バレー部キャプテンと
よこしまな少女たち
第十九章
しんしんと
13



 香織は、ふうっと息を吐いた。
 それにしても、明日で最後だと思うと、なんとも寂しい限りである。
 今、振り返ってみれば、涼子を辱める舞台を、バレー部の練習場という、衆人環視の場に移したことが、そもそもの間違いだった。現場に居合わせる人間の数が多ければ多いほど、不測の事態も発生しやすくなる。自分は、どうして、そのリスクに、ちゃんと目を向けなかったのだろう。その自分の愚かさのせいで、涼子を好きにできる虹色の日々は、残すところ、あと一日となってしまったのだ。
 
 だが、悪いことばかりかというと、そうでもない。
 明日の、最後の舞台を前に、しっかりと役者を揃えられたのだから。
 ラストステージでは、五人で協力し合って、どでかい花火を打ち上げてやる。
 五人で……。
 
 あれは、一週間ほど前のことだ。体育の授業中、香織は、滝沢秋菜に働きかけ、彼女と手を結ぶことに成功した。そして、その後すぐ、こう思った。もう一人くらい、仲間に引き入れたい、と。涼子に対して、絶望という名の外壁を、もう一枚、築くように。問題は、その人選だった。そこで、香織は、涼子の視点に立って考えた。涼子にとって、恥ずかしい姿を見られる相手として、最悪の部類に入るのは、どんな生徒だろうか……? とりあえず思い浮かんだのは、バレー部の後輩のうち、涼子自身が、とりわけ可愛がっている部員、という人物像だった。なかなか、いい線を行っている気がした。また、それにぴったりの人物も、きっといるはずだと直感した。しかし、バレー部の部員を、仲間に誘うことの意味を考えると、気持ちにブレーキがかかった。バレー部というのは、立派な一つの組織である。その一員に、キャプテンを裏切るよう、裏工作を仕掛けるのは、組織の結束に、亀裂を生じさせようとする行為にほかならないのだ。一歩間違えれば、バレー部全体を敵に回すことになりかねない。そんな危ない橋は、渡るべきではないと判断した。そうして、バレー部の部員は、対象から外すことにし、ふたたび、ターゲットを絞り込む作業に没入した。だが、その作業は、難航を極めた。そのため、香織は、人選について、石野さゆりと竹内明日香の二人に相談することに決めた。そして、その日の放課後、校舎内で落ち合った、石野さゆりと、まず、話し合いの場を持った。香織としては、さゆりが、本領発揮とばかりに、悪知恵を働かせてくれることを期待していた。しかし、後輩は、いきなり、そんなことを言われても、と繰り返すばかりで、ちっとも役に立たなかったのである。その展開に、香織は、大きく落胆させられた。残るは、竹内明日香だったが、彼女のほうは、なにしろ、あの、ちゃらんぽらんな性格なので、相談相手としては、あまり期待が持てなかった。だが、それでも一応、さゆりを引き連れて、明日香のいる体育館へと向かった。体育館に着いた時、バレー部の本格的な練習は、まだ始まっていなかったこともあり、明日香は、簡単につかまった。香織は、明日香に、ダメもとで意見を聞いた。
 
 ところが。
 明日香の口からは、予想に反して、目からうろこが落ちるような回答が返ってきたのである。
 涼子のファン……。なかでも、ファンレターを手渡すくらい、熱烈な……。
 どうして、自分は、その発想に行き着かなかったのだろう。そんな茫漠たる思いが浮かんで、消えた、その直後のことだった。血の沸騰するような感覚を覚えた。同時に、明日香の背後には、後光が射してさえ見えた。ワンダフル。ファンタスティック。マーベラス。とにかく、素晴らしい、という意味の英単語を、思いつく限り、明日香に対して浴びせてやりたい気分になったが、人目のある場所だったので、それは控えておいた。その代わり、明日香の両手を、ぎゅっと握り締めようとした。が、そこで、まだ大きな課題が残っていることに思い至った。明日香が示した、その人物像に当てはまる生徒を、どうやって探し出すか。涼子のファン、というだけなら、放課後、体育館に来れば、それらしき生徒たちの姿が、嫌でも目に入ってくる。だが、求めているのは、涼子に、ファンレターを手渡すなど、直接的な行動を起こすくらい、本気度の高いファンなのだ。そうした生徒の、顔や名前といった情報を、香織は、何一つとして持ち合わせてはいなかった。だから、そのことを口にした。
 すると、明日香は、ふふふっと笑って、こう言った。
 ひとりだけ、知ってるんだよね……。
 そうして、明日香の口から、ある生徒のエピソードが語られ始めた。



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