バレー部キャプテンと
よこしまな少女たち
第十八章
醜い心
7



「りょーこー! あんた、そのブルマ、なにっ!?」
 すぐ後ろから、いきなり、笑い混じりに言われる。浜野麻理の声だ。
 涼子は、ふたたび、Tシャツの前すそを両手で下に引っ張り、そちらを向いた。もう、麻理を含めた三年生のスターティングメンバーが、コート内に入っている。
「それ、絶対、サイズ合ってないって! おしりが、すごいことになっちゃってるよっ」
 ムードメーカーでもある麻理のにぎやかさに、今回ばかりは、げんなりする。
「そっ、そうかな……? そこまで、変かな……?」
 自分の問いかけは、滑稽にもほどがある。
「変だよぉ……。だって、見てるこっちが、恥ずかしくなってくるもーん」
 麻理の、悪気のない率直な言葉。おそらく、涼子の後ろ姿を見ていた、みんなが、同じ思いだっただろう。
「……やだっ、そんなこと……、気に、しないでよぉ」
 涼子は、屈辱感を押し殺して、そう言った。
「はあぁ……、まあ、りょーこがいいなら、いいや。……じゃあほらっ、早く、こっち来てっ」
 麻理は、手招きする。
 三年生のスターティングメンバーが、ゲーム開始直前の円陣を組もうとしている。六人で、肩を組み合うということ。
 要するに……。とうとう、『その時』が来たのだ。
 
 心臓が、破裂しそうなほど、どくどくと音を立てている。
 涼子は、前に歩を進めた。が、すぐに足が止まった。
 怖い……。やっぱり、むりだ……。目の前の現実には、向かっていけない。
「あっ、わたしは、いい……。しゅっ、集中、集中してるから……、いい」
 試合前の円陣を拒絶するという、キャプテンとしてあるまじき発言だった。
 その言葉に、スターティングメンバーの五人は、一様に、怪訝な表情を浮かべる。
「もういいっ。わたしが最初、言うから、みんな、やろっ」
 副キャプテンの高塚朋美が、ほかのメンバーに促した。様子のおかしい涼子のことなど、放っておこう、とでもいうふうに。
 五人が、肩を組んだ。
「ごじょーうばし、さんねーんっ!」
「オイッ、オイッ、オイッ、オイッ、オオオー!」
 それぞれが、勇ましく気勢を上げる。
 反対側のコートでも、二年生が、同様にしていた。
 涼子は、その響きを聞きながら、自分のコートポジションへと、夢うつつの境地で歩いていった。バレーは、サーブ権を得るごとに、コートポジションがローテーションするのだが、涼子のスタート位置は、フロントレフト(左前)だった。左手の壁に、ゲームに出ない部員たちが、ずらりと並んでおり、その列の真ん中あたり、ネットの真横に、フロアの出入り口、つまり、制服姿の後輩たちと秋菜が陣取っている。そのため……、今まさに、秋菜の真ん前、四メートルほどのところに、涼子は立たされたのだった。そして、ゲームでは、エースアタッカーの涼子は、主にコートの左側でプレーすることになる。
 どこにも救いのない、恐怖と絶望に、理性を失ってしまいそうな状況だった。
 
 自分の体を、疑惑の目で観察している秋菜の顔は、怖すぎて見られない。だが、ここでどうしても気になり、涼子は、おそるおそる、彼女のほうに顔を向けた。
 秋菜のひんやりとした眼差しと、目が合った。
 すくみ上がるような思いで、すぐに顔を前に戻す。滝沢さん、やっぱり、わたしを見てる……。わたしのこと、ずっと見てるんだ……。それに、今の、秋菜の目。普段よりさらに、冷ややかだったように感じられる。まるで、涼子に向かって、メッセージを送っているかのように。南さん、写真の裸の女は、あなたなんでしょう……? しっかりと、その体を、確かめさせてもらうからね……。
 恐怖と共に、秋菜に対して、怒りどころか、憎しみの感情すら湧いてきそうだった。
 人の体を、舐め回すように観察するなんて、ひどい……。許せない。わたし……、あなたのことは、ずっと前から、あんまり好きじゃな……。
 苦手な相手だからこそ、自分の格好悪いところ、恥ずかしいところは見られたくない、対等な立場でありたいという、ささやかだけれども痛切な願望。その願いは、もうじき、無惨なまでに砕け散る。それは、すなわち、涼子のプライドが、最悪の形で蹂躙されることを意味していた。
 それに、部員たち。
 同じ三年生の仲間たちのことも、むろん問題だが、気になるのは、やはり、一、二年生たちの視線だった。後輩の部員の中には、涼子に対して憧憬の念を持っている子が、多数いる。決して、うぬぼれているわけではないが。そんな彼女たちの思いを、裏切ってしまうことが、心苦しい。……いや、ちょっと違うか。素直になろう。涼子だって、普通の女の子。自分が、部員たちから憧れられる存在なら、そのまま格好良く、部活生活を終えたかったのだ。気持ち悪い女、という目で見られるなんて、悲しすぎる。あまりにやりきれない。
 
 涼子は、今なお、Tシャツの前すそを、両手で下に引っ張っていた。
 この手を、手放すことなど、どうしてできようか……。とはいえ、その瞬間は、間もなく訪れようとしている。だが、ひょっとすると……、プレー中は、素早く体を動かしているので、陰毛がはみ出ていることには、誰も気づかないかもしれない……。あるいは、もう今、次の瞬間にでも、天変地異とか、何か思いもよらない事態に体育館が襲われて、自分は、奇跡的に救われたりするのではないか……。そんな現実逃避の世界に、ひたすら没入しているような精神状態。



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