バレー部キャプテンと
よこしまな少女たち
第十七章
部活の練習に関すること
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 練習に集中しろ。余計なことは、もう考えるな。心の中で自分を叱りつける。しかし、先ほどの教室での出来事は、頭にこびり付いて離れない。滝沢さん……。あの子に、どう思われているだろう。その不安で、胸がはち切れそうなほど苦しかった。
 体育館のフロアは、真ん中で二分され、いつものように、バレー部とバスケット部が半分ずつ使用している。出入り口側がバレー部だ。白いTシャツに黒のスパッツ姿の部員たち。今は、二、三年生が、サーブを打つ側と、そのボールをレシーブする側とに分かれて、練習を行っている。コートが一面しか取れないため、一年生は、外でランニングや筋トレなどの基礎体力作りで、それが終わった部員から、二、三年生の練習の球拾いとなる。

「カット一本!」
「おう!」
 レシーブ役の部員が、気勢を上げる。
 サーブは、自分の番だった。滝沢秋菜の顔が、脳裏にちらついている。ボールを宙に放る。助走をつけてジャンプし、空中でボールを叩き落とす。しかしボールは、ネットに当たってこちら側のコートに落ちた。得意のジャンプサーブなのに、立て続けのミスだった。
 南涼子は、溜め息をついた。やはり、どうしても集中できない。
「おーい、リョーコー。ダメダメじゃんよお。しっかりしろよお」
 後ろから言われてしまう。常にテンションの高い、浜野麻理の声だ。
 そちらを見やると、麻理は、持ったボールを額に押しつけて笑っていた。丸っこい顔に、ややぽっちゃりとした体型。その外見のためか、何をしていても愛嬌がある。
 涼子も、意識して笑顔を作った。そして、言い返す代わりに、麻理の肩に、ビシッと声に出してチョップを喰らわしてやる。実は、不安なことがあって……、とは誰にも言えない。
 
 涼子は、一年生からボールを受け取るも、サーブの列には並ばず、壁にもたれた。ぼんやりと、仲間たちの練習を眺める。
 脚を止めていると、意識は、徐々にコートから離れてしまう。滝沢さん……。顔のくり抜かれた、全裸の女の写真。自分の顔は真っ赤になり、滝沢秋菜は、怪訝そうにこちらを見つめていた……。彼女に疑われていても、おかしくない。この写真は、南涼子の体を写したものではないか、と。いや、疑いというより、もはや確信に近いものを持っているかもしれない。やだ、どうしよう……。こんな状態で、明日からどうやって、あの子と顔を合わせればいいのか……。
「ちょっとリョーコ、ちょっと……」
 副キャプテンの高塚朋美に声を掛けられ、涼子は、はっとした。
 涼子よりも背が高く、髪をベリーショートに切っていて、少年に間違えられそうな外見の朋美が、眉間にしわを寄せて立っている。
「なにぼーっとしてんの? 今日は、ずっとそんな感じだよね? 上の空っていうかさ」
 朋美は、責めるような口調で言う。副キャプテンだけあって、部員たちのことをちゃんと見ているようだ。
 涼子は、返す言葉が見つからなかった。
「この前、うちらがゲームで負けた後に話したこと、忘れたわけじゃないでしょ? 今、うちら三年にとって、すごい大事な時期なんだよ? キャプテンがそんなんで、大会、どうやって勝てっていうの?」
 数日前のことだった。その日の練習の最後に、三年対二年のゲームを行った。二セットを先制したほうが勝ちだった。二年の中にも、レギュラーが二人いるとはいえ、実力的には、三年のチームが大きく上回っているはずだった。ところが、あろうことか涼子たち三年は、一対二で、二年に敗れてしまったのだ。敗因は主に、エースアタッカーであり、チームの大黒柱でもある涼子の不調にあった。そのせいで、チーム全体のリズムが狂ったのだ。ゲームの後、涼子は、集中力の無さを朋美に責められた。軽い口論にもなった。だが最終的には、これからは気持ちを入れ替えて練習に臨み、最後の大会までに、それぞれの悪い点を修正していこうということで、話は落ち着いたのだった。
「ごめん……。今も、サーブのコースとか、フォーメーションのこととか、色々考えてて……」
 涼子は、そう言ってごまかすしかなかった。
 むろん、朋美に納得のいった様子はない。
「体調でも悪いのか、それとも、手に負えない悩み事でも抱えてるのか知らないけど……、集中してできないなら、今日のゲームは、見学してて。キャプテンがやる気がないと、みんなの士気が下がっちゃうから」
 朋美は、ぴしゃりと言って離れていく。
 彼女の言うことは、もっともだと、涼子も思う。だから、腹が立ちはしなかった。むしろ、責任感のある朋美が副キャプテンで、よかったとさえ思う。
 だが……。涼子の抱えている問題。それは誰も知らない。誰にも話せない。涼子の不調の原因は、むろん、あの吉永香織たちのことにある。すでに身も心も限界を超えていた。学校に通ってくること自体が、血を吐くような思いなのだ。立っているのも、しんどいくらいだった。さらには、あの竹内明日香が、何を考えているのか、マネージャーとして相も変わらず練習に参加してくる。自分をとことんまで辱めた女に、練習中は、常に監視されているのだ。当然、集中力は散漫になる。ミスも多くなる。そのせいで、数日前のゲームでは、涼子たち三年が二年に敗れるという、以前ではあり得ないような事態を招いてしまった。
 だが、今日の練習に、明日香の姿はない。それは、涼子にとって救いである。しかし今は、先ほどの教室での出来事が、頭にこびり付いていて、集中力がかき消されてしまう。あの写真のことについて、滝沢秋菜が、どう思っているのか……。不安でたまらなかった。
 けれども、このままではいけない。これ以上、仲間たちに迷惑は掛けられない。
 涼子は、フロアの出入り口に向かった。
 
 出入り口のところには、一年生と思われる制服姿の生徒が、数人固まっていた。涼子が近づくと、彼女たちは、寄り添うようにして、どぎまぎした様子を見せる。そこを通った時、小さく聞こえた。
「南先輩……。かっこいい……」
 涼子に憧れる後輩たちが、フロアの出入り口や二階のギャラリーに集まっているのは、いつものことである。涼子は、もはや何とも思わなくなっていた。
 体育館は、フロアの出入り口と玄関との間に、通路がある。通路には、バレー部やバスケット部の部室、手洗い場、トイレなどが並んでいて、その先が、二階への階段になっていた。
 
 涼子は、手洗い場で、蛇口をひねった。冷たい水を、ばしゃばしゃと顔に掛ける。練習に集中しろ。考えても仕方のないことは、もう考えるな。そうして、滝沢秋菜のイメージを脳裏から追い払う。しかし、もう一つ、どうしても気になることがあった。
 今日、あの三人に強要され、自分のやったことが、思い出される。滝沢秋菜のバッグから、写真を盗んだ。そして、香織たちの作った『メッセージ』を、彼女に渡した。
 どうも引っ掛かるのだ。香織たちは、本当に、秋菜の写真が必要だったのだろうか……。あのメッセージは、本当に、秋菜に向けられたものだったのだろうか……。
 そう考えていくと、今日、香織たちとの間に起こった出来事のすべてが、なんだか、微妙に『ズレて』いるというような、そんな感じがしてくるのだ。まるで、ピースの合わないパズルが、無理やり、くっつけられていたかのように。ひどく不気味で、不吉な感覚だった。ひょっとすると自分は、何かとんでもない思い違いをしているのではないだろうか。それに気づかないでいると、想像もしないような惨事が、自分を待ち受けている、なんてことも……。
 そこで涼子は、ぶんぶんと頭を振った。
 もう終わりによう。こんなことを考え続けるのは。考えたところで、問題は、何一つ解決しないのだから。そう。たとえ泣きたいほどの悩みや不安を抱えていても、前を向き、今、自分のやるべきことに全力を尽くす。バレー部の練習では、そういった『心』も、学んできたはずではないか。いつから、わたしは、こんなに弱くなったのだろう。
 よし、と気持ちを奮い立たせ、涼子はフロアに戻った。



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