バレー部キャプテンと
よこしまな少女たち
第十六章
二年前
3



 滝沢秋菜を初めて見たのは、高校に入学して、すぐのことだった。クラスは違った。一年の時、香織はC組で、秋菜はD組だ。
 入学時に、芸術の選択科目、美術、音楽、書道の三つの中から、一つを選択する。香織は、美術を選んだ。授業は、美術室への移動教室となる。その時、秋菜と同じだったのだ。
 美術室には、六人掛けの大きな机が、六台並んでおり、最初の授業で、生徒たちの席が割り当てられる。それぞれの机が、一つの班となる。香織の班は、C組から二人、D組から四人という構成だった。そして、香織の向かいの席に、D組の秋菜がいた。秋菜と同じ班だったのだ。
 
 あの当時の秋菜の印象を一言で言うなら、凶暴、だった。外見からして、今とはだいぶ違い、ぼさぼさとした髪を、いくつかのピンでオールバック気味にしていて、顔が、もっと、むくんだように膨れていた。目つきも、常に気だるげで、いかにも攻撃的な雰囲気が漂っていた。
 その風貌通りというべきか、美術の授業で、香織は、秋菜の攻撃性を、しばしば目の当たりにすることとなったのだ。
 
 一番初めの授業で、それぞれの班の、班長を決めなくてはならない時のことだ。班長というものは、言ってしまえば、面倒な雑用係である。そんなものを進んで引き受けるような、奇特な生徒は、まず現れない。どの班も、ジャンケンとか、その類の方法で決められる。
 それが香織たちの班だけ、決まっていないという状況だった。
 四十前後の、眼鏡を掛けた男の教師が、首を伸ばして言った。
「おーい、四班の班長は、誰になったんだー?」
 その時、香織の向かいにいる秋菜が、いきなり口を開いた。
「シバタさーん。ありがとう、引き受けてくれて。じゃあ、よろしくね」
 彼女のしっとりとした声には、やゆが込められていた。
「芝田? 芝田、ちょっと手を挙げてくれないか」
 美術教師は、秋菜の発言を真に受けたのか、そう言った。まだ名前と顔が一致しないのだ。
 芝田と呼ばれたのは、こちらから見て、秋菜の左隣に座っている生徒だった。癖毛の目立つ、気の弱そうな外見の彼女が、おずおずと右手を挙げる。
「芝田、おまえが、そこの班長なのか?」
 その問いに、芝田さんは、黙って首を横に振り、否定した。
 それを見た秋菜は、おどけたような低い声で言うのだった。
「シーッバッタッさぁーん……」
 芝田さんは、明らかに嫌そうな顔をしていた。
「班長やりたいって、言ったでしょーう? わたし、恥かいちゃったじゃなーい」
 よその班から、失笑の声が上がった。むろん、芝田さんに対してだ。
「えっ……、班長やるなんて……、言ってないよ」
 芝田さんは、秋菜を無視する勇気すらないようで、蚊の鳴くような声で答える。
 すると、秋菜の右隣にいる、前髪の重い生徒が挙手し、ひどいがらがら声で言った。
「それじゃあ、あたし、芝田さんを、班長に推薦しまーす」
 彼女の名前は、辻川といった。友人たちからは、『ミオ』と名前で呼ばれている。秋菜に負けず劣らず、柄の悪い生徒だった。
 芝田さんは、悲しげに俯いてしまった。秋菜と未央の二人は、その様子を見て、にやにやと笑っている。
 
 こうは、なりたくない。香織は、芝田さんのことを、そう思う。哀れだ。秋菜、未央と同じD組だから、普段の教室でも、この二人からは、こうして嫌がらせを受けているのかもしれない。
 しかし香織は、一抹の不安を抱いていた。この性格の悪そうな二人、あたしには、何もしてこなければいいんだけど……。
 結局、班長は、公平にジャンケンで決めることになった。負けたのは、香織と同じ、C組の生徒だった。芝田さんは、班長を押しつけられることは、免れたとはいえ、その表情は、授業中、ずっと沈んでいた。
 
 その日以降も、秋菜と未央、とくに秋菜は、芝田さんに対し、度々、からかいの言葉を口にしたり、横暴な態度で接したりしていた。
「シーッバッタッさぁーん……」
 秋菜からそう呼ばれるたび、芝田さんの体が、ぎゅっと萎縮する。芝田さんは、怯えていた。この班なら、誰でも知っていることだ。しかしそれでも、秋菜たちを注意する声は、一度として聞かれなかった。
 秋菜や未央とは、とにかく関わりたくない。それが、香織の本音だった。彼女たちのせいで、美術の授業が憂鬱になったほどだ。同じ班の、香織の両隣にいる二人の生徒も、似たような思いを抱いていたに違いない。



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