バレー部キャプテンと
よこしまな少女たち
第五章〜美女と美女
2



「南さん、後ろを向いて」
 さも当然なことのように、香織は告げた。
 その言葉の意味を理解するのに、わずかに時間がかかったようだ。ややあって、涼子の表情が、ものの見事に歪んだ。
「いやっ……、やめてっ……」
 この世で、それほど嫌なことはない、という感じの拒絶の仕様である。
「やめて、ってなに? 大金が無くなった事件なんだよ、しかたなくない? ねえ、こっちはさ、南さんが、前のほう……、ってか、ま○こ、見せるのが、よほど恥ずかしいようだから、後ろから調べてあげるって言ってんの!」
 香織は、満を持して露骨な言葉を放ち、より一層のプレッシャーを涼子に与える。とはいえ、香織の発言は、最終的には、性器さえも強制露出させるつもりでいることを、仄めかしてしまっていた。
 涼子のほうは、今聞かされたことを信じたくないというふうに、左右に首を振り続けている。
 
 ひとしきりその反応を眺めてから、香織は、軽く息を吸い込み、思いっ切り言葉を吐き出した。
「だ・か・らぁ……、ほんっと、とろいねえ……。けつ! けつをこっちに向ければいいの!」
 香織の一言一句に衝撃を喰らったように涼子の首が反り返り、しまいには、わなわなと後ずさりし始める。
 絶望感や恐怖、そして恥辱。涼子の一挙手一投足は、そういった感情の表出に他ならなかった。むろん、それらは、香織のサディスティックな血潮をなおさら刺激してくる。
 香織は、ゆっくりと足を踏み出した。
「なに逃げてんの……? おとなしく検査受けないと、余計に恥ずかしい思いするだけだよ……」
 すでに完全に逃げ腰となっている涼子に歩みよりながら、冷ややかに告げる。
 香織は、涼子の前に立つと、ぞんざいに両肩をつかんだ。
「はやくしてよっ!」と怒鳴って威嚇し、強引に後ろを向かせようとする。
「いやっ……。やめてぇっ……」
 涼子は、両脚を踏ん張って抵抗し、震える声で哀願した。

「もーっ……。りょーちん、ちょっとくらい、我慢してよぉ」
 背後から唐突に、明日香のじれた声が聞こえてきた。彼女が、革靴の音を響かせ、こちらに歩いてくる。
 香織に代わって、明日香が涼子の正面に陣取った。明日香は、諦めの悪い涼子に対し、いつになく苛立ったような表情をしていたが、ふいに、口元を奇妙に緩めた。
 その直後だった。明日香は、すっと両手を前に伸ばしたかと思うと、涼子の裸体に抱きついたのである。両腕は、ごく自然な感じに涼子の背中に回っており、二人の顔は、鼻と鼻がくっつくほどに迫っている。
「えっ……。ちょっ……」
 捕まった涼子は、当然、生理的な嫌悪感をその全身で示した。だが、両手を股へやった不自由な体勢のままなので、動作が制限されて、明日香の腕から逃れられない。
「ふふふっ……」
 明日香が、聞く者の体温を下げるような笑い声を漏らす。

 このシーンは、前日も見せつけられたものだ。香織は、明日香の背中に、いささかの奇異の目を向けざるをえないのだった。
 普段から、明日香は、これといった意味もなく友人に抱きつくことが、しょっちゅうある。それは彼女の愛嬌であり、一種の武器ともいえた。しかし、裏切った相手、それも裸の女に同じことをするのは、如何なものか。
 明日香が、全裸の涼子と体を密着させている、目の前の光景……。
 まったく、あんたは、人にそうするのが好きだね、と香織は胸の内で呟く。だが、香織の胸中には、なんとなくもやもやとした感情が兆しているのだった。
 暗い羨望、とでもいうべきか。やっているのが明日香だから、別段、気色の悪い印象を与えないのだという思い。
 重要な条件として、身長が挙げられる。涼子と目線の高さを合わせ、小馬鹿にするだけの余裕を持った身長。かりに、香織が、明日香と同様の行為をしたら、まるで、むしゃぶりついているかのようで、目も当てられないほど見苦しく、また、狂気的に映るに違いない。こんな時に、明日香のすらりとした背丈には、嫉妬を覚える。
 それと、明日香の元来の飄々として甘ったるい性格が、この場面では、変態じみた印象を打ち消していた。
 この子は、今後の人生でも色々なところで、突拍子もない行動で周囲を驚愕させては、とぼけてみたり猫撫で声を出したりして、お目こぼしを貰い、傍若無人に生きていくのだろうか。
 友人に対する羨望ほど詰まらないものはない。べつに、涼子に抱きついてみたいとか、そんな願望があるわけではないが。



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