バレー部キャプテンと
よこしまな少女たち
第十四章
自己保身
3



「香織がぁ、話があるんだってぇ……。タキザワさんのことぉ」
 涼子が廊下に出ると、明日香は、機先を制するように言った。
 なんで友達がいる時に呼ぶの……!? そう抗議するつもりだったのだが、『滝沢』という名を聞くと、涼子は言葉を失った。涼子にとって、今、もっとも聞きたくないキーワードがそれだった。
 体操着のシャツが無くなった滝沢秋菜は、体育の授業では、見学を余儀なくされていた。その時の、彼女のふて腐れたような表情が、忘れられない。涼子は、申し訳ない気持ちで一杯になっていた。そして、あの、汚れた体操着と、その犯人が涼子であることを示す写真のセットが、いつ、彼女の元へ送りつけられるかと、この数日間、恐怖に震えるような思いで過ごしていたのだ。
 
 視線を転じると、廊下の片隅で、香織と、例のごとく後輩の石野さゆりが、こそこそと待ち構えているのが見える。明日香と違って目立たない風貌の二人は、陰気なオーラを発していて、幽霊のように薄気味悪い。涼子と同じクラスなのは香織だが、わざわざ明日香に呼んでこさせたのも、うなずける。涼子たちのグループの輪に、突然、香織のような生徒が割り込んできたとしたら、不審者扱いされるのがオチだ。
 こちらを見ている香織に、涼子は軽蔑の視線を送った。ふだんは、わたしに話しかけることさえ、できないくせに……。
「りょーちん、こっち、付いてきてっ」
 明日香は、香織たちを追うように歩きだした。
 悲しいかな、涼子は、それに付き従うことしかできなかった。
 
 前を行く三人が、渡り廊下に差しかかる。向かいの棟へ誘導しようとしているらしいことに気づき、涼子は足を止めたくなった。
 話がある、と明日香は言った。その内容がどんなものであれ、今回ばかりは、話だけで終わるだろうと高をくくっていた。五時限目の開始まで、あと二十分ほどしかないのだから。だが、人気のない場所へ連れて行かれるとしたら……。
 
 向かいの棟に移動し、一階に降りる。美術室や家庭科室、保健室などが並んだ廊下は、薄暗く、生徒たちの声は聞こえてこない。香織たちが、どこへ行こうとしているのか、ようやく見当が付いた。
「ちょっと、待って! もうここでいいでしょ? 話って何なの!?」
 不安を抑えきれなくなり、涼子は、三人の背中に叫んだ。
 香織が、にたにたと笑いながら振り返り、こちらに顎を突き出した。
「だ・い・じ・な話がある・のー。た・き・ざ・わ・さんのことー。文句言える立場じゃ、ないんじゃないのかなあ?」
 さっきまでは、涼子を遠目に見ていることしかできなかったというのに、今では、別人のように強気になっている。
 
 逃げられるものなら逃げてみろとでも言わんばかりの態度で、案の定、香織たちは、トイレのドアを押して入っていった。
 恐怖と不安で足が止まる。心臓がどくどくと脈打っている。だが、涼子には、前に進むという選択肢しかあり得ないのだった。
 体を守るように肩を抱き、自分に言い聞かせる。だいじょうぶ。香織たちにしても、次の授業をサボってまで、涼子に嫌がらせを続けるとは、考えにくい。どんなに長くても、あと二十分ほど……。



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