バレー部キャプテンと
よこしまな少女たち
第十三章
隔絶された世界
3



 震える息を吐き出し、涼子は、決死の覚悟で問う。
「こっ、この体操着……、どーするつもりなの……?」
 地獄の底から響くような、恐ろしく低い声が出る。
 少女たちは、それを聞いてどっと笑った。
 香織が、白々しく顎をそらして言う。
「どーするって、そりゃあ……、ロッカーに戻しておくに決まってるでしょう? 滝沢さんのものなんだから……。当然じゃん」
 だめ……。絶対に、絶対に、こんなもの、滝沢さんに着せるわけにはいかない……。
 捨ててしまいたい、と狂おしいまでに思う。しかし、香織たちにしてみれば、汚れた滝沢秋菜の体操着は、絶好のネタに違いないのだ。処分させてほしいと頼んだところで、許されるわけがなく、むしろ逆効果になる可能性が高い。
 やるならば、今日、香織たちが帰ったその後か、それが無理ならば、明日の朝一だ。滝沢秋菜には申し訳ないけれども、盗難に遭ったと思わせることにして、ロッカーから取り出してしまう。そして、家に持ち帰り、ゴミ袋の奥に突っ込む。

「忠告しておくけど、こっそりロッカーからシャツを盗んで、証拠隠滅しようって考えてるなら、やめたほうがいいよ。もしも、滝沢さんのシャツが無くなってるって判明したら、その犯人が、南さんだって証拠、本人に送りつけるからね」
 涼子の思考は、香織に先読みされていた。でも、わたしが、犯人の証拠って……。
「さっき、南さんがシャツを咥えてた、あの写真のことだよ。犯人が南さんだってこと、一目瞭然だよね」
 涼子の魂を袋小路に追い込むように、釘を打たれたのだ。
「あっ、でも、南せんぱい、もしかすると、こっそり洗濯して返すとか、そういう姑息な真似するかもしれませんよ。一応、今日のところは、このシャツ、あたしたちが持って帰って、預かってたほうが、よくないですか? 明日の朝一で、ロッカーに戻すようにすればいいんですよ」
 さゆりが、ここぞとばかりに悪知恵を働かせる。
「ああ、それがいいかもね……。まあ、どっちにしろ、南さんの手には、絶対に渡さないってことよ」
 
 いずれにせよ、体操着の防御は固く、密かに処分するのは難しそうだった。香織たちが本気だとすると、涼子には打つ手がない。ということは、波及は防げないのだ。
 その時が来たとする。着替えるため、滝沢秋菜が、体操着を取り出す。体操着の『異常』に気づくのは、明白なことのように思われる。いや、それなら、まだいいと言えるかもしれない。最悪、彼女は、首を通してしまうかもしれないのだ。そうなったら、彼女は、どんな行動に出るだろうか。教室中を、おぞましい噂が飛び交う事態にまで、発展するかもしれない。
 その時、張本人である涼子は、罪悪感に苛まれても、恥ずかしさに顔が紅潮しても、頬被りを決め込むしかないではないか。おそらく、香織は、その涼子の姿を観察し、心の中で指差して笑うつもりなのだ。
 想像しているうちに胃液が込み上げてきて、口の中に酸っぱい味が広がった。

「それかさあ……、南さん、もういっそのこと、自分から、まん汁付けちゃいました、ごめんなさい、汚いから着ないでくださいって、滝沢さんに、正直に話したら?」
 香織は、あれこれと愉快な想像を巡らしているらしく、うきうきと喋る。
「あっ、それに賛成。だって、滝沢先輩って人が、体育の時間、このシャツのせいで迷惑したり、もしかしたら、嫌がらせされたと勘違いしちゃって、すごい悲しむかもしれないのに……、南せんぱいが、知らない振りしてるっていうのは、ヒキョウだと思いまーす」
 さゆりも、面白くって仕方がないという風情である。
 ふふっと、明日香が笑う。
「滝沢さんとぉ、どーしても、ともだちになりたくって、パンツ脱いだま○こにぃ、シャツをこすりつけてたら、きもちよくなって、エロいマン汁がでてきちゃったんでーす。……って。言えるかなぁ……? りょーちん」
 明日香は、すっかり機嫌を取り直した様子である。
「ついでに、せんぱい……。うんこした後、綺麗に拭いてなかったから、シャツで、おしりのほうも拭かせてもらいましたぁ、もちゃんと言うべきですよ」
 さゆりが、それを行った自分の手柄を誇るかのように付け加える。
 耳を塞いで、うずくまってしまいたい。しかし、思考を停止するわけにはいけない。
 ぎゅっと瞼を閉じて開け、乱れる呼吸を懸命に整える。なんとか、なんとかしなくっちゃ……。

「ねえ、思うんだけどさ、南さんって、もしかして……、レズなんじゃない?」
 突然、香織の発した言葉に、涼子は、ぴくりとした。こんな時、言い返してやりたい台詞が、意識の片隅にあった気がする。
「あっ……、ありえる! だって、普通、こんなところで感じたりします? もしかして、滝沢先輩のシャツだってことを意識して、興奮してたのかもっ……」
 さゆりは、大袈裟に人差し指を振って言った。
 
 少女たちは、まだ、どことなく幼い嬌声を発しながら、はしゃぎ始めていた。まるで、生まれたままの姿である涼子が、悪い妖精たちに、周囲を飛び回られているかのような、どこか幻想的ですらある光景だった。



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