バレー部キャプテンと
よこしまな少女たち
第十五章
クラスメイト
9



 どのくらい、赤面した顔を、そうして伏せていただろう。一秒一秒が、拷問のようだった。
「ごめんっ! なんでもないっ! こんな写真見てたら……、なんか、わたし、悲しくなってきちゃって……」
 涼子は、やっとの思いでそれだけ言い、ちらりと目をやる。
 秋菜は、もの問いたげに小首を傾げ、じっとこちらを見つめていた。
「悲しく……、ねえ」
 その生返事には、彼女の疑念が込められている気がしてならなかった。
 もはや、恐怖と絶望で、頭の中がめちゃくちゃになっていた。涼子は、この場で叫び声を上げてしまいそうだった。もうだめ……。絶対に疑われてる。何もかも終わりだ。一刻も早く、この子の前から立ち去りたい……。
 
 腰を浮かしかけたが、まだ、香織に与えられたセリフが、一つ残っていた。それを言わずに終わらせては、香織の怒りを買ってしまい、ここまで、気の狂いそうな思いで演技を続けてきたのは、なんだったのかということになる。
「あの、滝沢さん……。もしもだよ? もし、滝沢さんが、この写真の人みたいな目に遭わされたとしたら、どうする……?」
 唐突で不自然な質問になったが、涼子は、早く終わらせたい一心で、最後のセリフを吐き出した。もう、半分、やけくそになっている自分がいた。
「えっ……。なに? わたしが、こんな格好、させられたら、ってこと……?」
 秋菜は、苦いものでも噛んだような表情で、写真の裸体を指差した。
「うん、そう……」
 涼子は、こわごわと頷いた。
 気まずくも、少しの間、視線が交わっていた。
 すると秋菜は、背もたれに体を預け、うっすらと微笑んだ。
「ありえない。人前で服を脱いで裸になるなんて、そんな間抜けで気持ち悪いこと、わたし、まかり間違っても、しない。だから、ちょっと、答えられない、かな」
 間抜けで気持ち悪い……。涼子の胸に、ぐさっと刺さる言葉だった。とはいえ、その、秋菜の強気な宣言は、妙に説得力があった。たしかに、この上品で頭脳明晰な秋菜が、写真の中の涼子のように、不潔たらしい、無様な姿を晒しているところなど、涼子にも、まるで想像できない。なんというか、大した根拠はないが、この子だけは助かりそう、という気がしてくるのだった。
 だが、今の発言は、さぞかし香織の悪意を刺激することとなっただろう。香織は、今、思っているはずだ。ならば、その、『ありえない』ことを、おまえに味わわせてやる……、と。
 
 もう、憶えさせられたセリフは、すべて言った。
「そっか、そうだよね……。滝沢さんだったら、大丈夫だよね。あのっ……、わたし、もう、だいぶ部活に遅れちゃってるから、そろそろ行くね。なんにも力になってあげられなかったけど。じゃあ……、おつかれ」
 涼子は、一方的に話を切り上げると、バッグを持って慌ただしく席を立った。これ以上、秋菜の前に座っていると、頭がおかしくなってしまいそうだった。
「あっ、うん……」
 秋菜は、突然、涼子の態度が素っ気なくなったことに、少し面食らった様子である。
 しかし、涼子は、それも気にしていられなかった。去り際に、こんなことをやらせて、自分と秋菜の二人をもてあそんだ香織に、横目で憎悪の視線を送る。
 香織は、口笛でも吹くような顔で、ちらりと涼子を一瞥しただけだった。
 あんただけは、絶対に許さないから……。いつか、わたしと滝沢さんで、あんたを追いつめて、泣かせてやるから……。
 そうして涼子は、逃げるように、どたどたと教室のドアまで向かった。

「南さん!」と秋菜に呼ばれた。
 涼子は、立ち止まって振り返った。
「あの……、わざわざ、わたしのために時間を作って、教科書を届けてくれて、ありがとう。それなのに、わたし……、動揺してたせいもあって、なんか、南さんに、失礼な態度を取っちゃって、ごめんね」
 秋菜は、しおらしく言った。
「……ううん。ぜんぜん、そんなこと、ないよ」
 謝るべきは、涼子のほうである。なにせ、すべて演技だったのだから。
「部活、頑張ってね」
 秋菜は、軽く右手を挙げた。
「ああっ、うん」
 涼子も手を伸ばし、掌を向ける。



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