バレー部キャプテンと
よこしまな少女たち
第十九章
しんしんと
7



「あ、香織先輩、あの子……」
 さゆりに肩を叩かれる。
 彼女の指差す方向、横にいる後輩グループの、その向こうに目をやる。
 ひとり、小さな人影が、ぽつんと立ってバレー部の練習を見つめていた。きっと、香織たちが来る前から、そこにいたのだろう。香織もさゆりも、手前の後輩グループのほうに、完全に気を取られていただけで。
 その生徒の横顔を確認し、香織は、ああ、あの子か、と思った。やっぱり来ていたのか……。
 香織とさゆりは、そちらに歩いていった。もう、半分はしゃいでいるような後輩グループの後ろを通り、近づいていく。
 
 さゆりが、その生徒の肩を、いきなり、どんっと押した。驚いてこちらを向き、目をぱちくりさせる彼女。
 香織よりも小柄な体。おそらく身長は、百五十センチもないだろう。肩まで伸びた、真っ直ぐすぎるストレートヘアからは、髪の毛一本のうねりさえ許せない、という頑なな思いが伝わってくる。うるうるとしたような、まん丸に近い大きな目の、なんとも子供っぽいこと。おまけに、常にぷーっと頬を膨らませている感じの、ふっくらとした顔のラインや口もとも合わさって、もはや、どことなくアニメチックな雰囲気を漂わせている。
 南涼子にファンレターを手渡したことのある一年生、足立舞だった。(第七章に登場)
 ガキ……。この子は、本当に、中学を卒業しているのだろうか。もしかすると、小学校を出た後、残りの義務教育の三年間を素っ飛ばして、この高校に入ってきてしまったのではないか。彼女の容姿を見ると、毎回、本気でそんなことを思ってしまうのだった。香織は、その彼女に言う。
「ね? あたしたちの教えたとおりでしょ? 今日の夕方、ここに来れば、南センパイのセクシーな姿が見られるって」
 セクシーな姿……。
 舞の、シミひとつない白い頬が、ほんのりと赤らむ。
 昨日の放課後も、舞は、南涼子を目当てに、この場所に立っていた。香織たちは、その舞を捕まえて、今日のこの出来事をそれとなく予告しておいたのだ。
 香織は、意地悪く尋ねる。
「どうどう? 正直、あの南センパイの姿は……。ほれぼれしちゃう?」
 舞は、恥ずかしそうに、もじもじするばかりだ。
 面白いので、さらに、からかってみる。
「南センパイったら、すっごい格好してるよねえ? だってさ……、あれ、おしりどころか、やばいものまで、はみ出しちゃってんの、見えるでしょう?」
 舞は、首を小さくふりふりしながら下を向いてしまう。あたし、南先輩のそんなところ、見てません、と言いたいのか。この子には、少々、刺激が強かったのかもしれない。
 続いて、さゆりが訊く。
「もしかして、ウゲェーッ、オエェーッ、って思っちゃった?」
 涼子については、何も言えないらしく、舞の唇は、ぴたりと閉じられている。
 これ以上、あれこれと尋ねても無駄だろう。香織は、とっておきの話を語り始める。
「実はね……、南センパイのセクシーショーは、これで終わりじゃないんだよね。今回は、まあ、『第一部』みたいなもん。近いうち、別の場所で、『第二部』があるの」
 もちろん、その『第二部』とは、香織たちのみで行う、秘密の宴のことだ。
 舞は、おもむろに顔を上げた。続きを聞きたそうな様子である。
 香織は、にやりとした。
「第二部では、あの南センパイ、なんと……、もっと過激な姿を見せてくれるんだよ」
 舞は、小さく息をのむ。
「……もっと過激な姿?」
 これまた小さな子供のような声で聞き返してくる。
「そう」
 多くは語ってやらない。どんな姿かは、自分の頭で想像すればいいのだ。
「……もっと過激」
 舞は、もう一度、その言葉をつぶやき、大きな目をしばたたく。脳裏に、何か思い描いているような表情である。そして、その視線が、斜め下に落ちる。どこか後ろめたそうに。
 香織は、ささやくように問う。
「どう? その第二部のほうも、見に行きたいと思わない?」
 舞は、にわかにうろたえ始めた。
 少し考える時間を与える。舞の幼い顔に浮かんだ、迷いの思い。
 やがて、舞は、ためらいがちに口を開いた。
「あの……」
「見に行きたいよねえ?」
 香織は、舞の言葉をさえぎる。
 舞の表情が固まった。否定しない。それだけで、もう充分だろう。
「よし、第二部の、日時と場所、教えてあげる。ただ、極秘情報だから、こんなところで話すっていうのも、ちょっとね……」
 香織は、さゆりのほうを向く。
「これから、駅前の、どっか適当な店に行って、そこで打ち合わせしよっか?」
「そうですねっ。乾杯がてら」
「決まった」
 舞の肩に手を置き、無理やり歩かせようとした。
「えっ、え……」
 強引すぎたらしく、さすがの舞も、踏み留まるようにして、微力な抵抗を示す。
 香織は、そんな舞の頭の中に、一言一句、染み込ませるように口にする。
「南センパイの……、何もかもを……、知りたいでしょ?」
 舞は、こちらをじっと見返す。体の抵抗が、徐々に弱まっていく。
 その舞の腕を、さゆりが、ぐいっと引っ張って言う。
「なんでも、おごってあげるからっ。なにが食べたい? ドーナツ? それともケーキ?」
 二人の先輩には逆らえないと観念したのが半分、好奇心に負けたのが半分という感じで、舞は、おずおずと歩き始める。
 
 幸いにも、横にいる後輩グループは、涼子を撮影したのであろうスマートフォンに熱中していて、香織たち三人のことは、気にも留めていないらしかった。
 香織とさゆりは、見るからに無力な一年生を、その場から連れ去っていく。
 こんなガキ、一度、ふところに誘い込めば、後は、どうにでも操れる……。香織の胸の内には、その確固たる自信があったのだ。



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