バレー部キャプテンと
よこしまな少女たち
第十六章
二年前
2



 涼子の体から流れ出したものが、滝沢秋菜の体操着に染み込んだ。その汚れた体操着と、犯人が涼子であることを示す写真。その二点のセットを『切り札』として持つことで、香織たちは、涼子に対する無限の権力を手に入れた。
 あの日から四日後。
 昼休みの時間、香織たちは、ひと気のないトイレに涼子を呼び出した。滝沢秋菜が写っている写真を、彼女のバッグから盗んでこさせるために。
 もし、盗んでこなかったら、放課後、『検尿』を受けさせる。香織は、そう脅迫した。検尿という名の、公開の放尿の強制。さすがの涼子も、決断までに時間が掛かった。しかし涼子は、首を横に振った。人のものを盗むことは、できない、と。
 涼子に対する脅しは、第二段階に移行した。検尿に加え、『ギョウ虫検査』も受けさせる、と脅迫。香織たちオリジナルのギョウ虫検査は、涼子の体のその部分に、香織たちが、じかにセロテープを貼りつけるという方法だった。涼子の気持ちが、激しく揺れ動いているのが見て取れた。だが、それでも盗むことを拒絶した。
 脅しは、最終段階に入った。例の『切り札』の出番だった。あの二点のセットを、滝沢秋菜本人に送りつける、という脅迫だ。それにより、涼子が貫き通そうとしていた正義は、見事に砕け散った。
 ついに涼子は、盗みを引き受けたのだった。
 検尿、ギョウ虫検査、などと遠回りなことをせず、最初から涼子に『切り札』を突きつけてやれば、それで話は終わったのだろうが、そうしなかったのには、理由がある。香織たちは、あえて、『段階的に』脅したのだ。なにせ、あのトイレで香織たちが行ったのは、涼子に対する一種の『テスト』だったのだから。
 そして本当に、涼子は、滝沢秋菜の写真を盗んできた。その事実は、重大な意味を持っていた。人にも自分にも厳しい、バレー部のキャプテン、南涼子が、保身を優先し、クラスメイトのものに手を付けたのだ。一度道を踏み外した涼子は、その後、転がり落ちていった。再起不能なまでに。
 
 その日、放課後の教室には、涼子と香織と、そして滝沢秋菜の三人が残っていた。普段は、それぞれ会話を交わすこともないような三人が。
 秋菜の机の上に、保健の教科書が開いて載せられた。表紙の裏には、涼子の裸体と、秋菜の顔という、アイコラ的な組み合わせの写真が貼りつけてあり、黒いマジックで『滝沢 おまえも、こうなる!!』と書き殴ってあった。秋菜へのメッセージだ。
 そこで涼子は、秋菜に対し、嘘を口にした。この教科書が、視聴覚室の教壇に置かれていて、掃除の時間に、自分たちが発見したのだ、と。あの南涼子が、秋菜のものを盗んだ挙げ句、秋菜をあざむくために、嘘までついたのだ。香織は、それが可笑しくて堪らなかった。
 
 そして……。
 涼子の顔は、氷で冷やすべきだと思うくらい、真っ赤になっていた。なぜか。メッセージの写真の、全裸の女の体を、秋菜が、意味ありげに『大人っぽい』と表現したからだ。その発言は、涼子の羞恥の炎を、猛烈な勢いで煽り立てたらしかった。
 だから涼子は、香織に与えられたセリフをすべて言い終えると、別れの挨拶もそこそこに、慌ただしく立ち上がった。そうして、逃げるように教室を出て行った。
 みっともないったら、ありゃしない。香織は、涼子を追いかけようかと迷ったが、その場に残ることにした。
 秋菜と二人きりになる。わずかの間、沈黙が流れた。まるで、熱気を発する涼子がいなくなったことで、この場の温度が、五度くらい下がったかのように感じる。
 秋菜は、無表情でちらりと香織を見たが、すぐにまた、机の上の卑猥な写真に目を戻した。そして、ぼそりと呟いた。
「やだ……、汚らしい……」
 香織は、どきどきと胸が高鳴るのを感じていた。



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