バレー部キャプテンと
よこしまな少女たち
第十四章
自己保身
7



「さゆりっ……。なーんか、南さんが、検尿くらい、どうってことないって顔してるから、写真を盗ってこなかった場合の罰を、追加しようと思うの。あんた、何か、いいアイディアない?」
 香織は、横目でこちらを見ながら言った。
「あー、はあー……。うーん、何がいいでしょうね……」
 いきなり話を振られた後輩は、小首を傾げた。
 なんで、そこで、考えたりするの……! 年下のくせに。涼子は、心の内で怒鳴っていた。

「じゃ、こういうのは、どうですか? 検尿ついでに、ギョウ虫検査。あの、小さい子供がやるヤツ。セロテープでやればいいんですよっ。南せんぱい、おしりの穴、汚かったから、変な菌とか虫の卵とか、くっついててもおかしくなかったですしぃ」
 どろどろとした言葉が、耳から頭に流れ込んでくる。いっそ声の限りに絶叫し、後輩の言葉をかき消したい思いだった。
「いい! その案、採用! さすが、さゆりだね。セロテープを肛門に貼り付けて、ぐりぐり押した後に、剥がして、保管」
「あ、でも、南せんぱい、おしりの穴の周りも、毛がいっぱい生えてたから、セロテープ剥がす時に、毛がぶちぶち抜けて、やばいことになりそーう」
 香織とさゆりは、その下品な会話に似つかわしいだみ声で笑い合う。
 さゆりを凝視しすぎて、涼子の目には、その姿が二重に映っていた。後々、犯罪者として裁かれても、悔いはないかもしれない。この後輩を、自分の手で絞め殺せるのなら……。
「あっ、なんか、あたし、睨まれてるんですけど……。こわーい」
 さゆりは、ふざけて香織の背中に隠れようとする。

「はい、南さん、もう決定したからね。おしっこ検査と、ギョウ虫検査。言っておくけど、これ、マジだから。滝沢さんの写真を盗ってこないなら、今日の放課後、この場で、マジでやらせるから」
 香織は、目を見開いて言った。
 涼子の視線が香織に移ったとたん、さゆりは、ささやくような小声で呟くのだった。
「睨まれた……。ムカついた……。ギョウ虫検査、絶対やってやる。絶対やってやる……」
 そして、黙っていた明日香も、ここで追い打ちを掛けてきた。
「りょーちん、ギョウ虫検査、受ける場合はぁ、おしりの穴ぁ、キレイにしといてねーん。前みたくぅ、うんち付けたままにしとくのはぁ、やめてねぇ。あたしたちもぉ、触りたく、ないからぁ」
 今日の放課後、口から泡を吹くほどの汚辱に悶えている自分の姿が、まぶたの裏に浮かぶ。涼子は、恐怖と悲しみのあまり、嗚咽をこぼしていた。顔がくしゃりと歪み、唇がへの字に曲がる。耐えられない……。そんなの、耐えられる女の子なんて、いない……。脅されたんだから、盗んだとしても、仕方がないじゃない。自分の身を守るため。悪いことじゃない。滝沢さんには、申し訳ないけど……。
 
 しかし、土壇場で、涼子は雄叫びを上げるような気持ちで踏ん張った。
「盗むなんて、わたし……、できないから」
 これから開始される拷問の内容を聞かされ、助かりたければ仲間の情報を吐けと迫られても、なお、突っぱねる。それと似たような境地だった。
 香織は、口笛を吹くような仕草を見せた。
「へえー……。立派、立派。じゃあ、最後に訊くけど、放課後、検尿とギョウ虫検査を受ける覚悟が、できたったことね? あとで後悔しても、遅いからね。絶対にやらせるから」
 涼子は、両手の拳をぎゅっと握った。自分がここまで意地を張る理由は、何なのだろうかと思う。滝沢秋菜のためかというと、少し違うような気がする。盗みが発覚するのが怖いからでもない。正義感とも異なる。きっと、自分のプライドの問題なのだ。誰のためでもない。自分の誇りにかけて、人の道を踏み外すような真似だけは、したくなかった。
「好きにすればいいでしょっ!」
 涼子は、半ばやけを起こして吐き捨てた。放課後、自分は、死ぬほど恥ずかしい思いをさせられるかもしれない。けれど、恥ずかしい人間になるよりは、よっぽどマシだ。
 
 香織は、無表情でじっと涼子を見すえていた。
 涼子の荒い息遣いだけが聞こえるような沈黙が流れる。
 案外、余裕のないのは、香織のほうだった。
「こいつ、ムカつくわ……。ああもう、マジでムカつく」
 にやにやとした笑いは影を潜め、その表情には、怒りが浮かんでいる。香織は、つかつかと個室のほうへ歩いていくと、仕切りの壁を蹴りつけた。砲弾が当たったような音が響く。
「もういい。滝沢さんのこととか、もうどうでもよくなった。すごいムカつくから、南さんの高校生活、終わらせてやる。滝沢さんに、まん汁の付いたシャツと、シャツでま○こをこすってる写真、同時に送りつけてやる。教室に、いられなくしてやる。これで、あんた、終わりだから」
 涼子の体の中を、恐怖という激流が駆け抜けていく。
「待って……! 待って、お願いだから、待って。わかった……」
 涼子は、すがりつかんばかりに声を発した。もう意地を通すのは無理だった。
「滝沢さんの写真、盗ってくるから……。それだけは、やめて……」
 とうとう言ってしまった。自分の中の誇りが、がたがたと崩れていく。
 香織は、腰に手を当て、こちらを斜めに睨んでいる。
「なに、今さら……。最初っから、そう言えばいいでしょ。あんただって、本当は、自分のことしか考えてないくせに」
 涼子は、何も言えなかった。
「ちゃんと盗ってくるんだね? もし盗ってこれなかったら、それが、どんな理由だろうと、滝沢さんにシャツと写真のセットを送りつけて、高校生活を終わらせてやるから」
「……わかった」
 涼子は、かすれる声で返事をした。とてもじゃないが、打開策を見いだせる気がしなかった。

「滝沢さんのバッグの中に、黄色い封筒があるはず。写真は、黄色い封筒に入ってるから。そのうち、滝沢さんの顔が、ちゃんと写ってる写真を一枚、盗っておいて。次の、体育の時間中に。その写真を持って、今日の放課後、また、このトイレに来て」
 取り引きが成立したことに満足したのか、香織の声から、険が消えていく。
 涼子は、その手順を頭の中で反芻した。特別難しい場面は、無いように感じられた。良心を押し殺せれば、の話だが……。
「……わかった」
 涼子は、もう一度返事をし、がっくりとうなだれた。わたしは、悪魔に魂を売り渡してしまったのだろうか……。
 香織は、今回の目的を達成できたことで、一時の怒りも吹っ飛んだらしく、得意げな表情を浮かべ、胸を反らした。
「話がまとまったことだし、そろそろ、教室に戻ろっか。あたしたちのクラス、次、体育だしね。南さんが駄々こねるから、話が長くなっちゃった。それじゃあ南さん、写真、よろしくね。失敗は、許さないよ」
 香織たちが歩きだし、涼子の前を通り過ぎていく。明日香が、涼子に向かって投げキッスを送った。
 
 ドアを開けたところで、香織が振り返った。
「ねえ南さん……、もうすぐ仲間ができるかもよ。よかったね」
 香織は、にやりと笑った。
 仲間……。



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