バレー部キャプテンと
よこしまな少女たち
第十五章
クラスメイト
10



 教室を出て、後ろ手にドアを閉めた。
 どうしよう……。あの子に、疑われているだろうか……。
 今、涼子の頭の中を占めているのは、その恐怖感だけだった。秋菜を騙していたという罪悪感すら、ほとんど感じないほどに。わたしは、自分のことしか考えられないのか、と自分自身に少なからず呆れるが、もう、どうしようもなかった。
 最後の秋菜の様子からすると、涼子に対し、何らかの疑念を抱いているふうには、見えなかった。だが、むろん、頭のいい彼女のことだから、そう装っていただけという気もする。
 
 写真に写っている裸体は、実は、涼子の体なのではないかと、秋菜が、疑っているか、どうか。
 涼子は、額を押さえ、冷静に思考を巡らせた。自分は、いたずらに物事を悲観する性分ではない。かといって、楽天家でもない。
 ほどなく、結論が出た。可能性は、だいたい五分五分だろう、と推測する。秋菜が涼子を怪しんでいる場合は、家に帰って、あの写真の裸体を、徹底的に調べるはずだ。体のどこかに、南涼子であることを指し示す証拠が、写っていないかと……。
 激しい生理的嫌悪感と恐怖に襲われ、涼子は、髪や胸を掻きむしりそうになった。いやだ……。そんなのって、そんなのって。
 すると、またぞろ、あの、よこしまな思いが脳裏に浮かんだ。
 あの子も、早く、わたしのところまで、落ちてきてくれればいいのに……。わたしと同じように、なってよ……。
 もし、秋菜が、香織たちの陰謀に絡め取られ、涼子と同様の立場になったとしたら、どうなるか。そうなった時、秋菜は当然、涼子が、陰謀に荷担していたことを知るはずだ。涼子に対する秋菜の恨みは、どれほどのものになるだろう。涼子は、今から、修羅場を覚悟しておく必要があった。秋菜から、どこかに呼び出され、何発も頬を叩かれるような事態も、充分に考えられるからだ。だが、それでも、自分より『一段高いところ』にいる秋菜に、毎日、疑惑の目で見られ続けるのと比べたら、遙かにマシ、と思わざるをえないのだった。
 むろん、それが、身勝手極まりなく、人間として卑しい考えだということは、百も承知である。秋菜からしたら、涼子が、そんなふうに考えること自体、不愉快な話のはずだ。けれども、こんな時、自分の身を一番大事に思うことは、果たして、罪なのだろうか……。
 
 延々と続きそうな思考を、涼子は、そこで、なんとか打ち切った。もう、これ以上、ぐじぐじと思い悩んでいても仕方がない。たとえ、秋菜に疑われているとしても、疑惑は、しょせん疑惑でしかない。頭部が切り抜かれている写真から、決定的証拠は、見つからない……、はず。
 そう結論付けてしまえば、涼子には、顔を上げて前に進むだけの、強靱な精神力が備わっていた。まだ、教室から、香織が出てきた気配がないことが、少し気になったが、もう、それすらも、どうでもいいと吹っ切る。
 今、やるべきことだけを考える。すでに、部活の練習に、一時間以上の遅刻だった。まずは、みんなのところに、行かなくっちゃ……。わたしは、キャプテンなんだから。こんなことで負けてなんて、いられない……!
 涼子は、自分を奮い立たせ、体育館へと向かった。



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