、両腕に力を込めて涼子の動きを制限した。
「りょーちん、じっとしてんのっ」
 明日香が加勢してくれたので、香織は間を置かずに、再び涼子の腰へ手を回した。スパッツに包まれた太ももの、臀部ともいえる、むっちりとした部分を、両手で押さえつけた。そして、目一杯の力で、ぐっと涼子の腰を引き寄せる。
 もう、涼子の筋肉質な下半身は、目と鼻の先だった。眼前の黒い生地から、むっとするような汗の臭いが、鼻孔に流れ込んでくる。涼子の太ももの、熱い躍動感を両の掌に感じ取りながら、そこからの臭気を、さり気なく嗅ぐ。ほとんど夢見心地だった。
 香織は、我を忘れて、さらに顔を接近させていた。
 それを厭悪した涼子が、脚をがたがたと動かして逃れようとする。
「痛いって、りょーちんっ。もう、それ以上暴れるようなら、暴力だと見なすからねっ。いいのっ? それでも」
 自分よりも遙かにパワーのある涼子を拘束していた明日香が、腕力だけでは無理とみて、言葉による牽制をかけた。とたんに、涼子の動作が、めっきりと弱まる。
 香織は、今この間だけは、明日香とのチームワークが、以心伝心の域に達しつつある気がしていた。頼りになる友人の後押しを受け、香織は、いくらか遠ざかった涼子の腰を、強引に引き戻した。
「ああうっ」と取り乱した声が、涼子の口から出た。

 間近で見ると、パンティラインが、指でなぞってやりたくなるほど、くっきりとスパッツに浮き出ている。さらに、いやらしいことに、下半身に密着したその生地は、股の筋に食い込んでおり、そこを挟む、ぷっくりとした肉の質感までもが、視認できるのだった。
 香織は、その筋に、鼻をくっつけてみたい衝動に駆られたが、なんとか自制した。さすがに、涼子もそうだが、明日香とさゆりの目が気になる。
 変態的な吉永香織というイメージを持たれるのは、絶対に嫌だった。香織が演じたい理想像は、あくまで、クールでニヒルな吉永香織なのだ。
 とはいえ、嗅覚に意識を傾けると、涼子のスパッツから漂うむっとする臭気のなかに、眼前の恥部のそれも、そこはかとなく混じっている気がした。



次へ

登場人物・目次
小説タイトル一覧
メニュー
トップページ

PC用のページはこちら

Copyright (C) since 2008 同性残酷記 All Rights Reserved.