バレー部キャプテンと
よこしまな少女たち
第十四章
自己保身
5



「あーあっ……。もう、南さんで遊ぶの、なんだか飽きてきちゃったなあ。大抵のことはやっちゃったし。なんていうか、やり甲斐がない。新しい刺激が欲しいところだよね……」
 香織は、遠い目をして、妙なことを言い始めた。
「あのさ、聞きたいんだけどさ、南さん。ぶっちゃけ、滝沢さんのこと、どう思ってる?」
 つい目を合わせてしまった。香織は、にやりと笑う。
「滝沢さんのこと、苦手っていうか、ぶっちゃけ、あんまり好きじゃない? だって……、南さんが話しかけても、滝沢さんは、そっけない返事しかしないし、南さんがグループに入っていくと、滝沢さん、どっかよそに行ったりするじゃん? ああいう態度されて、嫌いにならないの?」
 どこまでねちっこく涼子を観察しているというのだ。その行為だけでも寒気がする。
「べつに……、嫌いなんかじゃ、ないよ……。ねえ、なにが言いたいわけ?」
 否定しなければ、肯定と捉えられそうだったので、涼子は、仕方なく言葉を返した。
 香織は、露骨な疑いの目で涼子を見ながら、なぜか不愉快そうに顔を歪めた。
「あたし、実は……、滝沢さんのこと嫌いなんだよね……。頭がいいのか知らないけど、なんか、いつも澄ました顔してるのもムカつくし。あと、最近、体育のバスケの時、すごい強引にぶつかってこられて、あれで完璧にムカついた……」
 自分は、どのような反応をすればいいのかと、涼子は考えさせられる。胸の内には、少なからぬ驚きがあった。
「それでさ、明日香とさゆりにも、滝沢さんの姿を実際に見せて、どんな子かってこと、詳しく話したんだよね。二人とも、滝沢さんのことは、ほとんど知らなかったから。そうしたら、明日香もさゆりも、あの子、ムカつくって言ってくれて、あたしたち、全員の意見が一致したってわけ。気が合うでしょ?」
 香織を中心にした三人が、どこか誇らしげにも思える笑みを、こちらに見せつけていた。
 まさか……。涼子は、予感が当たらないことを祈った。

「そういうわけで……、今、あたしたち、滝沢さんに、目、付けてるんだよね」
 その言葉を聞いた瞬間、時間の流れが遅くなるような感覚を覚えた。涼子の胸の内には、なんとも言い様のない感情が渦巻いていた。
「目、付けるって……、なに? 滝沢さんに、何する気なの?」
 涼子にしてみれば、こう問うしかない。
「それは、まだ秘密。後で、きっとわかるから、愉しみにしてて。それより……、今回、南さんに来てもらったのはさ、ちょっと頼み事を聞いてほしいんだよね」
 頼み事……? 涼子は、眉をひそめた。

「今日さあ……、滝沢さんが、ほかのクラスの子から、写真を受け取ってるのを見たんだよね。十枚くらい。どうも、友達とどっかに遊びに行った時に、みんなで撮った写真らしいんだけど……」
 香織は、三白眼の目つきで続けた。
「滝沢さんのバッグに、その写真が入ってるから、そのうちの一枚を、こっそりと盗ってきてくれない? 滝沢さんの顔が、しっかりと写ってる写真を選んで」
 頭の中で、軽い混乱が生じた。
「なんで……? 滝沢さんが写ってる写真なんて、何に使うつもりなの?」
 涼子が問うと、香織は唇を曲げた。
「ちょっとした、いたずらを思いついちゃってさ……。やってくれるよね、南さん? 次の時間、体育でしょ? 日直から教室の鍵を借りて、誰もいない間に、滝沢さんのバッグから、写真を一枚、盗っておいてよ」
 涼子は、怒りを通り越して呆れてしまった。
 さすがに香織も少しばかり後ろめたいのか、その頬には、苦笑するようなシワが刻まれている。嫉妬や恨みに歪んだ、醜い、醜すぎる顔だった。
「できるわけないでしょ? 人の写真を盗むなんて……。滝沢さんに文句があるなら、滝沢さんに、直接言えばいいじゃん……」
 香織には、滝沢秋菜に面と向かって文句を言うような勇気がない、ということは、涼子にも察しが付いていたけれど。
「だめ。あたしたちの計画には、滝沢さんの写真が必要なの。そういうわけで、やって」
 香織の物言いに、頭に血が上った。どこまでも人を馬鹿にして……!
「なんで、そんなこと、わたしがやらないといけないの!? じ……」
 自分でやればいいでしょ、と続けそうになったところを、涼子は呑み込んだ。かりに香織が自分でやるのだとしても、それは見過ごしていいことではない。クラスメイトの写真を、こっそり盗むなど。
「できない、そんなこと……。滝沢さんが、可哀想」
 涼子は、呟くように付け加えた。

「だめ。許さない。やってもらう。もし、やれないって言うなら……、罰として、今日の放課後、このトイレで検尿やらせる。今度は冗談じゃなく、本気だからね。あたし、紙コップ持ってくるから、それに入れさせる。あたしたちが見やすいように、便器でじゃなくって、トイレの真ん中で、おしっこしてもらうから」
 コ・イ・ツ……、というわずかな音を、涼子は唇から漏らしていた。この、つり上がり気味の目をした小さな女に向かって、自分が襲いかからないでいることが、不思議にすら思われてくる。



次へ

登場人物・目次
小説タイトル一覧
メニュー
トップページ

PC用のページはこちら

Copyright (C) since 2008 同性残酷記 All Rights Reserved.