バレー部キャプテンと
よこしまな少女たち
第八章〜密室
5



 どうしたらいい。どうしよう。答えの出ない言葉が、頭の中で堂々巡りしている。
 とりあえず、現金と写真を回収しよう。
 涼子がそっと手を伸ばしかけると、いきなり香織に腕をつかまれた。ぎょっとして、体が硬直した。
「待ちなよっ。その前に、ちゃんと態度を改めたらどうなの?」
 香織が、なにやら怒った口調で迫る。納得できるまで、涼子の腕を放さないという様子である。
 不安や困惑により半ばパニックに陥った頭の中では、今、自分はどう対応すべきなのかという判断がつかなかった。
 セーラー服の袖から伸びた涼子の腕を、香織がぎりぎりと締め付ける。徐々に痛みを感じ始めた。
 またしても敗北するのか、わたしは……。そんな思いが、脳裏をかすめる。もし、この場で、三人を打ちのめすことが叶わずに屈してしまったら、わたしは、その後どうなるのだろう。
「たい・ど……?」
 涼子は、ほとんど無意識のうちに、低い声で呟いていた。
「そう、態度。あたしたちが南さんのために、お金と写真を渡すんだから、その態度を改めて。まず、さっき、あたしたちに向かって暴言を吐いたこと、謝ってよ」
 なぜ、わたしが謝らなくてはいけないんだ。だめ……。香織の思うつぼになってしまう。
 涼子は、底無し沼に足を踏み入れぬよう、きわの所で踏ん張っている状態だった。
「べつに、謝りたくないなら無理強いはしないよ。その代わり、お金は、絶対返したくないし、写真は、こっちで好きなように使わせてもらうけどね」
 合宿費のことは、実際、手の打ちようのない問題だった。あれほどの大金は、かりに立て替えようと思っても、用意できるものではない。それに、そろそろ納めなくては、場合によってはバレー部の合宿が中止になってしまうかもしれない。たとえ一部でも、戻ってくるのであれば……。
 そして、なにより、机の上に散らばっている、正視に耐えないほど穢らわしい自分の裸体の写真。

「ごめんなさい……」
 自分でも意外に感じたが、あっけなく、それも落ち着いた声で謝罪していた。
 だが、すぐに、敗北したという事実を痛感した。意識の隅には、これから待ち受けている運命のイメージが曖昧模糊としてあるのだが、それが急速に具体化されていく。
 いや、いやだ……。絶対にいや。心の中の自分は、涙を流して首を振り続けている。
 でも、まだ、最悪の事態になると決まったわけじゃない。形勢が不利になってしまっただけだ。
 涼子は、遠のいていく希望に、必死に縋りつこうとしていた。

 ようやく香織が、涼子の腕を放した。
「うん、いいよ。誠意があるようだから、許してあげる。じゃあ次は、しっかりとした態度を見せて」
 香織の頬の肉がみるみるとせり上がり、なんとも卑しげな顔つきになった。
「南さんの態度しだいで、こっちも考えてあげるよ。プライバシーに関する写真は返してあげるし、それに、バレー部の合宿費も、もっと色々なところを探してあげる」
 極限の緊張で、胸が痛くなるような動悸がしている。
「なに……。どうゆうことよ、それ……」
 絞り出すようにして発した声は、震えていた。
 香織は、横で薄笑いを浮かべている二人と目配せし合っている。そして、両眼に蔑視の色を鈍く光らせ、涼子を見上げた。
「脱いでよ。あたしたちの前では、裸になってるのが礼儀でしょ?」
 薄々予期していた命令だったが、全身が麻痺したように動けなくなった。
 おとなしく従うならば、裸の写真はバラさないし、盗んだ合宿費も少しずつ返してやるということらしい。六万の額には、そんな意味が込められていたのだ。
 つまるところ、二重の弱みを握られているという現状を思い知り、気が遠くなりそうになる。自分が、恐ろしく計算された奸計に嵌ったことを、ようやく涼子は悟った。
 もはや、ひとひらの希望さえ見いだせない。くそ……。手も足も出ない。わたしは、こいつらに対して完全に無力なのか。



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