バレー部キャプテンと
よこしまな少女たち
第十三章
隔絶された世界
5



「かっこいいとか、性格がいいとか、南さんは言われてるけど、危なくなったら自分のことしか考えないって、わかったから、もういいや……。じゃあ、このシャツを、あたしたちが処分するっていう方向でいこうか。だけど、今日とか明日とか、すぐには処分しないよ」
 香織は低い声で、そっと付け加える。
「あと、南さんの今後の態度によっては、処分するかどうか、わかんない」
 
 わたしは馬鹿だ……。なぜ、これほど単純な事柄に気づかなかったのだろう。
 フル回転していると思っていた思考も、実際は空回りしていただけだったのか。
 涼子に対し、絶大な利用価値を誇る代物を、香織が、あっさりと手放すはずがないのだ。
 ようやく、この話の流れが、どこに行き着くのかを悟る。香織の最大の狙いは、依然、涼子への脅迫なのだ。
 気色の悪い話であるが、香織、あるいは、明日香かさゆりが、この体操着を家に持ち帰り、ビニールか何かに保管しておくつもりなのだろう。涼子の体液と大便の残滓で汚れきった、この体操着を。持ち帰った者は、時折、その『状態』を目と鼻で確認したりして……。
 涼子は、吐き気を催しそうな嫌悪感を抱いた。これほどまでにおぞましい話が、他にあるだろうか。
 そして、その伝家の宝刀が抜かれるのを、涼子は、日々、戦々恐々として過ごすことになる。涼子にとっては、学校という場が、この女たちに支配された監獄と化すのだ。

「何か、不満でもあるの? 南さん……。あたしたちが、親切で処分してあげようっていうんだから、ちゃんと頭を下げるのが、礼儀ってもんでしょ?」
 香織は、涼子との心理戦を味わうかのように皮肉を言った。
 考えろ、考えろ、と自分を鼓舞し続ける。考えるのを止めた瞬間、わたしの手足には、鎖が巻きつけられるのだ。
 もう、自分の口から、滝沢秋菜に打ち明けてしまおうかと、涼子は思い始めていた。苦手意識のあるクラスメイトに話すには、はらわたの千切れるような抵抗があるが、事の顛末を、すべてだ。この身で味わった、筆舌に尽くしがたい恥辱の数々を、赤裸々に……。
 
 そこで、ぶつっと思考の糸が切れてしまった。身ぐるみ剥がれ、極限の恐怖を前にした状況で、落ち着いて思考を巡らすなど、土台無理な話なのだ。
「滝沢さんのシャツの処分、よろしく、お願いします……」
 とうとう言ってしまった。代償は、この体で払いますと、宣言しているようなものだった。しかも、香織たちが処分することは、絶対に有り得ないので、高校卒業まで延々と続くのだ。
 とたんに、猛烈な疲労感に襲われて、この場にへたり込みそうになる。
「しょうがないなあ。この、きったないシャツ、あたしたちが、責任を持って処分してあげる。ただし、今後、あたしたちに口答えしないで。今、この瞬間からね。逆らったら、どうなっても知らないよ」
 小柄で冴えない容姿の香織が、バレー部のキャプテンである涼子を徹底的に威圧する。そのつり上がり気味の目には、これでもかというくらい優越の色があった。
「はい……」
 ぽつりと返事をしつつ、涼子は、ぼんやりと思っていた。まだ、希望が完全に潰えたわけじゃない……。家に帰ったら、落ち着いて考えられる。この女たちの呪縛を破る、良い案も見つかるはずだ。こんな状況だから、まったく頭が働かなかっただけで……。
「それじゃあ、南さん。まず、さっき明日香に暴力を振るったこと、ちゃんと謝りなよ。明日香は、まだ許したわけじゃないんだからね」
 そうだ……。まだ、なんとでもなるんだ。ただ、今日のところは、悔しいけど、何をされても耐えないといけないかも……。耐える。耐えて、そうして、こいつらは、絶対に許さない。退学に追い込むだけじゃ、とてもじゃないが気は収まらない。
「ごめんね、明日香。さっきは、乱暴しちゃって……」
 しおらしく謝りつつも、涼子の意識は、あるかなきかの希望にすがりついていた。
 本当の絶望というものに直面するのが、怖くてならなかった。



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