バレー部キャプテンと
よこしまな少女たち
第四章〜女の子の手
1



 南涼子は、白いTシャツを、窮屈そうに、首、両手、上半身から引き抜くと、それを、ぽいと地べたに放った。豊満な乳房の輪郭が現れて、そこを包んでいるのが、白い綿のブラジャーであることがわかる。
 涼子が全裸になるまでの過程を一番愉しんでいるのは、もちろん、香織だった。
 ひとつ……。バレー部のキャプテンは、誇りを捨てた。
 Tシャツを首から抜いた際に、髪の毛が乱れてボリュームが広がっていた。けれども、本人は、そんなことを気にする素振りなどまったく見せず、次の動作に取りかかっていった。
 いい……。実にいい。感情を押し殺しているような表情と、ぼさぼさになった髪型との取り合わせは、胸の奥をくすぐられる、なんとも愉快な眺めだった。どことなく、野性味が加わった感じもする。そうだ、そのほうが、ふさわしいのだ。これから裸になる女には、日常的な整った美しさなんて必要ない。乱れて、尊厳も捨て去って、獣じみた姿をさらすべきなのだ。

 涼子は、黒のスパッツを膝まで下げた。前日と同じく、飾り気のない白のパンツを穿いているのが確認できた。
 まったく、この子は……。
 吉永香織は、涼子の下着の上下を見て、微笑ましい気分にすらさせられた。絵に描いたような純白の下着とは、ちょっと無頓着すぎるんじゃないの。今時、中学生だって、もうちょっと気を遣ってるって。だが、涼子の場合、部活で汗を掻くので、ブラジャーは、目立たない色合いのものしか着けられない、という理由もあってのことかもしれないが。そのため、パンツのほうは、単に上下で合わせているだけなのだろうか。
 とはいえ、涼子らしい、とも思える。逆に、涼子が、派手な柄のパンツなど着けていたら、少し興醒めだったかもしれない。

 涼子は、スパッツを脚から引き抜くと、それに未練など微塵も感じさせない素振りで、Tシャツと同様、地面に放った。
 またひとつ……。目の前にいる誇り高い女は、誇りを捨てた。
 香織は、今この瞬間、涼子に問いたかった。だが、うまく言葉にできるかどうか、いまいち自信がなかったので、口にするのはやめておいた。頭にあったのは、こんな内容だ。
 これまでに流してきた血や汗や涙が染み込んだ運動着、あなたの青春の象徴ともいえる運動着を、憎くってしかたのない、こんなあたしたちの前で脱いだ気分はどうなの、南さん。今の気分を教えて、南さん。
 
 ブラジャーにパンツ、膝のサポーター、靴下、シューズ。現在、涼子の体にあるものだ。
 香織は、彼女の足元に目を留めた。
「南さん。サポーターを外して、そんでソックスとシューズを脱いで」
 端的に命じる。涼子には、体から、一切合切を取り去らせたいのだ。意味もなく裸足になって、ひんやりとしたコンクリートの地面に、足の裏を付けていればいい。
 その時、涼子が、香織に一瞥を向けた。短い間だったが、視線が真っ向からぶつかった。その眼差しは、憎悪と悲しみが入り交じった感じのものだったが、今、もう彼女は、唯々諾々とシューズを脱ぎ始めていた。
 ふと、香織は、早朝の水飲み場で、ばったり涼子に出くわした時のことを思い出した。
 あの一刹那、あたしの体を硬直させ、意識が吸い取られてしまいそうだった、涼子の澄んだ双眸。それが、こうして時間が経ち、今、涼子は、敗北の色に染まった眼差しを、香織に向けてきたのだ。夢想さえしていなかった状況である。
 目が合うというのは愉しい。よく映画などで、生殺与奪を握った勝者が、敗者に対して、『おい、こっちを見ろよ』とか『わたしのほうに顔を向けなさいよ』などと台詞を吐くシーンがある。勝者のほうは、決まって、野卑に笑ったり、薄笑いを浮かべていたりする。あの快感は本物なのだ。



次へ

登場人物・目次
小説タイトル一覧
メニュー
トップページ

PC用のページはこちら

Copyright (C) since 2008 同性残酷記 All Rights Reserved.