バレー部キャプテンと
よこしまな少女たち
第六章〜穢れなき罪人
7



 はりつけの刑みたいな風情の涼子に向かって、香織は、もったいぶるような足取りで歩いていった。何をされるのかと、びくついている涼子の真ん前に着くと、出し抜けに、彼女の右腕を両手でつかみ、腕を下ろせないように押さえ付けておく。
 ぴんと張った脇の皮膚に、香織は、ゆっくりと顔を寄せた。
「えっ……、ええっ」
 香織の意図に気づいた涼子が、頬を引きつらせて悲嘆の声を漏らした。
 強烈な屈辱や激しい嫌悪感によるものと思われるが、涼子の腕がひどく震えており、それが香織の両手にも伝わってくるのだった。だが、香織は当然、そんなことはお構いなしに、これは正当な権利に基づく検査だとでも言わんばかりの態度で、そこをまじまじと調べ始めた。
 部活で運動着になるためか、こっちのほうは、下の毛とは違って、わりと処理に気を配っている感じだ。けれども、手入れがなければ、濃くて太い毛が多量に生えるのだろうことは、疑う余地がなかった。ぶつぶつとした黒い毛穴が、びっしりと楕円状に広がっているのだ。汚らしい見た目にたがわない、酸っぱい臭いまでもが、香織の鼻腔に流れ込んでくる。
 的中している……。
 簡単に言ってしまえば、肉感的な女の子の体は、普通の子より不潔。香織が強引に案出した、あの法則は、あながち間違ってはいなかったのだ。いや、涼子の裸体の解剖によって、正しかったことが証明されたと捉えてもよいでしょう。名付けて『南涼子の法則』である。
 香織は、ひそやかな勝利感と共に、なにやら自分が高揚しているのを感じていた。

「ちょっと明日香ぁ、あんたも見てごらんよー」
 後ろを振り返って、友人を呼ぶ。
 明日香は、興味津々の顔でやって来て、反対側の涼子の腕をそっと押し上げた。そして、脇の肌を一目見ると、またもや大胆な行動に出た。ほとんど涼子と背丈の変わらない明日香は、すっと腰を落とし、そのほっそりとした鼻先を、脇の下へと突っ込んだのだ。
 真面目腐った顔つきで、涼子のフェロモンの刺激臭を吟味する明日香だが、つと、香織のほうに目配せすると、吹きすさぶ風の音のような声音を発して笑いだす。香織には、ちょっと真似できない大胆さだった。明日香だから変態的な印象を与えないのだ、という思いが、先程と同じように頭をよぎる。
 視線を上げて、涼子の表情を窺った。微妙に恥ずかしい細部である両の脇の下を、あけっぴろげにし、そこを二人の女に検められる心境は、どんなものだろうか。その口元が、絶えずぴくぴくと痙攣しており、頬全体が、どことなく赤らんでいるように見えた。

 そうして香織と明日香は、どちらからともなく涼子の脇の検査を終えた。すると涼子は、打ちのめされたように、かすかな嘆息をこぼし、両腕を下ろそうとする。
 そこで香織は、目ざとくストップを掛けた。
「待って。腕下ろしていいなんて、誰も言ってないでしょ?」
「えっ……?」
 憔悴しきった涼子の顔が、こちらを向く。
「だっからー。勝手な動きしないでほしいのっ。腕は、まだ上げたまま」
 まったく、苛つく……。あたしを苛つかせないように、もう少し考えてよ。この、不潔な臭い豚のくせに。
 涼子に対する、苛立ちや軽蔑、嗜虐心などが、じわじわと膨れ上がっていくさなか、ふと、香織の脳裏に、絶妙な素晴らしいアイディアが閃いた。
 再び、涼子が万歳の体勢に戻った後、香織は、脇の下の剃り跡を眺めながら、逸る気持ちを抑えて質問した。
「あのさあ、南さんさあ、毛の処理はするの?」
 直後、涼子の黒目が上下に揺らいだ。
 数秒待ったが、答えは返ってこない。執拗に問い質す代わりに、香織は話を続ける。
「ちょっと説明しにくいんだけどさ、南さんの体は、あたしの考えてたことの立証になったの。まあ、なんというか、現状保持したいからさ……、脇毛の処理は禁止ね。剃っちゃ駄目」
 涼子の形相が変わり、呻き声の混じった荒い息が吐き出される。
「なっ……。なんで……?」
 その反応はもっともだと、香織も思う。けれど、理由を理解させるように説明するのは難しいし、する気もない。結局、わけを一言で言うならば、涼子がそうしてくれたほうが、香織にとって面白いからなのだ。
「体の状態の保存だって言ってんの。あと、南さんが容疑者だからってのも、理由の一つかな。脇毛はもちろん、まん毛も処理しちゃ駄目だよ。どのくらい生えてたか、ちゃんと覚えたからね。あっ、それと……、おしりの穴の周りの毛もね」
 香織は、言い付けを終えると、つい、にやけてしまった。
 涼子のほうを見やると、その喉元が、ごくりと波打った。天に自分の運命を問うかのように、涼子の虚ろな眼差しが、遠くに向けられる。
 香織は、おかしくて堪らなくなり、笑いながら付け加えた。
「そんなさー、人生終わったみたいな顔しないでよっ。だいじょうぶ。伸ばしっぱなしにしろっていう意味じゃないから。処理したい時には、あたしに言ってくれれば、代わりに剃ってあげる。……でも、家で勝手に処理してきたら、絶対に承知しないからね」
「ひどーい、香織ぃ。りょーちんがー、かわいそー」
 明日香が、横から口を挟んできた。だが、その愉快そうな抑揚と、顔に浮かんだ薄笑いは、香織の案に対する同調と賛辞に他ならない。
「だって、悪いのは、お金を盗んだ南さんじゃない?」
 弾む声で相づちを打って、後輩のほうへ戻る。さゆりの出番を告げるために。



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