バレー部キャプテンと
よこしまな少女たち
第十七章
部活の練習に関すること
2



 コートでは、サーブとレシーブの練習が続けられている。
「さあこーい!」
「ナイスカット!」
 あちこちから活気に満ちた声が上がっている。
 だが、声出しをしていない部員も多い。とくに、球拾いに当たっている一年生に。
 涼子は、手を叩いて怒鳴った。
「ほら! もっと声出して! 一年生! 声が出ないなら、また外でダッシュ行ってこい!」
「おう!」
 一年生部員たちが、絞り出すように返事する。
 だが、その直後、涼子は思った。今、自分が怒鳴ったのは、極度の不安からくるストレスを、後輩たちにぶつけていただけではないのか……。そんな気がしないでもなく、なんだか、自分のことが、よけい嫌になりそうだった。
 
 その時、後ろから聞こえた。
「りょーちん。相変わらず厳しいねえ……」
 背筋に寒気が走る。
 振り向くと、竹内明日香が立っていた。紺のジャージの上下に着替えている。練習に出る気のようだった。
「なんで……。もう帰ったんじゃ、なかったの……?」
 涼子は、つぶやくように言った。
 明日香は、口もとに微笑を浮かべる。
「あたしはぁ、ここのマネージャーだよお? 練習に出るに、決まってんじゃーん?」
 失望感が、胸一杯に広がっていく。今日も、この女に監視されることになるのか……。練習の最後には、また、三年対二年のゲームも行われるというのに。
「でも、その前にぃ、りょーちんに、ちょっと話があるからぁ、来てほしいの」
 明日香の眼差しに、悪意の光が宿った気がした。
「なに、話って……?」
 嫌な予感が、胸の内で渦巻く。
「大事な話ぃ。りょーちんのぉ、練習に関することぉ。香織たちもぉ、今、待ってるから」
 いったい、この女たちは、どれだけ自分にまとわりつけば、気が済むというのか……。それにしても、香織が待っているのなら、話というのは、滝沢秋菜の件ではないのか……?
「どこで……?」
 場所が気になる。
 明日香は、うふふと笑って言った。
「いつものぉ……、体育倉庫のぉ、地下」
 涼子は、全身がこわばるのを感じた。あの場所では、二度に渡って、服をすべて脱がされたのだ。悪夢のような記憶が、フラッシュバックする。話、と明日香は言うが、あそこに連れて行かれたとしたら、話だけで終わるとは思えない。
「ねえ明日香……。やめてよ、わたし、練習中なのに……」
 周りに部員たちがいる中、涼子は、涙声になっていた。
「んううん……。今じゃないとぉ、ダメなのお。すぐに、終わるから、すぐに。十分か、十五分くらい。そんで、また、あたしと一緒にぃ、練習に、戻ってくる」
 本当だろうか……。ジャージに着替えているところからすると、練習時間内には、ここに戻ってくるつもりのようではあるが。
「でも……」
 涼子は、口ごもる。体育倉庫の地下で、この女たちに取り囲まれることだけは、なんとしても避けたかった。
「りょーちん、わかってんでしょう?」
 明日香は、上目遣いの視線を向けてくる。言うことを聞かないと、どうなっても知らないよ、という脅迫の眼差しだ。
 結局のところ、逆らうことはできない。自分が、周囲とは隔絶された世界にいることを、痛感する。
 涼子は、歩きながら思った。本当に、すぐに終わるのだろうか。コートに戻って来ても、もう、まともに練習のできる精神状態ではないかもしれない。また朋美に、怒られるかもな……。



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